第12話凶獣たちの夜。
艶やかな光に彩られた喧騒の空間。ダンスホールでは男女が、バンドの演奏に合わせて踊っている。派手な衣装の踊り手もいたが、大半はめかしこんでも庶民レベル。高級ではない部類のナイトクラブだ。
何百本ものボトルが並ぶ棚を背に、白人のバーテンが客の注文に応じていた。
「繫盛しているね」
カウンター席についた男がバーテンに話しかけた。
「おかげさんでね」
バーテンはたの客に注文のグラスを出しながら、男を観察した。年格好二十歳にもならぬようなイケメンである。
「若いね」
「解禁したばかりさ。一杯くれよ」
出されたグラスを片手に、しばし店内を見渡して雰囲気を楽しんでいる様子。やがて、グイッとグラスを傾けたが、ゴホゴホとひどくむせてしまった。
「まだまだ修行が足りないな」
バーテンは笑った。
ハネはまだ飲酒年齢に達してなく、グラスにはこっそりアルコール中和薬を入れていた。これを入れると酔わないし、既に酒ではないので法律にも触れない、ただのクソマズい液体である。
「あら、若い子ね」
ハネの隣の席に座ったのは、派手な柄のワンピースの女性。
「一杯おごらせて」
「・・・・」
ハネははにかむような苦笑い。
「ウオッカを彼にも」
「ビギナーにゃキツイぜ」
バーテンは透明な液体を注いだグラスを女性に出し、ハネの前にも人の悪い笑みとともに置いた。
「お嫌い」
「ヘッチャラさ」
ハネはグラスを口に運び、飲む寸前、
「あ、スマホが」
ジャケットの内ポケットのスマホを確かめるふりをして、素早く小さなスポイトのなかの中和薬をグラスに垂らす。
「用事は何だったの」
「野暮用ってやつさ」
「それじゃあ、二人のイケてる夜に乾杯」
グラスを鳴らせて飲んだが、ハネは排水管の洗浄液でも喉に流している感じだった。
「お酒が合わないのなら、こんなのもあるわよ」
ハネの苦虫を嚙み潰したような顔を見て、女はハンドバッグから、小さな袋を出した。透明で、少量の粉末が入っている。
「イヤ、さすがにソレはヤバいでしょう」
「昔ほど怖くないわよ。薬物中毒の治療も進歩していて、廃人同然のジャンキーも、まっさらになって社会復帰できるんだから」
「見かけによらず良い子ちゃんね。ママが怖いの」
「おふくろ、そりぁ怖いけど」
これは偽らざるハネの実感。
「やだ、マザコン」
「そんなのじゃないよ。ただ、水商売で長いことやってきた人で、海千山千つーか、一筋縄じゃいかないのさ」
「そうなの。じゃあ、これから私の部屋にこない。あなたのママを出し抜いてやるのよ」
女性は二十代後半から三十代ぐらい。美人と言って差し支えない顔立ちに、モデル体型は言い過ぎだが、十分魅力的なプロポーション。大人の色気ムンムンのグラマーガールで、ハネの煩悩はいたく刺激されたのである。
「テメェ、人の女のケツ触りやがったな」
男の怒鳴り声が響いて、音楽が途絶え、ダンスが中断された。
「どう、おとしまえつける気だ」
居丈高な髭面に、
「触ってねぇぜ」
言い返したのは、やや太めの若者。
「しらばっくれるな」
「しらばっくれてないし、言いがかりだぜ」
揉めているのを見て、
「なに、あのブサメン」
隣りの席の女性が眉をひそめるのに、
「・・・・」
苦笑いのハネであった。
ハネたち忍者チームが、湾岸署刑事課の捜査に加わったのは五日前のことであった。かねてより目をつけていた犯罪組織に対する特別な作戦に、戦力として招集されたのだ。
お触り騒動のブサメンが、店の者らによって連れ出されて、舞台の上では踊り子たちのショーが始まった。露出多めの衣装に身を包んだ踊り子たちが、音楽に乗せてダンスを披露する。
「おい、あの子新人か、可愛いじゃないか」
「ああ、なんか幼げな顔立ちがそそるぜ」
男たちのそんな会話を耳にしながら、ハネはこれ以上中和薬入りのクソマズい酒を飲むのはご免と、女性の誘いもやんわり断って店を出た。
