【33】追憶の果て

 三年の月日が経ったにも関わらず、オウガにとってウィルという生き物は、分からない事の方が未だに多かった。

 むしろ旅を続ければ続けるほど、分からない事が増えていった。


「旅の御方。村を救ってくださり、ありがとうございました。あんなにも恐ろしい魔物、貴方が居なければ今頃、我らの村は滅んでいたでしょう」

「なんのなんの。俺様にかかればナイト級くらいちょちょいのチョイよ。まっ、運が良かったな村長さん!」

「えぇ。きっとこれも聖女様のお導きでしょう。ありがたや、ありがたや⋯⋯」


 あてもない旅の目的。

 並外れた強さを持ってる理由。

 極力名乗ろうとしないこと。

 大きな街では往来を歩こうとはしないこと。

 歩んできた過去さえも。

 ウィルは自分を語ろうとはしない。尋ねたところで飄々とはぐらかすばかり。

 当然、オウガは不満だった。

 漠然と強者を目指す羅刹であるならば、きっとどうでも良い事なのだろう。

 けれど、どうでもいいと簡単に遠ざけられるほど、オウガは悪鬼でも羅刹でもなかった。


「俺は、この国が嫌いだ」

「嫌いと来たか。その心は?」

「だって、どいつもこいつも『隣人を愛せ』なんて綺麗事を馬鹿みたいにありがたがってる。愛だと。それが一体なんの役に立つんだよ」

「さぁ、どうかな」

「ふん。少なくとも、俺にとっちゃカビたパン以下だよ」

「⋯⋯それも、どうかな?」

「⋯⋯あァ?」


 斜に構えた口の悪さが続いたのは、そんな反抗心が絶えなかったからだろう。

 三年が経てども子供は子供。育ちきるにはあまりに時間が足りない。


「──どうだ。ほれ、美味いか? 美味いだろ! 悪食あくじき極まりないお前さんにも、やっぱこの美味さは分かるか!」

「⋯⋯うっせえ。珍しい味だっただけだろ」

「素直じゃないねえ。んー、この冷たさに味に舌触り、やっぱ暑いときゃアイスに限るぜ」

「⋯⋯⋯⋯ばっかみてえ」


 とはいえ三年間である。

 ウィルの何もかもが分からないままでは、決してなかった。

 アイスが大好物なこと。

 酒をよく飲んだ日は寝付きが悪いこと。 

 マリグナントや魔物を倒して賞金を稼いでいる癖に、倹約家なこと。

 神父を装ってる癖に、巨大な"鎖鎌"を得物としていること。応用性に富んだギフトのこと。


「ぐっ、この⋯⋯なにが『ユナイト結合』だ。なんでも結合出来るなんてギフト、普通に反則だろ!」

「はっはっは、なんでもは流石に無理だけどな。けど勝負の世界に反則もクソもないのさ。悔しかったらさっさとギフトに目覚めるんだな」

「うっぜえ⋯⋯というか、目覚めたいからって目覚めくれるもんじゃないだろ」

「さあてな。ギフトが宿るまでのタイムリミットは"十三歳まで"って話らしいがね。ま、むしろ宿る方が珍しいんだ。悲観になるもんじゃねーさ」

「⋯⋯クソ」


 神父なんかじゃないと言った癖に。

 意外と、説教好きなこと。


「強くなることなんざ二の次で良い。長い旅の息継ぎ程度で丁度良いのさ」

「なんだそれ。いざって時に後悔してからじゃ遅いだろ」

「だが、強くなるって事は出来る事を増やすのとおんなじだ。後悔出来ちまう事の方が増えちまうのさ。お前さんみたいなのには尚更、おすすめ出来ないぜ?」

「どうしてだよ」

「今のお前さんにゃ説明したって分からねーよ。そこらの犬を見て、苦しそうに顔を背けてるうちはな」

「⋯⋯!」


 継続は力であり、回数は理解である。

 狭く暗い世界を見下ろすだけの月が、思いの外、大きく綺麗であったように。

 分からなかったことも、少しずつ明らかになっていく。


「⋯⋯南に降った時は『リブルの雨花』」

「⋯⋯?」

「そっから西のペルトム郊じゃ『エリクシル』。北にのぼってヒュートル森林の『神の薬』。そんで今は東に離れてヨグ村の『エルムの涙』」

「どうした急に。そいつがどうかしたかい」

「ここ数年の旅で巡ってる場所だ。無理矢理惚けた顔すんな」

「はは、惚けてるつもりは──」

「──どれもこれも、『万能薬』って噂が広まってるもんだろ。ウィル。オマエの旅の目的って、ひょっとして"これ"か?」

「⋯⋯」

「⋯⋯」

「さぁて、な。偶然かもしれねーぜ?」

「⋯⋯フン。そうかよ」


 更に一年。およそ十二歳の頃。

 北に南に、西へ東へ。無軌道な渡り鳥みたいに羽ばたいた日々を重ねているうちに。

 あてのないように思えた旅の目的さえも、オウガにはいつしか薄らと見え始めていた。


「ペテン神父の癖に、嘘が下手になってやんの」


 子供が大人になれた訳じゃない。けども深く追求もしなくなった。

 はぐらかした言葉の中身を無理に欲しない。

 漫然と続く旅の中で明らかになるかもしれないし、分からないなら分からないままでも良いとさえ思った。

 オウガにとって、積み重ねた歩くような速さの日々のままでも、案外悪くなかったから。 

 けれど。






「⋯⋯⋯⋯なに、やってんだよ」


 この世はまっこと皮肉なことに。

 

「は⋯⋯はは。さぁて、ね⋯⋯ゴホッ」


 いつだって"喪失"というものは、予期せぬ時に訪れるものだった。

 

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赤子も泣き止み死んだふりするレベルの恐い顔ですが、チート能力は【おうえん】です。 歌うたい @Utautai_lila-lion

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