じっかい

華川とうふ

のっくす

 双子と付き合ったことがある。

 大学生の頃のことだ。

 別に双子が好きとかそういうわけじゃない。

 好きになった人。

 付き合った人が偶然双子だっただけだ。


 ミステリー小説なんかを書いているとつい双子設定なんかが使いたくなるけれど、それとは関係ない。

 当時の私は小説を書くことを休んで青春を謳歌することに夢中だったから。

 小説のネタのために、双子と付き合うなんてマネはしていない。


「実は、双子の弟がいるんだ」


 彼から初めてそう聞いたのは、飲み会の席だった。


「へえー、写真ないの?」


 私はさりげなく聞いた。

 正直、転校を何度かしている私にとって学年に双子がいるなんてこともあったのでそんなに珍しいとも思わなかった。

 ただ、話のタネに聞いてみようとしただけだ。


 だけれど、彼は首を横に振った。


「なんか、写真嫌いみたいでね」


 苦々しく笑っていた。

 たしかに彼自身も写真が嫌いなようだった。

 大学時代に付き合っていたのにも関わらず私の手元には彼の写真が残っていないのだから。


 それから時々、たいてい飲み会などでお酒を飲んだ時に、彼の双子の弟の話を聞くことになった。

 彼の双子の弟は優秀で、私たちよりずっとレベルの高い都内の大学に通っているらしい。

 彼の母親も双子でありながら、彼より弟の方を溺愛しているらしい。


 彼が双子の弟に対してコンプレックスを抱いているのは心理学の授業を一つたりとも受講していない私にだって一目瞭然だった。


 私は、いつの間にか付き合っている彼より、話の中でしか知らない彼の双子の弟に惹かれるようになっていった。


 そんなある日、彼から意外な提案を受けた。


「弟と会ってみない?」


 その提案を私はためらうことなく受け入れた。


 だけれど、約束の日彼は来なかった。

 いや、正確には彼の双子の弟が約束の場所に現れた。

 どうやら、私の彼氏だった人は大学生活の中でいろいろ思い悩んでいたらしい。

 確かに、大学一年の頃にできた友人たちのなかには休学したり大学を去っていった人たちもいた。

 世間では気楽な身分とされる大学生も余りある時間の中でいつの間にか悩み己を失う人間が少なくないのだ。


 私は彼の双子の弟から、別れを切り出された。

 彼は大学を辞め地元に帰るということだった。


 それを彼とまったく姿かたち、声までも同じ人間から聞かされるのは不思議な気分だった。

 一卵性の双子と同級生だったこともあったが、ここまでそっくりなことはなかった。中学時代学年にいた一卵性の双子を私はたいした付き合いじゃなくても見分けることができた。


 それなのに、今目の前にいる彼の双子の弟と大学三年まで付き合っていた自分の彼氏の見分けがつかないのだ。

 私は不思議な気持ちになりながら、彼の双子の弟が話す彼の大学生活の悩みや苦しみを静かに聞くことしかできなかった。


 本当は少しだけ、これはどっきりなんじゃないかと思っていた。

 私が真剣に話を聞いたあと、「どっきりでした~」と物陰から彼がでてくるんじゃないかと微かに期待していた。


 だけれど、あのときが私が彼にあった最後だった。


 ただ、ときどきふと思うことがあるのだ。

 あのときあった彼の双子の弟は彼自身だったんじゃないのかって。

 彼が何をしたかったのか、その後どういう風に生きたか私には分からないけれど。

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じっかい 華川とうふ @hayakawa5

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