夏と言えば肝試しさ

ぬまちゃん

夜の旧校舎

「おい、大丈夫か?」

 丸メガネをかけた太郎は、メガネの位置を直しながら後ろを振り返る。


「俺たちは大丈夫だ。そんなことより首謀者のオメーが一番ビビってんじゃねえか」

 肩にかかる金色の髪が、蒸し暑い風でわずかに揺れるのを気にする次郎が答える。


「そそそ、そうだよ。級長がビビってたら、僕たち気が気じゃないだろ」

 丸首シャツがはちきれんばかりの体形で汗っかきの三郎は、汗をふきふき次郎の言葉に同意する。


「そうだ、そうだよ。怖くない、安全な肝試しだからって言ってたじゃん」

 みんなより頭一つ低い、いがぐり頭の四郎は周りをキョロキョロしながら付け足す。


 旧校舎は、LED街路灯の明るすぎる灯りがギラギラと差し込む学校のグラウンドからは、一本道を挟んだ奥にひっそりと建っていた。

 旧校舎の入り口には、立て看板と侵入防止の板がクロス上に打ち付けてある。

 しかし、校舎の壁にはいたるところに穴が開いており、結局は誰でも出入り自由な状態になっているのだ。


 夏休みも後半になり、遊ぶのに飽きた彼らが行きついた先が、この旧校舎の肝試しにトライすることだった。

 旧校舎には、上りと下りで段数が違うお化け階段や、人体模型が抱き着いてくる呪われた理科室、のぞき込むと一人増えてる踊り場のおばけ鏡、そんな怖いスポットが盛りだくさん。


 でも、そんな恐ろしい場所を敬遠して彼らが選んだのは、校舎の一番端の教室、もっとも暗い場所、そこの黒板に色違いのチョークを置いてくる、そんな他愛もない遊びだった。


 太郎は白、次郎は赤、三郎は青、そして四郎は黄色。

 それぞれのチョークを置いて戻ってくる。

 そんな、怖いけど、危険じゃない。

 呪われてひどい目に合わない、お化けにとりつかれない、そんな軽い肝試し。


 じゃんけん、ぽーん。

 順番を決めて、一人ひとりが旧校舎の一番奥の教室までチョークを置いて戻ってくる。


「どうだった? 歩くだけでも、背中ぞくぞくしたろ?」

「ああ、そーだな。やっぱりこえーな、旧校舎」

「そそそうだな。ひやあせ、とまらなかった僕」

「そうだ、そうだ。まじ、びびったじゃん」


四人全員が肝試しを終え、ビビりながらもお互いの戦果を大げさに報告しつつ、明るいグラウンドに向かって帰ろうとしていると──。


「こら! 旧校舎で遊んじゃだめだって、言ったろ」

 先生が懐中電灯を片手に旧校舎の方から現れて、彼らに声をかけてきた。


「すみません、先生」

「さーせん、先生」

「ごごご、ごめんなさい、先生」

「ごめんっす、せんせ」

 先生の声にビビった四人は、そろって頭を下げて謝る。


 素直に謝られて怒る気力が失せたのか、先生は懐中電灯を持っていない側の手に握りしめていたチョークを彼らの前に出して言った。


「ほら、チョークは返すから。これに懲りて、もうやるなよ」

 先生の手のひらには、白、赤、青、黄、緑、の5本のチョークが乗っていた。


(了)

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夏と言えば肝試しさ ぬまちゃん @numachan

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