第110話

 真聖ゼウス教皇国でのいざこざからしばらく経ち、俺の領地はやっと形になってきた。


 俺の中では、大きめの基地を1つ作って、あとは隠れ家とか、森の中に避難小屋なんかを作っておけばいいかなって思っていたけれど、領主代行予定のフェリシア曰く、「ぜーんぜん足りません!何より領地経営へのやる気が足りません!」と怒られてしまったため、あれやこれやを追加で作ることになった。




 結果的に、俺の趣味兼軍事拠点である基地エリアと、貴族や平民の富裕層向け別荘地エリア、居住区エリアに、大規模農業エリアと区分分けして整理されている。




 軍事拠点は、勇者セリカ総司令によって即応部隊が配備されていて、有事の際には国中どこでも2時間以内に到着できる。


 戦いだけではなく、災害時にも出動することになっていて、けが人の治療は聖女であるマルタが担当する。




 別荘地エリアは、王様が別荘が欲しいと言っていたために作られた場所で、ここの中は俺の領地でありながら、領民ではなくても暮らせる特区となっている。


 逆に、別荘地エリアから領地内の他の場所に行こうとした場合には、許可証が必要になっているため、基本的に出入りは王都からの直通地下鉄のみだ。


 一見金持ち連中のために用意された特別な場所のように見えるけど、実際には偉そうなやつらが領民に迷惑をかけないようにするためのただの隔離設備だったりする。




 居住区エリアには、基本的に女性しか住むことが出来ない。


 フェリシア主導で設置されたここは、男性へのトラウマがあったり、色々な問題を抱えている女性を匿う地区となっている。


 服や食品を製造する工場が多く、大半は俺が作った機械によって製造されているけれど、商品の最終チェックや、機械のチェック等を人間が担当しているため、仕事は溢れている。


 ただ中には、男の子を連れてくる家族もいるけれど、そういう人たちは別荘地エリアか、もしくは農地エリアで生活することになる。


 領民エリアには、領主である俺ですら、申請書を出さないと入れてもらえない。


 基本的に、ここは女性向けの支援を目的として作られているというわけだ。




 更に、このエリアには女学園が作られている。


 フェリシア主導で行われていた塾をそのまま発展させているらしい。


 箱入り娘を育てたい貴族連中から申し込みが殺到しているらしいけれど、実際には女性として独立して生活していける力を身に着けさせる機関にしたいらしい。


 講師陣も全員女性と徹底されているようで、その中には国語教師という肩書のリリスもいる。


 何を教えるつもりなのか今からちょっと不安だ。




 農地エリアは、殆どが俺の作り出したドローン型ロボットで機械化されている広大な農地だ。


 だけど、いくら独立して動作するといっても所詮は機械のため、最終チェックのための人は必要なので、こちらにも多少は住人がいる。


 ただ、やることは農民というよりオペレーターといった感じのため、ある程度の学は必要。


 ということで、こちらにも学校は作られていて、領民であれば無料で授業を受けられる。


 引退した冒険者を講師として雇っていて、戦闘訓練も受けることが出来るようになっているので、将来領軍に入りたい者や、冒険者となりたい者たちには人気だ。




 最後に、ここは特別なになにのエリアというわけではないけれど、クレーターにできた湖では漁業が行われるようになった。


 超大型の浄水施設を作ることで、湖の中を常に一定の水質に保ち、養殖がしやすくなっている。


 普通こういう場所で養殖をすると、餌のせいで水質が悪くなったり、他の生き物が大発生したりなど問題が起きやすいけれど、浄水施設で余分な栄養素を取り除くことで、安定した水産資源の提供が可能になった。