外に出ると、車の通りも少ない深夜の道をしばらく歩き、営業中のファミレスで新吉と落ち合う。先に着ていた新吉は、オムライスなんか食べていた。
「なにしてんだよ。あれだけ目立つことはするなって、言われてただろうが」
ハネの苦言に、
「なにもしてないぜ。言いがかりさ」
新吉はむしゃくしゃした顔で、やけくそみたいにオムライスを食べる。
「ブスな彼女を人並みに見せたくて、あんな言いがかりをつけやがったのさ」
「とにかく、俺たちのせいで作戦台無しになったら、来島さんの顔つぶすことになるし、慎重にな」
ハネは注文を取りに来たウエイトレスに、コーヒーを頼んだ。
「わかってるさ。で、そっちはなにかつかめたのかよ」
「なにも。下手に探りを入れて勘づかれてもマズいし、中和薬入りのクソマズい酒にも辟易で退散さ。ただ、ざっと見たところ、上の階の入り口は堅そうだった。エレベーターのまえにはエレベーターの前には二人張り付いていたし、要所に人を配して、店内に目を光らせている。しかもそいつら、銃を携帯しているようだった」
「まあ、店内あちこちにあった防犯カメラでも見張ってんだろうな。そうだ、防犯カメラの映像で、俺の無実を証明してもらおう」
「バカかよ。潜入捜査していたんだぜ。のこのこアイツらの事務所に出向いて、防犯カメラの映像見せてくれって言うのかよ」
「おまえはいいよ。きれいな姉ちゃんとよろしくやりやがって。俺はチカンの濡れ衣着せられたんだぜ」
「わかるけど、我慢しろよ。刑事課の人たちの努力もかかってるんだ」
「そもそもスパイみたいなマネなんてやったことのない俺たちに、探りを入れるなんて無理なのさ、あとはサロメに期待するしかないぜ」
「あいつに全ておっかぶせるのは気が引けるけど、今のところ、俺たちにこれ以上やれることはないかもな」
話していると客が入ってきた。十代の少女だった。しかもとびきりの美少女。華奢な体型で背丈はハネの肩ぐらいか。流行りのファッションをセンスよく着こなし、良家の子女って感じだが、お嬢様が一人で出歩くには、真夜中過ぎのこの界隈は適当ではない。
少女は一人でテーブルについた。連れはいない。テーブルにつくとスマホをいじりだし、店の者が来るのを待った。だが、すぐ後に入ってきた二人組の男が、ウエイトレスよりも速く少女のテーブルに近づき、一人がいきなり拳銃を出した。二人ともゴロツキ風体で拳銃を出した男は、顔に刃物傷があった。
少女は拳銃を突き付けられても、叫ぶでもなく、
「なに」
機嫌を悪くした顔で見返す。
「度胸があるな。さすがアイツの妹だ」
「あんたたちこそ、私が誰か分かった上でこんなことするなんて、たいした命知らずじゃない」
「だが、その怖い兄貴も今はいない。兄貴の仲間もな。おまえを、この九ミリパラから守ってくれる者は一人もいないんだよ。その綺麗な顔に穴開けられたくなかったら、おとなしくついて来るんだな」
その様子を見ていたハネと新吉。ハネの顔が血気にはやるのを見て、
「コスプレしちゃだめだぜ」
近くにフィジカルサイバーが現れたら、ターゲットしている組織は警戒する。だから街中では絶対にコスプレするなと、来島からも言われていた。
「分かってるけど、見捨てていくおけないだろう」
「じゅうの相手に、どうするつもりだよ」
たしかにコスプレなしで挑むのは危険すぎるし、恐らくもう一人も持っているだろう。しかし、あれこれ考えるより先に、体が動いた。
席を跳んだハネに、男の銃が反応する。発射音と同時に、弾丸がハネの肩を掠めた。ハズレたのではなく、躱したのである。男の銃口はハネを捉えて、そのままだったら心臓に一発食らっていたが、引き金を引く瞬間を読んで、発射の瞬間、斜め前方に跳んで際どく躱したのだが、フィジカルサイバーの忍者になる前の、普通の高校生だった頃のハネには、とても出来ない芸当である。
