迷いの森への一歩

!~よたみてい書

第1話

『ブルルゥンブルルル――』

 バイクを駐輪場に停車させ、鍵を抜き取る。


方向音痴で、地図が無ければ迷子になってしまう私がこんな遠くの町に来れているのは、スマートフォンの地図アプリのおかげだ。

ありがとう。

 バイクハンドル中央に取り付けたスマホホルダーのスマホに感謝を述べる。

 ポケットの中に鍵を仕舞い、中に入っているものをまさぐった。

鍵よし。

財布よし。

家の鍵よし。

問題なし。

私は安心して大型スーパー『ニャ・ムー』の入り口に足を進める。




 店内の商品を物色して回っていると、気になる商品を発見した。

短い円柱の形をした容器。

缶詰がたくさん並べられている棚に注目する。

近くのスーパーではお目にかかれない、初めて目にするパッケージが多くあった。

折角遠出したのだから、何かご褒美が欲しい。

そんなことを思い、値段を気にせず、持ち帰れる分の種類の缶詰を買い物かごに放り込んでいく。


 体が何となく買い物カゴのほうに傾いているのを感じながら、会計レジまで向かおうとする。

遠目からでも、キャッシュレス決済対応マークが見て取れた。

 私は無意識にポケットの中に手を突っ込み、スマートフォンを取り出そうする。

しかし、ポケットの中に、長方形の薄い物体が存在していない。

 慌てて反対のポケットに手を突っ込ませる。

中にはポケットティッシュのみ。

 まさか、落としてしまったのだろうか。

体中に不安が巡っていき、生命の危機を発している。

 そもそも、ポケットにしまっただろうか。

否。

 バイクに取り付けたままだ。

両手で頭を掻きむしり、どうしようもない気持ちをかき回す。

それから顔面を撫でまわし、両頬を手のひらで押し込む。

ムンクの叫びごっこをしている場合ではない。

 私はすぐに買い物かごを邪魔にならない位置に置き、出入り口に向かう。

走れ。

走るんだ。

万が一のことがあったら帰れなくなる。

死ぬ。

誰かに盗られていたらどうしよう。

死ぬ。

怖い。

嫌だ。

死ぬ。

恐怖。

 まるで誰かに追われているかのような全速力で駐輪場に向かう。




 眼前の自分のバイクには、見慣れた長方形があった。

よかった。

本当によかった。

体の中から生命の脈動が復活しているのを感じる。

それが大きくなるにつれ、恐怖はどんどん小さくなっていき、やがて消え去っていった。


 私はその場に崩れ、安どのため息をつく。

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