 因みに、ここで取り除いた栄養素は、多少加工してから肥料として畑に撒けるので便利だ。




「いやぁ……。色々作ったなぁ俺たち……。」


「王女まで誑かして子供もポンポン作るしのう。」


「2人目作る?」


「いや、妾この前産んだばかりじゃから……。」




 つい先日、イリアは男の子を生んだ。


 名前は、イリアがずっと考えていたらしいセインに決まった。


 王様が「わしが命名したい!」って騒いでいたけれど、珍しくイリアに怒鳴りつけられていた。


 現王にとっては、初めての男の孫ということで、そりゃもう知らせを受けたお爺ちゃんは大喜びしていたそうな。


 というわけで現在、王様の別荘に本人がやってきたタイミングで、孫の顔見せに行った帰りだ。




「さぁ、急いで領主邸に戻らないとな。」


「そうじゃな。妾はともかく、領主が不在は不味かろう。」




 今日は、公式にピュグマリオン男爵領が始動する日のため、居住区の端にある領主邸でセレモニーが行われる。


 と言っても、俺の出番は少しだけで、基本的には領主代行としてメインで仕事をこなす予定のフェリシアが話すんだけども。




 そのフェリシアと、サンドラ、そしてルシファーとは先日結婚式を挙げた。


 といっても、大々的な物は本人たちが嫌がったために、身内だけでの簡素なものになった。


 まあ、フェリシアとサンドラは、ウエディングドレス姿を家族と元婚約者に送り付けて、意趣返しもしていたようだけど、あんまり突っ込むと怖いのでスルーしている。


 本人たちが幸せなようなので、それでいいと思う。








 領主邸に到着すると、秘書のアルゼが待ってましたとばかりにやってくる。




「ダロス様、30分後から全世界に向けてスピーチなので、今すぐご準備を。」


「この格好じゃダメか?一応王様に会ってきた服装なんだけど……。」


「ダメです。ですがご安心ください。お部屋に着いてから1分以内に準備が終わらせられるようにメイドたちが待機しておりますので。」


「カーレースのピットインみたいだな……。」




 エクレアさんたちメイド部隊による神業テクニックにより、見た目だけは偉い感じにされたダロス君。


 なんか、布団みたいな厚さのマントをつけられていて、非常に動きづらいんだけれども……。




 今日に限って、メイドの中にサロメがいない。


 俺の筆頭専属メイドを自称するサロメは、領主の妻としてセレモニーに参加するために、セレモニーが終わるまでメイド行為を禁止されている。


 それがエクレアさんから言い渡されたのが昨日の夜で、珍しくサロメがぷくーっと膨らんでいた。




 というわけで、会場に行くと、既に家族の殆どが列席していた。


 1列目には、公式に妻となっているメンバー。


 2列目以降は、俺の家族となったのが古い順番に並んで座っていて、子供がいる場合は抱いている。


 血筋が途絶えないという事をアピールするために、領主の妻が子供を抱いているというのは重要なんだとか。


 泣きだしたら放送事故にならんか?とも思うけれど、まあそれを注意する最大の権限持ちは俺なわけだし、問題なかろうさ。




 因みに、妻の中でルシファーだけはこの場にいない。


 彼女とディオネは、この後記念コンサートを行うために別会場にいる。


 別荘地エリアに建てられた多目的劇場のこけら落としとして、久しぶりに2人で歌って踊ってくれるそうだ。


 ディオネは最初から乗り気だったけれど、ルシファーは俺が土下座することでやっと納得してくれたという経緯があったりする。




「ルーちゃんとも結婚したんだし、そろそろ僕も孕ませてよ!」


「……ダロス、そろそろディオーネー様の事も何とかうけいれてやってくれ……。」




 と天使嫁に頼まれてしまったため、今後がちょっと不安だ。






 俺が会場を見回していると、どうやら時間が着たらしく、アルゼに誘導されてスピーチ台に立たされた。


 こういう風に注目されるのって、正直物凄く苦手なんだけれど、イヤだイヤだと文句を言い続けるわけにもいかない……。




「静粛に!私は、ダロス・ピュグマリオン男爵である!私は、この地を追うより賜り、そして一から切り開くことで、魔物の領域から人の領域へと浄化することに成功した!そのため、この地を正式に我が領地とすることを本日ただいまを持ってここに宣言する!」




 用意された台本通りのスピーチを終え、家族たちが待つ席まで移動すると、口々に感想を言い始める皆。




「いやぁ、なんかいつもと全然違う衣装で笑っちゃいそうになっちゃったっス!」


「……普段の格好の方が、慣れてる分好きかも?」


「主様主様!その背中の布団重くないの!?」


「主様主様!その背中の布団は盾にでもなるんですか!?」


「「「アレだと血が飲みにくそうですね。」」」


「食事の時大変そうですわ!」




 なんて事を言う比較的初期からの家族たち。


 一応俺の眷属のはずだけれど、怖いものなしだなお前ら?


