第3話
そうして1週間が経ち、わたしは出来上がったアイリの描かれたタブレットを会社に持って行った。
「これでどうですか?」
「ちょっと萌えに寄りすぎてない?」
荻原主任への報告のときには画面の中のアイリは何も喋っていないけれど、アイリならきっと「萌えでも良いじゃない、可愛いは正義よ」くらい言うのだろう。だから、わたしも一応彼女が良いそうなことを伝えておく。
「可愛いは正義ですし、こういうのがこれからはきっと流行ります! キャッチーで話題にもなりそうですし」
「むしろ、企業が萌えに傾倒するのは最近は敬遠されてると思うけど?」
「でも、露出は少ないですし、問題ないです! わたしは絶対修正とかしたくないですから!」
アイリが喜んでいる姿を変えるのは嫌だった。少なくとも、わたしは彼女の望む姿を尊重したい。
「そんなに怖い顔しないでって。わかったわよ。これで行きましょう。でも上の人がどう言っても知らないからね?」
「大丈夫です! 私が説き伏せますから!」
「あなたそんなやる気満々だっけ? 普段はもっと事なかれ主義だった気がするけど?」
「アイリのためなら頑張れます!」
もはやわたしとアイリは大事な友達なのだ。アイリの可愛さをたくさんの人に知ってもらうためなら、わたしは頑張れる。
「じゃ、13時から社内の会議で報告するから、あなたも一緒に出て頂戴」
「わかりました!」
普段しないような元気な返事をしたら、荻原主任が驚いていたのだった。
「では、友野さん、会社キャラクターのデザインの発表お願いします」
会議室で、前に立って説明を始める。あまり大きな会社ではないから、社内会議の時には目の前には幹部クラスの人が並んでいて緊張するけれど、思い切ってアイリのことを画面に出した。わたしにとって自慢のアイリの素晴らしさが、幹部の人たちにも伝わってくれることを信じて。
「こちらが、わたしの作成した会社の新キャラクターのアイリです。愛のあるサービスが利用できるようにという意味を込めてアイリと言います」
理由は適当につけた。まさか、本名はスーパーキュートキラキラアイリちゃんデラックスです、とも言えないし。とりあえず、わたしとしては自信満々で伝えたのに、会議室内には嫌な空気が流れ出す。
「ちょっとこれは派手すぎないか?」
「もうちょっとマシなのを欲しいんだけど」
「ダメだな。もうちょっと全年齢向けにしないとクレームが入る」
「我が社のイメージダウンに繋がるなぁ」
「悪いけど、作り直してくれ」
アイリへの反応は残念ながらかなり悪かった。
「で、でも、アイリはとっても可愛い自分に誇りを持っているんです! これがアイリのなりたい姿だったんですから、そんなにも否定しないでください!」
「勝手にうちの会社のキャラクターに変な設定をつけられてもねぇ」
部長が鼻で笑った。
「わたしが付けたんじゃないです! これはアイリが……!」
「友野さん! 落ち着きなさい!」
必死に抵抗しているわたしのことを、横でタブレットを触ってくれていた荻原主任が静止する。
「だ、だって、わたしの大切なアイリがバカにされてるから!」
わたしは瞳を潤ませながら、荻原主任に訴えかけたけれど、主任は、「後で話は聞くから」と言って幹部の前に出ていった。
「申し訳ございませんでした。新規のキャラクターはすぐに作り直しますので」
「つ、作り直さないです! アイリはわたしの大切な――」
「さっさとデータを消してくれないか? こんなイメージダウンに繋がるキャラ、一刻も早く社内データから無くしてしまいたいから」
役員がかなりムッとした様子で、取り乱したわたしの方を睨んだ。
「い、嫌ですよ!」
抵抗の声をあげるわたしの方を荻原主任が一瞬睨んでから、また幹部の方を向いて、頭を下げる。
「すいません、すぐに消しますから」
荻原主任がタブレットのところに向かって、データを消しにいく。
「ま、待ってください! アイリを消さないで!」
わたしの必死な様子を見て、荻原主任が困ったような表情をして、小声で諭す。
「名前まで決めて可愛がっているところ悪いけど、このままじゃ収拾つかないから……」
「そんな……。アイリと一緒におしゃべりして、もう愛着が湧いちゃったんですよ……」
「お喋りって、このタブレットのおしゃべり機能よね? 『よくできました』とか『お疲れ様です』とか、作品完成後に10パターンくらいの定型分を読み上げてくれるだけだから、また別のを書いたあとにお喋りしたらいいわ」
「アイリはもっとたくさんお喋りしてましたよ?」
わたしは確かに短い期間だったけれど、アイリと仲良くして、色々な話をしたのだ。絶対に10種類に言葉は収まってはいない。
「……何言ってるのかわからないけれど、とりあえず消すわね?」
主任が消去ボタンに触れようとしたけれど、アイリは普段わたしといる時とは違い、無表情だった。
「アイリ、何か喋ってあげて! 主任に喋れるところ見せてあげて!」
必死なわたしを見て、主任が首を傾げてからお喋りボタンを押すと、「お疲れ様です!」と普段のアイリとは違う、明らかな機械音が鳴った。
「こ、こんなのアイリじゃないです!」
「でも、これがタブレットに搭載されてる機能だから……」
主任がまた消去ボタンに手をかけた。
「待ってください!」
「もうこれ以上待てないわよ……」
主任がチラリと幹部の方を見た。
「わたしが消します……」
人に消されるくらいならせめて自分の手で……。そう思って、指を触れる。
「ごめんね……」
わたしが声をかけたら、「またね」と言ってアイリはいつもの声を出して、ほんの一瞬微笑んだように見えた。けれど、荻原主任は困ったような表情をずっと崩さなかったから、わたしにだけ聞こえた声なのかもしれない。画面の中のアイリは、ボタンひとつでデータごと消えてしまった。わたしは自分の手でアイリを消してしまったのだった。
わたしは静かにタブレットを主任に渡してから、何も言わずに勝手に会議室から去った。もう会えなくなったアイリのことを思うと仕事をする気もなれずに、その日は早退した。結局キャラクターも作り直す気にもなれず、そのままなし崩し的に会社も辞めた。
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