第4話 1989年1月8日その3
何やるって言われても、あたしは高校卒業したらその辺で働いて、彼氏作っか、もしくはお見合いとか紹介でいい人が見つかったら結婚して、専業主婦になる。それしか頭にねかった。新時代の人でもそれでいいんかな。
「……主婦?」
「おお、そうかすげーな!いい家庭作れよ!」
「へ? いや、主婦だよ、あんたみてえにご立派な夢じゃ」
「主婦ってむずかしーぜ。お母さん見ててそう思ったもん。一筋縄じゃいかねー仕事だよ」
「なんでそう思ったの?」
「うち、離婚してるじゃんか。その理由がさ、お母さんが『理想の主婦』になれなかったから」
「え、離婚してたの?」
初耳だった。この家で見たことのある大人といえば、石塚のお母さんとおじちゃんの二人だけ。そういえば、休日に来ても石塚のお父さんに会ったことねえけど、土日が仕事の人もいるし、なんも疑問に思わねかった。
「そうそう。毎日朝早く起きて、3食作って、広い家の掃除洗濯、子供の世話、近所と親戚付き合い、それにお父さんのじいちゃんばあちゃんと同居して、ひいばあちゃんの介護もあって。町内会とかPTAとか習い事の送り迎えとか、あとお父さんが店やってるからそれの経理とか。まああれだ、うちのお母さんには、家庭を守る『理想の主婦』はできなかったんだなあ」
主婦の仕事はご飯と掃除洗濯、子育て、と漠然に考えていたけど、他にもいろいろあるみてえ……。あたしは男子に教えられた。
「……主婦、大変」
「大変大変!だからよ、倉持も主婦になんなら覚悟もってな。このへん農家多いからさ、嫁に行くなら主婦業に加えて田んぼ畑仕事もやんないとな。兼業農家もいるよなあ、あれって奥さんが平日畑やってんのか?」
簡単に結婚して専業主婦になると考えてたけど、石塚の話を聞いてうっすらおっかなくなった。
実はうちも農家。といっても、農業やってるのは同居のじいちゃんばあちゃんで、あたしの父親は会社員。母親は主婦だけど、おじちゃんたちの繁忙期には手伝ってる。あたしは母親のことを見て忙しそうだ、大変だとか考えたことなくって、石塚の視点にはっとさせられた。
父親みたいな勤め人か、農家へ嫁に行くのか。本家か分家か。もしかしたら都会の人と結婚するのか。
将来、誰と出会って結ばれるのかわかんねけど、専業主婦はあたしの考えているほど簡単なことではねえようだ。
「おれの妹さ、今もお父さんと村に住んでんだ」
「妹!? 石塚ってお兄ちゃんなの!?」
これももちろん初耳。兄弟はいねえと思い込んでた。だってこの家で、石塚以外の子供や若もん見たことねえし。
「おうよ、兄貴だよ。でさ、妹。あいつが村の誰かと結婚するのか、都内か別のとこに嫁ぐかわかんねーけど、お母さんみたいにならねーようにって心配してんだ。性格似てるから、お母さんと妹」
学校での雑談のようにざっくばらんなトーンで話すけど、そこには石塚なりの妹への気持ちがある気がした。
「平成はよ、妹みたいな女でも生きやすいといいな。理想を押し付け合うのをやめて、認め合える時代が……あ! 妹、そっか!」
石塚はあたしを指さした。
「倉持、妹に似てる!!」
そう言って、石塚は立ち上がってバタバタ走りながら2階へ駆けてった。
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