第44話 ハッピーエンド

 最後にスイは、疲れ果てて眠っているノクスを見守っている。そして、整えられた艶やかな銀髪がふわりと舞い上がる。

 ノクスの目が開いたのだった。

「おはよう、ノクス」

 スイのドローンのベッドの中で、ノクスは必要事項を確認していた。スイはちゃんと存在し、いつもより優しい笑顔でノクスを見つめている。その眼の炎は眩くも温かい。

 ――死んでない……よね?

 ノクスは徐に体を起こし、目に映る時刻を確認する。六月六日の夕方だった。最後に自身の体を確認する。手は白く透き通った肌色をしていた。

 熱い涙が頬を伝う。ノクスは眼はスイを見つめたまま、ありのままの現実をノクスは堪能していた。

「大丈夫だった? ノクス」

 涙ぐんだスイの声が耳元で囁かれる。ノクスは溢れ出る涙のせいで目を開けられないでいた。笑いながら軽く嗚咽を漏らす。感情が複雑に絡み合っていて、ノクス自身ですら感情が理解不能だった。どんな言葉を出せばいいのか、なんならどういう風に言葉を出せば良いのかすら分からない。

「私のためにありがとう」

 体を包まれ、スイの温もりが伝わってくる。感情が喉に詰まって、未だノクスは言葉が出ない。

「ありがとうね。ノクス」

 間近にあるスイの胸に顔を埋める。

「ごめんなさい。僕だけ幸せで」

 埋めたままノクスは言葉を紡いだ。相当聞きづらい言葉が発せられている。

 ――大体が僕の、僕だけの望み通りの結果になった。でも、スイはここに居るのがリアの方が良かったはずなんだ。

「僕ばっかり恵まれて。でも、スイは、すくわ」

 自己肯定感の低すぎるノクスの言葉をかき消す様に、スイはノクスを撫で、言葉をかける。

「私はもう救われているわよ」

「だって、僕はリアじゃ」

 ボロボロの声があげられる。

「そうね。ノクスはノクスよね」

「違うんだよ! スイ。スイにはリアが必要で、」

 ガラガラの喉から発せられる。

「それは勘違いよ。ノクスは私の過去を見ちゃったらしいものね。うん、そうね。確かにリアに謝りたい気持ちはあるわ。でもね、死者は生き返らないものよ。だからよ、リアともう一度現実で会いたいって思ったことはないわ。むしろ、リアの言葉を届けてくれただけでも、私は救われたのよ。リアは私を憎んでなんかいなかった。むしろ生きてほしいと言った。だからね、ノクス、私はまた生きる意味を見出したのよ」

 ノクスは泣き腫らした顔をあげた。そこには澄んだ美しい笑顔のスイがいる。

 ――なんで笑顔になれるの? 今は笑顔は出しちゃ駄目なんだよ。

「こんな、たったそれだけの奇蹟、あの地獄に釣り合わない」

 滝のように涙は溢れ、掠れくぐもった声がノクスから放たれた。

「釣り合いね。それってそもそも取れるものかしら?」

 スイの諦観の感情がノクスには、ズキズキと染みて心に突き刺さる。

「取れるって僕が証明する。スイを幸せにして、それで、こんなことで救いなんて言わせないように、頑張る」

 スイは目を見開いて、どこか納得したように頷いた。(ローはここまで分かっていたのかしら)

「ふふふ。楽しみが増えたわね」

 未だ諦観を貫くスイに、ノクスの涙はさらに溢れた。対し、スイは不甲斐ない求愛者に手を差し伸べる。

「それとね、ノクス。もう空元気は大丈夫。嬉しいけど、ノクスは寡黙なタイプよね。ノクスはノクスなんだから、リアになろうとしなくていいのよ」

「ごめんなさい。スイ」

「しまらないわね。ありがとうって言ったんだから、どういたしましてでしょ?」

「……どういたしまして」

「あとね、ノクス。一番大事なこと。。誰でもないノクス。私が名付けて、この三日間一緒にいたノクスが必要なんだよ。だからね。生まれてきてくれてありがとう」

 スイの笑顔がいつもに増して美しい。

 キメが細かく艶やかな肌、サラサラでいい匂いのする髪、そして赤き輝きを取り戻した宝石が如く眼。絵画のような風景がノクスの視界に広がっていた。

 ここで初めてノクスは熱い涙の意味を知った。

 ――これが愛。これが幸せ。なんだ。

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子供たちの悪夢と大いなる救済 アイの福音 みゃくじゃ@アイの福音 @myakuzya

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