エピローグ

 ボクは死んだ。生前、勇者スサノシンと呼ばれていたが、未練はボクにとって一瞥いちべつの価値もなかった。死を受け入れることに抵抗がなかったのは、勇者としてではなく、一人の人間としてやり尽くしたという自負があったからだ。


 その後、王族や上級貴族の悪政が次々と明るみに出て、彼らの評判は地に落ちた。批判と圧力にさらされ、多くが厳罰を受けることになったという。狡猾な女王や生き延びた上級貴族たちは、自分たちの名誉回復のため、これまで秘かに蓄えていた財産を放出し、貧しい人々への支援を始めた。奴隷解放運動や格差是正団体への協賛も行い、表向きは慈善活動家として振る舞うようになったが、その背後には、彼らの名誉回復と新たな社会基盤で優位に立とうとする下心があったことは、言うまでもない。


 ボクの亡骸は火葬され、ローリエッタの住む山奥の丸太小屋ロッジへと届けられた。


「生きて、必ず帰ってきなさい。アンタが成すべきことを果たして」

 

 その約束は完全には果たせなかったが、ボクは少なくとも、彼女のもとに戻ることはできた。自分なりに精一杯やったつもりだ。

 なので、許してほしいと願うが……駄目かな?


「約束の一つくらい守りなさいよ。世界を救うついでにさ。……ばーか」

  ……どうやら駄目っぽい。


 フランチェスカは実家に戻ったが、後悔の念から出家し、聖教会の養護施設で孤児たちの母となった。彼女は多くの子を育て、大勢に愛されながら生涯を終えた。


 ギュスカは体調が回復すると、商人となって、世界中を旅して本を集めた。彼女は最終的に故郷に自身が理想とする図書館を建て、管理人として、別け隔てなく多くの人に沢山の知識を授けて、穏やかな生涯を送った。


 しかし、この世界の経済的不平等は未だに解消されず、教育の格差や児童・奴隷からの労働搾取は続いている。飢餓問題への支援も追いつかない。政治家の汚職、衛生問題、歴史的・宗教的対立、生産活動が活発になり、新たに環境汚染も問題になってきている。こう考えると、ボクの存在は無意味だったのかもしれない。でも、ボクによって救われた者、損をした者、それぞれがいて、何らかの影響を受けたことは疑いようもない。


「……勇者、か……」


 世界を救う英雄としては、歴史に『出来損ない』と記されるかもしれない。でも、不器用ながらも一人の人間としては、よくやったと自分を褒めてやりたい。

 ボクはもう、いない。けれど、人類はまだ前に進み続けている。貧困や差別、争いといった課題は山積みだが、人間は勇者に頼らずとも、協力すれば必ずそれらを乗り越えていけるはずだ。


 いつか、誰もが幸せに生きられる時代が訪れるだろう。

 ボクはそれを見届けることはできないが、その時が来ることを信じている。


 皆が幸せを手にすることを願って。

 これで、このお話は、お終いです。


 END

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狂い咲く世界でまともな勇者は逃げられない 魅惑のハイポーション @aheahe_interface

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