合理的な“家族”のカタチ
葉月 陸公
1. 帰省
駅に着くと、見知った男の姿があった。弟の
「お疲れ。荷物持つよ」
「いい。それより早く車に乗せてくれ。寒くて凍え死にそうだ」
「はいはい」
多くの言葉は交わさない。ビュウビュウと肌を刺すような風が吹いている。灯のない、曇天の夜空の下で、たった二つの影が蠢いている。
車のエンジンをかける音が、乾いた空気の中を弾けるように響き渡る。微かに温もりの残る車内で、天は、ほぅと長いため息をついた。
「最近、調子はどうなの」
後部座席に座って外を眺めている兄に陸は問いかける。
「現状維持だ。そう簡単には上手くいかん」
煩わしそうな声で答える天。陸は苦笑を浮かべ「そっか」とだけ返す。以降、会話は途切れる。
ゆっくりと景色が流れていく。生まれ育ったこの町の変わらない、或いは変わってしまった景色を眺めては、天は心の中で嘲笑する。
「お前の方はどうなんだ。相変わらず、色褪せた夢でも追っているのか」
毒を含んだ兄の問いに、陸は少し開いていた口を一度閉ざすと、静かな声で答える。
「もう良いだろう。お互い今の話はやめよう。済んだことじゃないか」
天は少しムッとして返す。
「お前から始めた話だろう」
陸は答えなかった。
刻一刻と過ぎていく時間。狭い車内。久々の弟との間に生まれた、居心地の悪い沈黙。天はいよいよ苛立ちを隠せなくなっていった。
「まだ着かないのか」
「もうすぐだよ」
「あと何分だ」
「十二分くらいかな」
「遅い。もっと飛ばせ」
「警察に捕まったらもっと長くなるよ」
「こんな田舎の深夜に警察なんているか馬鹿」
「そういう油断が身を滅ぼすんだって」
「……あぁそうだった。それで親父は死んだんだった」
「父さんの話は
陸の咎めるような一言に、天は口を閉ざす。
そうこうしている間に、目的地に着く。昔と何一つ変わらない実家。一階は店になっているため、電気が付いているのは二階のみ。天は、疲弊した体を引き摺るようにして二階に上がると、荷物を投げ捨てるようにして玄関に置く。それを陸が拾い、二人してリビングに入る。
「あら。おかえりなさい、陸」
母は普段と変わらず言葉を投げかけた。天は「なんだ、まだ軽症じゃないか」と目線を彼女から逸らすが
「お客さん? 珍しいわね」
次の言葉で再び視線は彼女へ戻された。
「わからないのか? アンタの息子、天だぞ」
「天を知っているの? ごめんね、天は東京に行っちゃったから、もうここにはいないのよ」
「だから、俺が天だって」
母は、にこにこと笑って見当違いの答えを返すばかり。天の言葉が届くことはなかった。
「無駄だよ。もう、いろいろ忘れているんだ」
陸の諦観した言い草に天は反発しようとしたが、すぐに時間の無駄だと気づいてやめた。
「俺の存在は覚えているのに、俺の姿は忘れるとは、器用だな」
皮肉にも聞こえる兄の言葉に、陸はそっとため息を吐く。
「自業自得だよ。意地でも帰って来なかった、兄さんが悪いんじゃないか」
返す言葉がなかった。
「あなた、ご飯は食べた? よかったらうちで食べて行かない? 実は食堂をやっているの。味は確かよ」
あぁ、知っているよ。天は言葉を飲み込む。
「母さん、この人と話したいことがあるから、明日は店を休むよ」
いつもよりゆっくり、はっきり、まるで老人に話しかけるように言う陸。まだ母は六十の手前だというのにこんなことになってしまうとは。
天は未だ凍える体をなんとか動かし、風呂に入った後、懐かしのベッドの上に身を投げた。あたたかいはずのそこも、なんだか寒く感じて仕方がない。疲労の取れない睡眠は、かえって彼を苦しめるのであった。
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