 まあ、慕ってくれてることは確実なので、俺も何言われても構わないんだけれど。




「その服装のデザイン、新しいキャラに流用しても良いですか!?」


「ダメですよリリス、やはりナマモノはダメです。」




 なんて声が聞こえたりもするけれど、




「国王である妾の父上の礼服よりはシンプルじゃぞ?」


「貴族ならこの位ふつうですよね?」


「確かに!父上もカッコつける時はああいう服でした!」


「機械仕掛けの人形師なんて二つ名があるのであれば、もっと機械っぽいデザインでも良かったかもしれませんね。サイズは大きく!」




 なんて声も聞こえてくる。


 比較的、貴族出身者たちには評判がいいようだ。


 ただ、




「カッコいい服装だと、またファンが増えてしまうので、昔の服装でもいいんですよ?」




 と言ってくるイレーヌと、




「ダロス様なら、例え着ぐるみを着てても好きです。」




 と言ってくれるサロメの言葉が、やっぱり一番頭に残る気がする。




 その後は、フェリシアが引き継いで領の新しく制定される法律などの説明が行われ、その後予定通り記念コンサートが全世界に向けてテレビで放映された。




 ここまでくると、今俺たちがいる会場はもうお開きとなるので、コンサート組を残し一足お先に打ち上げが開始された。


 テーブルに大量の料理が運ばれ、ビュッフェ形式での食事会となる。


 大食いが結構多いため、結局こういう形が一番確実だという事で、今後もうちではこんな感じだろう。




「じゃあ皆、今日まで色々お疲れ!今日は好きなだけ食べて行ってくれ!乾杯!」


「「「「かんぱーい!」」」」




 その挨拶と共に、グラスに注がれた思い思いの飲み物でのどを潤してから、料理を取りに行く面々。


 今日は、塾の生徒やテレビ局のスタッフたちも、非番の者たち限定で出席できるため、会場内には100人以上がごった返していた。


 塾の卒業生たちが今回限りのお手伝いメイドとしてアルバイトに来ていたりもするので、至る所で会話の花が咲いている。




「あ、ダロス!もう始めてたんだ?」


「ササっと見た所、カップ焼きそばはございませんねぇ……。」


「俺も流石にそれは用意してないわ……。」




 遅れて来たらしい勇者セリカと聖女マルタは、俺との挨拶もそこそこに、かなりそわそわしている様子で料理を見ていた。




「挨拶も終わったし、食べに行っていいぞ。ウチの家族は確認もせず即効で行ったわ。」


「そう?じゃあそうする!ありがとね!」


「マヨネーズはありそうですねぇ!」




 ウッキウキで料理を取りに行く2人を見送り、1人テーブル席に残って、グラスに注がれた炭酸飲料を眺める。


 少し飲んでみると、美味しいけれど、前世では飲んだ覚えがない味がした。


 また、俺の知らない商品が俺の名前のブランドから出されたようだ。




「お疲れ様ですダロス様。」


「お疲れー……って、もうメイド服に着替えたのか?」


「はい。やはり、今ではこの格好の方が落ち着きますから。」


「そっか。プリシラはどうした?」


「良く寝ていたので、エリンさんに預けてきました。」


「この騒ぎでも起きないんだから、将来は大物になりそうだな。」


「ダロス様の娘ですからね。」


「サロメの娘だからじゃないか?」




 揃って笑ってしまう俺たち。


 サロメに出会ったその日の俺に、将来こんなことになるんだぞって教えても、きっと信じてもらえないようなこの瞬間がとても愛おしい。




「サロメは、今幸せか?」


「もちろんです。ダロス様と一緒にいますから。」


「そっか……。俺も、サロメと一緒に居られて幸せだ。」


「知ってます。」




 ニヤッと笑って、テーブルの上に置かれた俺の手に、自分の手を重ねるサロメ。




「最近、ダロス様の目線が、胸よりも私の瞳に向くことが多いんですよ。」


「え?そうなの?」




 我が事ながら、自覚は無い。




「はい。そして、私の目を見た瞬間に、幸せそうな顔をしてくれるんです。」


「……なんか、ちょっと恥ずかしいなそれ。胸に視線が向かってると気がつかれる方がまだマシかも。」


「私も恥ずかしいですが、定期的に言って行こうと思っています。」


「なんなんだ?被虐主義か?」


「いえ、恥ずかしがっているダロス様がみられるならそれでいいかなと。」




 そういえば、サロメはこういう女の子だったな。


 最近、母親としての顔ばかり見ていたから、なんだか懐かしい気分だ。




「お腹空かないか?何か料理持ってこようか?」


「今は、特にいりません。……ただ、最近ふと食べたくなる物ならあります。」


「なんだなんだ?前と違って金ならあるから、何でも買えるぞ?」


「成金みたいですね?」


「成金だからな。」


「……お金で買えるものじゃないんですよ。」


「そうなのか?」




