第59話 「……ユキさんと一緒に居ると、やっぱり癒しになります」


 大好きな人に隠し事をしてしまって、胸が気持ち悪い。けど私には、こうして貰える少しの時間が必要なの。償いは……必ず、するから。


 でも……一つだけ、聞いておこう。もし凛々夏から、“その事”について話があるなら、その時は甘んじて受け入れなきゃ。



「……ねぇ、凛々夏」


「ん。なんです、ユキさん」


?」



 罪悪感を積み重ねるみたいに、もう一度答えが分かりきった問いかけを凛々夏に訊ねる。


 もしこれで、凛々夏が“その事”に……“キス”について、何かを言ってくれる様なら。その時は観念して、私は記憶を無くしたりなんかしてなくって、凛々夏の唇の感触を覚えてるんだって、伝えよう。でも、もし——



「……?」



 ——。どうしてかは知らないけど、隠す事を選んだ凛々夏の気持ちに従う事にしよう。


 どうして隠すのかは、やっぱりわかんない。けど……凛々夏が起きてからの態度を見ていると、不思議とそうするんじゃないかなって思った。


 キスって行為が、凛々夏にとっても一大事であったなら、もっと取り乱して私に思い出させようとしてもいい筈なのに、それを彼女はしないんだ。


 でも、あれだけ近づいたはずの私たちの距離がなんだか離れてしまった様な、そんな錯覚に私はまた、胸の内が苦しくなる。



「あっ……でも」



 ……ふわわ。く、苦しくなってきたのに……並んで横になってた凛々夏が、私に抱きついてきたよぉ……!


 し、しかも、寝間着のショートパンツから伸びる、凛々夏のスペシャルで魅力的なあんよが、私の太いだけの脚に絡んでくるぅ……! あっ、すごい、すべすべ……鼻血出そう。起きたばっかりだってのに、また永眠ねむたくなってきちゃうよ……!



「り、りり、凛々夏? どうしたの?」


「……もう、わたしの前以外で、お酒飲んじゃだめです」


「そそ、それはもう、なんだったら、これから一切のお酒を飲まないつもりだよ」


「それは……そんな事したら、ほら、ユキさんのストレスになっちゃいそーなので。……わたしの前だけなら、全然おっけーです」



 きゅうって、私の腰に回された細い腕に、私の脚に絡むしなやかな脚に、程々の力を込めて凛々夏がそんな事を言ってくれる。


 なに?! 何が狙いなの?! 私がお酒を飲んだらロクな事にはならないのに、でも何でこんな、甘やかすみたいに許しをくれるの?!


 凛々夏が優しいからかな? 優しいから、私がストレスを溜めない様にって気を遣ってくれてるのかな? だったら私、人生におけるウェイトをお酒に傾けては居ないから、平気なんだけどなぁ……?



「でも私、凛々夏との時間は大事にしたいから、やっぱりお酒は控えようかなぁって」


「ダメです。我慢しないでください。……あー、ほら。わたし怒ってるので、言うこと聞いてください」



 そういえば、全然そんな風には見えないんだけど、私が寝ちゃった事に関して凛々夏は怒ってるって事になってたね? じゃあ尚の事お酒は飲まない方がいいんじゃないのかなぁ?


 あ、だめだ、凛々夏の脚が私の脚を絞めると、もう何にも考えられないよ。あっ、あっ。



「わかったよぉ、お酒は凛々夏の前だけ、だねぇ」


「そうしてください。あ、まだ怒ってるので。……もう一つ、言う事を聞いてください」


「ふわ……何でも言ってよぉ。キャッシュカードの番号が知りたい? あ、印鑑と通帳の場所はね?」


「いや、何言おうとしてるんですかっ。……ユキさんに聞いて欲しいのは」



 ふわわわっ?! もっと体を近づけてきた凛々夏が、小さくてなんでかちょっと赤いお顔を、私の胸に……ふわ、ふわわわ! 密着度がすごいよぉ!


 私、何をされちゃうのぉ?!



「わたしと寝る時は、たまにで良いので」


「寝る時は?」


「……その、えっと……」



 言いにくそうに凛々夏は口ごもる。けど、そうされてると、抱きつかれてる時間が伸びるので……あ、朝から死んじゃうよ? そろそろ天使が吹くラッパが聞こえてくるよ。綺麗な音色だね……あ、そっちに行けばいいのかな?



「……で、お願いします」



 そう言って、横から抱きついてきた凛々夏は、やっぱり横から私の胸に顔を埋めた。ぽよんとした衝撃が私の胸に伝わってくる。


 そうすると彼女の表情は見えにくくなっちゃうんだけど、ちらりと見える耳が赤いから、どんな風な表情をしてそうなのかは伺えそう。


 今みたいな感じ? それは……なんだろ。前回添い寝した時と何かが違ってるって事だよね? 前回との違いは、寝る前にお酒を飲んだ事と……あっ。



で、添い寝すれば良いって事?」


「ユキさんがそう思うなら、そうなんじゃないですかね」


「それ以外ないよね?」


「知らないです。ユキさんにお任せですけど、抱き枕としての自覚を持って、パフォーマンスにはこだわって欲しいですね」



 ブラの有無は私のおっぱいにとってはそこそこ重要な事。主に感触がかなり変わってくると思う。凛々夏は“なしバージョン”が気に入ったのかな。


 寝る時にブラをしないのは“形崩れ”の心配があったりして悩むし、ちょっと……いや結構、色々と恥ずかしい。けど凛々夏のいう事なら、受け入れる以外の選択肢はないよね。たまにでいいって言ってくれてるし?



「じゃあ、仰せのままに?」


「……良きにはからえ、です」



 私の答えは凛々夏を満足させられたみたい。ぎゅーっと抱きついてくる彼女の顔は、柔らかく綻んでる。とりあえずはこれで、昨日の失態を補う事は出来たのかな?


 色々と、考えたい事はある。けど、そんな事は私一人で居る時に考えれば良い事。


 凛々夏と一緒に過ごせる時間を、今の私は最優先にすべき、だよね!



「……ユキさんと一緒に居ると、やっぱり癒しになります」



 ある意味で、私が決意を新たにしていると、私の胸にすりすりとほっぺを寄せてくれる凛々夏からそんな言葉が聞こえてくる。



「……えへへ。お褒めにあずかり、抱き枕としては嬉しいですなっ」


「昨日もよく眠れましたし……満足度高め。星五つ。これはリピ確定です」


「そんなに気に入ってくれたなら、もっと頑張りたくなるよっ! ……抱き枕を頑張るって、意味わかんないけど」


「それは確かに。でも、ユキさんがユキさんで居てくれたら、それで良いと思います。その調子で……」



 窓から柔らかい朝陽が差し込む寝室。その穏やかな空気の中で、凛々夏がその顔に微笑みを浮かべてくれる。


 柔らかくて、優しくて、それでいて……ちょっとだけ、いたずらっぽい微笑み。凛々夏にはそれがよく似合ってて、見るたび私は、胸がときめいてしまうんだ。


 怒ってる顔も悲しんでる顔も、見せてもらったよ。でもやっぱり私が見たいのは、見ていたいのは、凛々夏が笑ってくれてる姿だなって、そう思うんだ。


 そして凛々夏は、素敵な笑顔を浮かべたままで。



「今度の“デート”も、楽しみにしてます……ね?」



 ……二人きりの打ち上げで求められた、“労いデート”についての話を、私に突きつけてきたのだった。

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【悲報】アイドルオタクの私氏、推しに尻を揉まれた挙句、抱き枕にされる。 上埜さがり @uenosagari

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