第4話

会社を辞めてから暫く立ったというのに、いまだにわたしの中ではアイリロスが酷かった。

「ねえ、アイリ。消しちゃってごめんね。大好きなのに……」

そんなことを日に何度も呟いては無意味に日々を過ごしていた。0に近づいていく貯金のことを考えては現実逃避をするために眠った。


そんなある日、ふと、床に溜まったペットボトルの隙間から見えたメモに目がついた。

『・派手、メイク

・もっと大人びた感じで

・胸は大きめ

・髪はブロンド、ゆるふわ』

アイリを描くときに彼女の希望の容姿をメモした紙だ。


「アイリ……」

机の上に置きっぱなしのボールペンを取って、その紙にアイリの姿を思い描きながら姿を描いていく。ポタポタと落ちていく涙がアイリにかからないように気をつけながら。


「こんな感じだっけ」

完成したモノクロのアイリが紙面に浮かぶ。懐かしいアイリの姿を見て、わたしは小さく微笑んだ。


「あんたね。毎日無意味に過ごして何やってんのよ!」

「え……?」

アイリの声が聞こえた。

「アイリ……?」

ボールペンを走らせた紙を見て、わたしはぼんやりと呟いた。


「まったく、でっかい画面に映ってるわたしのこと消してから、全然描いてくれないから、退屈しちゃってたわ」

「アイリなの……?」

「どう見ても、そうでしょ?」

「でも、タブレットはもう会社に返しちゃったよ?」

「あんなしょぼいタブレットなんてなくても、あんたと話くらいできるわよ」

紙の上のアイリが鼻を鳴らした。


「紙でも大丈夫って、なんだか凄いね……」

「そうよ。わたしは凄いの。そんなの会った時から知ってるでしょ?」

うん、とわたしは笑ったけれど、瞳からは涙が溢れていた。


「データ消したくらいで会えなくなるようなしょぼいわたしじゃないわよ」

「でも、会議の時には何も話してくれなかったけれど、あれは?」

「そりゃ、まったく予備知識の無い状態で突然イラストが話し出したら怖すぎるでしょ! だから、人前では話せなかったのよ。あんたが受け入れたことがおかしいの」


「タブレットの機能だと思ったから……」

「まったく……。タブレットがすごいんじゃなくて、スーパーキュートキラキラアイリちゃんデラックスが凄いんだって、そろそろ理解してよね」

わたしは頷く。


「うん、スーパーキュートキラキラアイリちゃんデラックスは凄いね」

「本当に思ってる?」

わたしは思いっきり頷いた。

「本当に思ってるよ!」

「なら良いわ」

紙面上のアイリがニコリと笑った。


「……とはいえ、あんた顔がすっかりやつれてるけど、ちゃんとご飯食べてるの?」

「3日に1回くらいは食べてるよ」

「少なっ。ちゃんと栄養補給しないと倒れちゃうわよ?」

「うん、アイリと会えたから、もうちゃんとご飯食べられると思う。……まあ、もうすぐ貯金が尽きちゃうから、とりあえずそれまでは、だけど」

「お金無いの?」

わたしは頷いてから弱々しく笑う。


「でも、仕事もしたくないや。家を出てる最中に、またアイリがいなくなってたらって思うと怖くて……」

「わたしのこと職場に連れて行ってもいいわよ?」

「職場で飾っとくわけにもいかないし、貯金が尽きるまでアイリと一緒にいられたら、それでいいかなって……」

弱気なわたしを見て、アイリが呆れたような声を出す。


「あんたね、甘ったれてるんじゃ無いわよ? もっと全力出しなさいってば!」

「でも……」

「別に仕事は外だけじゃ無いでしょ?」

「内職? わたし不器用だし、できること少ないよ?」

「あんたねぇ、目の前にこんな素晴らしい女の子がいるんだから、わたしのこといっぱい描いてみなさいよ? やって見たら何か起きるかもよ?」

「え?」

「そう、絵よ! あんたにしては珍しく勘が良いじゃないの」

わたしは尋ね返しただけだけれど、どうやらアイリは「絵?」と確認したと思ってくれたらしい。


「あんた絵描くの好きでしょ?」

「いや、わたし別に漫研でろくに活動してないし……」

「でも、漫研に入ったのは絵が好きだからでしょ?」

わたしは頷いた。


「下手の横好きで才能ないからもうやめちゃったけど……」

「何言ってんのよ? こんなに可愛い子を創りあげたんだから、ちょっとは自信持ちなさいよ。わたしの天性の可愛らしさのおかげが大きいけど、あんたも筆を取ったんだから、ちょっとくらいは才能あるわよ。それに、あんたの才能足りない部分はわたしがカバーするじゃない」

アイリが楽しそうに笑った。


「嫌いじゃないなら、ダメ元でやってみましょうよ。わたしのこと主人公にして、さいっこうに可愛く描いてくれたら、ずっと一緒にいられるわよ?」

「わたしに描けるかな?」

「描けるわ」

アイリは紙面上でVサインをわたしに見せる。


不安はいっぱいある。でも、アイリと一緒にお仕事ができるのなら、なんだか前向きな気分になりそう。少なくとも、今みたいにジッとしているよりもは何か変わりそうだし……。わたしは頷いた。


「じゃあ、アイリがアシスタントしてくれるんなら、頑張る」

「わたしはアシスタントじゃなくて、主人公よ」

「じゃあ、兼任で!」

わたしが元気に言うと、アイリは「しょうがないわね」と笑ったのだった。

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あなた好みのあなたが好き 西園寺 亜裕太 @ayuta-saionji

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