一発目を躱して、二発目は撃たせない。鞭の如く伸びたハネの足が、男の手から拳銃を蹴りとばした。
それを見たもう一人の男が、慌ててジャケットの下のホルスターから拳銃を引き抜こうとして、バン、発射音が響いた。銃を抜こうとしていた男が、肩を押さえる。
「失せな。あと、兄が礼に行くはずだから、東京からバックレることをお勧めする」
その、天使のような容貌とは裏腹の、鉄火肌な物言いに、二人組はあたふたと店を出ていった。
「物騒な物を持ってるじゃないか」
ハネは少女の手の銃に、目を止める。
「わたしには、コスメのついでに入れておく小物よ」
少女はスナップノーズのリボルバーをポーチにしまう。
「まあ、おかげでケガもなく済んでなによりだったぜ。じゃあな」
ハネは新吉をうなアがして店を出ようとしたが、
「待ってよ、私に礼も言わせないつもり」
立ち上がった少女が、ハネの前に来る。ハネの肩ぐらいの背丈だった。
「礼を言ってもらいたくて、やったんじゃないぜ」
「「それじゃあ、、私の気が済まないの」
ハネから見れば、頼りないくらいに華奢な少女だが、芯の強さを感じさせる佇まいだった。
「私はヤン・リーファよ」
「俺はハネ、コイツは新吉だ」
「ハネ君ね、コーヒーをおごらせて」
「今度な」
ハネは会計を済ませて、新吉と店を出た。
リーファはしばらくその場に佇んでいたが、
「ファミリーに連絡しました。すぐに迎えの車が来ます」
店の主人がそばに来て告げた。
「迷惑かけたわね」
「お嬢様が悪いわけじゃないですよ。それに、空いている時間帯で、巻き添えもなかったので、どうぞ、お気になさらずに」
「さっきの彼、ハネ君って、よく来るの」
「初めて見る顔です」
「そう・・」
「銃に向かってゆくなんて、できるものじゃない。優男の見かけによらず、大した度胸の若者でしたね」
主人の言葉に、
「そうね」
短く答えたリーファは、声には出さず、
——それにきっと、フィジカルサイバーよ——
心の中でつぶやいたのであった。
深夜の市街地。ビルの一階のナイトクラブは営業中だが、街は寝静まっている。この時代は防音も進歩していて、中でどんなに騒いでも、近隣から苦情が出るような騒音が漏れることはない。ビルは七階建てで、地下駐車場を備えていた。駐車場の入り口は一メートルほどの高さの頑丈な鉄柵で仕切られていた。車が来て鉄柵の前で止まると、入り口に立っていた男が車内を確認して、無線でオフィスに報告。オフィスからの操作で鉄柵が下がり車を通行させる。
向かいのビルに取り付けた隠しカメラがその様子を撮影して、モニターに映し出す。大型のバンの車内に据え付けられたパソコンと通信機器。担当の職員の操作で映像は 別の画面に切り替わる。ビルは五方向から撮られていて、すべての出入り口が監視されている。
車の中には六人いた。ハネと新吉以外は防弾チョッキを着込んでいる。他は来島と刑事課の刑事たちだ。
「本当に今夜、エーテルが運び込まれるんですか」
スルメを齧りながら、新吉が待ちくたびれた様子。
「確度の高い情報ではあるが、こういうことは、なにが起こるかわからない。待ちぼうけも当たり前ぐらいの心でいないとな」
来島の顔には、焦りも落胆もない。
ハネたちがナイトクラブに客として入り、新吉がチカン呼ばわりされた夜から三日後である。ターゲットしているのはミョルニルという名の組織。このビルをアジトとしていて、違法薬物の密輸や金融犯罪、殺しに人身売買など、いろいろ手広くやっている総合商社的な犯罪組織だ。ボスはロルカ・ラーソンという名の白人だ。湾岸署は十年以上前から壊滅を目指してきたが、ヨーロッパの某国が後ろ盾にあるとも噂されて、一筋縄でゆく相手ではない。刑事課のチームは、組織の犯罪を立証しようとして、情報収集などの捜査活動を行ってきたが、その過程で、ミョルニルが近く何十本ものエーテルを入手するという情報を得た。