 顔を赤くしたまま、俺の瞳を見つめて話すサロメ。


 その顔がとても幸せそうで、俺も幸せな気分になる。




「ダロス様が初めて狩ってきてくれたイノシシの肉を私が盗んできたスパイスで焼いたの覚えてますか?」


「あーあれか。アレは美味しかったな。」


「はい。あの味を最近よく思い出しているんです。でも、再現しようとしてもなかなか完璧にはできなくて……。」


「ありあわせの調味料で適当にやっただけだったからな……まあ、まさか食べただけで泣き出すとは思わなかったけど。」


「ふふっ、泣いてる私を見て、ダロス様は自分の分までくれましたからね……。」


「……誰かに自分が作った料理を食べてもらうのって、思ったより嬉しかったんだよなぁ……。」


「あと、女の涙に激ヨワだからですよね?」


「まあそうだな!」




 ボロボロの服で、自分で狩ってきた獲物を焼いて食べていた2人が、今ではこうやって沢山の人たちに囲まれて、豪華な物を好きなだけ食べられるようになっている。


 それが、とても不思議な事に思えてきた。


 途中、選択肢を少しでも間違えれば、この場所にはいなかったと思う。




「また、2人でアレ作って食べて見ようか。どうせ、味を再現できる程度には人生長そうだし。」


「いいんですか?私、また泣いちゃうかもしれませんよ?」


「その時は、また俺の分もやるさ。」


「遠慮しませんからね?」


「あの時も全くしなかったもんなぁ。」




 2人で将来の予定を立てていると、どうやら料理を取りに行った奴らがテーブルまで戻ってきたようだ。


 その中でも、とりわけ大量に皿に盛って、高速でやってきた2つの人影。


 彼女たちは、ほぼ同時に食べ始めそして叫ぶ。




「おいしいですわあああああああ!!!!!」


「おいしいザマスううううううう!!!!!」




 ドラゴンに匹敵する動きを見せるその姿は、首から下はお姫様みたいなドレスなのに、頭の上にはリオのカーニバルでサンバのダンサーがつけてるような飾りが乗っている。


 そして、目がニルファみたいに縦割れの瞳孔で……。




「ちょっとまてニルファ……そこの人……誰だ?」


「モグモグモグ!ゴクン!知りませんわ!」


「知らん奴と競い合って食ってたのか……。」




 唖然とする俺。


 だってこの女性、絶対ヤベー奴ってオーラを感じる……。


 それこそ、ニルファの父親がやって来た時みたいな……。




「あのぉ……、どちら様でしょうか……?」




 下手に出て、揉み手をしながら問いかけてみる。


 すると、物凄いペースで食べていたその女性は、こちらを初めて認識したかのように目を見開いて、話し始めた。




「モグモグモグ!ゴクン!お初に御目に掛かるざます!わたくし、ニルファの腹違いの姉であるダイアナざます!」




 あね?つまりドゥラゴン?てかザマス?


 流石に今まで想定していなかった相手の襲来に、どうしたらいいのかさっぱりわからん!




「それで、俺の領に何用でしょうか……?」




 妹に会いに来ただけならそれでいい。


 ごはん食べに来ただけならそれでもいい。


 とにかく、穏便にこの事態を終わらせたい。




「本日は、ダロス様にお願いがあって来たざます。」


「お願い……?」


「実は、わたくしの庇護するドラゴンと魔族をわたくしの管理する土地からダロス様の領地へ引っ越させてほしいざます。」




 ドラゴンと魔族だと?


 うちの近所にトンデモ生物大集合させる気か?




「因みに、数はどのくらいですか?今彼らがいる場所は?」




 引っ越しとなると、色々重要な条件もあるため、先に聞けるだけ聞いておかなければならない。


 そもそも、魔族とか言うのをここに連れ込んで大丈夫かが分からなくてこわいんだけどさ。




「牝ドラゴンが20頭に、魔族のエルフが100人程度ざます。場所は……。」




 ダイアナと名乗った女性は、まだ明るい時間だというのに空の高い所に登っている天体を指さしてこういった。




「月ざます!」










「ダロス様、お話が長くなりそうなので、先に食事とお茶にしませんか?」


「そうだなサロメ。ダイアナさんも遠慮なくなべて言ってくれ。」


「感謝ざます!」




 この世界には、まだこんな不思議な存在がいたのか。


 ざますざます言いながら月に登るドラゴン……。


 うん、面倒な予感しかしねぇ。




 だけど、そういうのにも慣れて、逆に面白く感じているのもまた事実で……。




 あの雑草でいれていた頃からとても上達したお茶を準備してくれたサロメと見つめあい、また幸せな顔をしているであろう俺。




 今なら自信を持って言える。


 俺は、この世界に来て良かった。






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