最終話 1989年1月8日~20××年
ほとんど待たずに石塚はまた書道教室に戻ってきた。真四角に近い形の分厚いアルバムを右わきに抱え、反対の手にはピンク色の紙が見えた。
「これこれこれ」
石塚が開いたページには、小学校高学年の石塚と、耳の下で二つ結びしてる女の子が写ってた。妹さんは年子らしい。
正直、似てると思えねよ。妹さんは都会的なぱっちりした二重の子だ。あたし一重だし。平安時代の顔って言われるし。でも石塚は似てる似てるとうるさくはしゃぐ。
「こいつも字がヘッタクソでさあ」
似てんのはそこだったか。顔じゃないなら、写真見て騒ぐなって言いたかった。
「倉持みたいにさ、素直に書道やってくれなかったから今も汚えの。手紙のやり取りしてんだ」
さっきのピンクの紙、ではなくって、石塚はピンクの洋封筒を見してくれた。住所や宛名の文字、確かにあたしと張れるぐれえ、立派にへたくそだった。
「おれさ、なんで倉持に書道教えてんのかなーって思う時あってさ」
「はあ!? 自分で誘っといて、なに言ってんでおめ」
「すまねー。でもさ、倉持だっておかしいって思わなかった?いきなり転校生が書道教えるって」
「そりゃあ」
もちろん、思ったことはある。
もしかしたらコイツ、あたしに気があんじゃないのかなあ。いつ告白されんのかなあ。好みじゃねえし、友達以上は考えらんねから断るけど。
なんて考えてたんだけど、もしかしてこの流れって……。
「妹の字に似てたから、倉持に教えようと思ったのかもな、なるほどな」
「あたし、妹さんの代わりってこと?」
「代わりっていうか……代わりなのか。倉持に教えることで、妹を思い出してたのかもしんねーな」
石塚は両手で頭をがさがさかいた。髪の毛が乱れまくる。
固くなったかんそいもを、むりやりかみ砕くような顔して。
あっためりゃあいいんだよ、固いのはよ。
「ほじゃよ、これからも習字教えてくろ」
「あ、え? か、代わりなのに」
「いんだよ、むしろありがたい。妹さんに似てたからタダで教えてくれてんでしょ? タダで字が上手くなるってこんなにえーことねえよ」
石塚は片頬を膨らまし、鼻をこすったりし始めた。
「あれ、やんなった? あたしじゃ代わりになんねって」
「ち、ちげーよ、やっぱ失礼かなって思ったけど、倉持がありがたいとかいうから。いいの? 代わりでも」
「全然気にしね。むしろ失礼って思うなら、おもっきしあたしに字、教えてくろ。書道展に入賞できるくれえ」
「……お、おお、いいなそれ! 倉持を書道展に入賞させる! うちの高校から東大入るくらい難しい、燃える!」
それも失礼な気がしたけど、まあそんくれえ、あたしの字はまだまだへたくそだからな。石塚の暗え顔が明るくなったからいいとする。
「あたしの夢できたわ」
新しい時代の人間になれるかわかんね。でも、ぼうっと生きてはいたくない。夢を見つけた石塚に並びたいって思った。
「書道展に入賞する。しかも石塚より上の賞とる。何年かかっかわかんない。年寄りになっちゃうかもしんないけど、絶対石塚に勝つ!」
「あはは! できるもんならやってみろ! じゃあおれら、お互い100歳まで生きないとな~」
そしてあたしたちはまた、「平成」の練習を再開した。
書道展に入賞して、石塚の書と並べてもらえるように。
いつになっかわかんない。ほんとに100歳になっちゃうかもしんねけど、あたしは平成初日にできた新時代の「夢」に向かって、硯に墨汁を足した。
【用語解説】
かんそいも=ほしいも
右手を預けて~クラスの男子に「お前の右手、おれに預けろよ」と言われて付いていったら書道教室だった 坂東さしま @bando-s
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