透明な変化

 キャンプに行く準備を終えて、ボクは下着などを入れたリュックを背負う。玄関先では、相変わらずだらしない恰好のお義姉ちゃんが立っていた。


「んじゃあ、行ってくるけど……」

「いってらー」


 にへら、と笑って手を振るお義姉ちゃん。

 あえて、ボクは何も言わないけど。

 よく見れば、お義姉ちゃんは薄っすらとメイクをしていた。


 引きこもっていても、化粧はする。

 言ってしまえば、男と女の違いなのかもしれない。

 赤色に塗られた唇。

 瞼にも薄っすらとピンク色のメイク。


「……お出かけ……するの?」

「んー、別に」

「そ、そう」


 壁に寄りかかって、片足をプラプラさせるお義姉ちゃん。


「なによぉ」

「いや、……何か、上手く言えないけど」


 お義姉ちゃんの全身を眺め、ボクは言った。


「おねえちゃん、……変わったよね?」

「え? そう?」

「少し前は、面倒くさいメンヘラみたいな感じだったけど……」

「は?」


 怒ったお義姉ちゃんが頬を抓ってきた。

 ほんのりと香水の匂いまでしてきた。

 お義姉ちゃんは体臭が濃いから、香水をつけると、匂いが広がりやすい。


「別に変わってないよ。それより、気を付けて行ってきてね」

「あ、うん」


 リュックを持ちなおし、今度こそ玄関の扉を開ける。

 外は相変わらずの炎天下だった。

 アスファルトが白くなるほどに日差しは強く、一歩出ると、早速汗が額に浮かんできた。


「あ、ちぃ……」


 家の敷地を出て、ボクはバス停に向かった。

 バス停で落ち合ったクラスメイトと、そのまま別荘のあるキャンプ場に向かう予定だ。


 隣の家を過る際、ちょうどよくマスオさんが出てくるところだった。


「おお。いってらっしゃい」

「あ、ども。何から何まですいません」

「いいんだよ。面倒を見るのは、楽しみですらあるからねぇ」

「はは……。そう言ってもらえると助かります」


 汗だくになったマスオさんが、ボクと入れ替わる形で、家の方に向かう。早速、朝食でも作るつもりだろう。


(おねえちゃんの事は、普通に好きだし。やっぱ、ちゃんと心配な所はあるんだけど……)


 強い日差しに焼かれながら、立ち止まって思った。


(……おねえちゃんの世話から離れた途端、なんか肩が軽くなったなぁ)


 邪魔なんてことはないけど。

 好きな事も変わらないけど。


 いくら好きな家族でも、無意識の内にどこかで負担になっていたのかもしれない。――とは考えたくないので、ボクはすぐに自分の考えを否定した。


「まあ、おねえちゃんの事は大丈夫でしょ」


 そして、ボクは家を離れた。

 塀の影を踏み、歩いていると、路地裏から蝉の声が聞こえてきた。

 目を凝らして暗闇を覗いても、そこには何もいなかった。


 何だか、姿の見えない蝉が義姉のように思えた。

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引きこもりで金髪碧眼のお義姉ちゃんができた 烏目 ヒツキ @hitsuki333

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