プロット集⑭

部屋で昨日の続きをして、なんとかスクロールの基礎を数枚、追加で書き上げた。

あとは何らかの素材を確保できれば、また新しい魔法を制作できるだろう。

そのまま日誌を簡素につけていると、唐突に姫さんが、少し卑屈そうな声で話しかけてきた。


「3日後」

「ん?」

「何人かで、襲うそうです」


その言葉だけで、俺は状況を察した。彼女のよく聞こえる耳には、ろくでもない企てが、届いてしまったのだろう。

怒りで少し頭が白くなって、ぐっと拳を握ったが。努めて冷静に言葉を選んで、彼女に返した。


「なにか、取られてないか?」

「…無いです」


彼女は首を横に振って、一見、俺の言葉を否定した。

この部屋に備え付けの、床に釘打ちされた長い箱にはカギがついていて、貴重品を入れて俺が管理していた。

こじ開けたあともないし、無理に開ければキズがあるだろう、…彼女の心にもだ。


俺は彼女の気遣いを受け入れ、それ以上聞かない事にした。


「帰りたい、なぁ…」


つい漏れてしまった言葉に、はっとして彼女は口を手で覆った。別に帰りたいのは自然なことだし、俺は特に咎めなかった。


「同感だ、今夜のうちに吐き出しとけ、聞くからよ」

「いいの?」

「紙に書いたり、口に出すだけでも楽になるもんだぞ、おすすめは紙に書くことだが、日誌にはもう書いただろ?」


「…言います、付き合って」

「おう」


「…父様に会いたい、母様に会いたい、死んだおばあちゃんに会いたい、あそこのご飯が食べたい、水やりしてないから枯れちゃうし、本の新作も帰って読みたい…、母様の、シチューが食べたくて、先生に、会いたい……」

「うん…」


「貴方は?、どうです?」

「俺?おれかぁ…」


実を言えば、俺自身は、そこまで帰ることには執着していなかった。

ダロスには帰りたいが、故郷にはあまり執着はない。人生の半分ほどを故郷で過ごし、家族に遺書の保管も、一部任せている。


向こうにある資産もかなりあるが、それはそれだ。執着というよりも、もはや便利な道具程度でしかない。

ぼんやりと、半年帰れねえと素材がいくつか駄目になるだろうが、その前に爺さんが引き継いでくれるだろう。


そんな事よりも、同じ団の仲間を助けることのほうが、俺にとって重要だった。


当然家族に会いたい気持ちが、無いわけでは無いが。

どちらかと言えば、帰れないせいで心配をかける罪悪感のほうが酷い。

罪悪感。罪悪感か…


「心配をかけてるのは、イヤだな」

「………………」

「だが、俺の分は卑屈になることはないぞ?」

「え?」


俺はあえて頬の端を釣り上げて、笑って見せた。

卑屈に笑っちまうような状況だが、それでも這い上がる気でいようとした。


「スリルぐらい、楽しめないようなガキじゃないからな、旅の醍醐味ってやつさ」

「旅の、醍醐味…」


「うん、だからそう卑屈だけになるな、罪悪感を感じすぎるな、小さく纏まる必要だってないんだ。難しいかもだがよ…」


「ふふっ、…はい、帰りましょう、必ず」

「ああ、帰ろうぜ、必ず、二人を見つけてだ」


また振り出してきた雨音に耳を打たれながら、互いに望みを声にした。

こんな時、俺のくだらない言葉を、笑ってくれる彼女を、俺はよく知っていた。

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冒険者の仕立て屋さん・プロット集 ヤナギメリア @nyannko221221

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