8月30日(月)


 ――都内のとある大学の学食


 今日も外は猛暑。校外を避けて、エアコンの効いた涼しい学食を利用する学生は多い。

 そんな賑やかな学食のテーブルで、おにぎりを頬張る男子学生がいた。そこに友人と思しき男子学生がやって来る。


「よう、れん

「おう、どうした?」

「今度合コンがあるんだけどさ――」

「行かねぇ」

「最後まで言わせろって!」

「俺、そういうの好きじゃねぇんだよ」

「お前、イケメンのくせに何言ってんだよ!」

「何だよイケメンって。別に普通だろ」

「お前が来るなら参加するって女がけっこういるんだって!」

「何だそりゃ?」

「お前だったら入れ食い状態だぞ!」

「興味ねぇよ」

「まったくお前は勉強ばっかしやがって……」

「いいじゃねぇか、大学は勉強するために来るところなんだから」

「はぁ〜、たまには息抜きも必要だろ?」

「その時間は趣味に充てたいね」

「民俗やら伝承やらってヤツか。歳取ってからでもできるだろ」

河童かっぱに会いたいんだよ」

河童かっぱ? アホかお前は」

「ほっとけ」

「だからカバンに河童かっぱのキーホルダー着けてんのか」

「まぁな」

「んじゃさ、女の子に河童かっぱのコスプレしてもらおうぜ!」

「アホはお前だ」


 そんなしょうもない話をしている男子学生たち。

 そんなふたりの下に近付いてくる影が――


「こんにちは」


 女性の声にふたりが顔を上げると、淡いグリーンのブラウスを着た黒髪ロングの女子学生が立っていた。今時の女子大生のように垢抜けた感じではないが、思わず振り返るようなかなりの美人だ。


「こ、こんにちは! 今度、合コンやるんですけど――」


 そんな声を無視して、れんと呼ばれた男子学生の前に座る女子学生。


「先程、河童かっぱに会いたいって、そう聞こえまして」

「うん、確かにそう言ったよ。あぁ、笑いに来たの?」

「えっ、あっ、違います、違います!」


 女子学生の視線は、れんのカバンに着いている河童かっぱのキーホルダーに注がれていた。


「可愛いキーホルダーですね」

「ありがと。俺の宝物なんだ。いつかもう一度河童かっぱに会いたいって」

「宝物……ずっと持っていてくださったんですね」

「えっ?」


 自分のトートバッグから何かを取り出す女子学生。

 ハスの花のキーホルダーだ。


「えっ、ウソ!」

「私の大切な……とても大切な宝物です」


 驚くれんに、女子学生は自分の学生証を取り出して、それを見せた。


「私、甲把かっぱひとみと申します」

「カッパさん?」

「はい、甲把かっぱです」


 瞳は優しく微笑み、れんの鼻を指でちょんと触れた。


「レンくん、ずっと……ずっと会いたかったです」

「カッパさん、俺ももう一度会いたいって、あの時伝えられなかった気持ちを伝えたいって、ずっと、ずっと……」


 涙ぐみながら手を取り合うふたり。

 もうひとりの男子学生は意味が分からず、ふたりをきょろきょろと見ていた。




 ふたりの心の歯車は、かっちりと噛み合い、そしてゆっくりと回り始めた。ふたりの脳裏に、あの夏の日の美しい風景と思い出が蘇っていく。


 ふたりの夏が、また始まろうとしていた。



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夏の思い出日記 〜カッパさんとの夏休み〜 下東 良雄 @Helianthus

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