これに飛びついたのが来島である。組織をの犯罪の証拠をつかむとなると手間がかかる。そうこうしている間に、エーテルを多数入手されたら、組織がますます強力になって手に負えなくなる。ここはひとまずエーテルを押さえるべきと来島は主張した。刑事たちはあくまでも捜査の王道を貫いて、組織犯罪の証拠を挙げたかったのであるが、署長の指示で来島に従うこととなった。しかし、エーテルを押さえると言っても、これにはまた、独特の難しさがつきまとうのである。日本国内にあるエーテルは、日本政府の管理下に置かれることになっているので、押収する理屈は通る。しかし、押収したエーテルが、そのまま日本政府の所有物とは認められない。フィジカルサイバーを生み出す霊薬については、各国とも神経質になり、すぐに国際問題となろ。日本政府は、国際問題となるのを嫌い、警察庁警視庁にも、国際問題を起こさぬようきつく命じている。しかし、犯罪組織にエーテルが渡るのを見過ごせぬので、押収は、公式の警察活動ではなく、ギャングまがいの強奪手法となる。この活動中の大概の行為は罪に問われず、それは相手に対しても同じである。これは世界との暗黙の了解というやつで、相当に強行の行為も許されるが、反撃も厳しいものがある。さらに、ことの性質上世間の注目を集めるような大規模の活動も出来ない。投入される人員も限られたものとなり、エーテルの押収の現場は、双方必死の修羅場となるのだ。
「新吉よ、狩ってもんは、焦ったらしくじるんだぜ」
ハネは落ち着きすましている。
「ハネちゃん、狩なんてやったことあるの」
「バケモンハンターズ」
「ゲームかよ」
「ゲームだけど、そう、ばかにしたもんでもないぜ」
ハネは手を伸ばして、新吉の持っている袋から、スルメを一枚抜き取って齧る。
「バケモンハンターズは、フィールドがモニターの中ってだけで、リアルハンティングよ。夜中、おふくろに気づかれないように、息を殺してプレイしている時なんて、実戦さながらのドキドキ感だぜ」
「それじゃあ、レインボーソードは作ったの」
「なに、それ」
「バケモンマニアみたいなこと言ってて、知らないのかよ。レインボーサーベルタイガーの牙を集めて作る剣。威力によって剣の色が七色に変化するんだぜ」
「それって、まんまソニックソードだろ」
「いやいや、使い勝手、全然良いんだけど」
「盛り上がってるところすまんが、お越しのようだ」
来島の言葉に、ハネたちもモニターに見入った。画面には大型のSUVと、その後に続く二台のミニバンが地下駐車場へ入ってゆくのが映っていた。三台が通過すると鉄柵が上昇して、車両の通行を遮断した。
「あのゲートはなんとかせんとな。紅河君に頼んでみるか」
「俺たちじゃ、どうにもできないからね」
ハネたち下忍には、上忍のサロメが備えている、情報系スキルがないのだ。
ショーが終わって楽屋に引き揚げた踊り子たちが、化粧を落としながらウワサ話に花を咲かせる。
「こないだ入った新人、プレゼントもらったそうよ。それもブランド物のリストウォッチ」
「なにソレ。まだ舞台に出て一週間なのに早すぎるでしょう」
「しかも贈ったの、源さんですって」
「えっ、ビルをいくつも持ってるっていう、あの太客のジイさん。ワタシがカモろうとしてたのに」
ドアが開いた。化粧っ気はないが、それでいてみずみずしい肌で、肩下までの髪はグレープジュースのような紫。Тシャツにジーンズ、スニーカーのラフな身なりの美少女だった。
「お先に失礼します。」
新人は楽屋を使わせてもらえず更衣室。そこで化粧を落とし着替えを済ませて、先輩たちに挨拶して行き過ぎようとした背中に、
「待ちな」
甲高く、非友好的な声が投げられた。
「なに」
少女は端正なかんばせを振り向ける。
「ちょっと人気があるからっていい気になるんじゃないよ。どんな世界だって、先輩立てないでやってゆけやしないんだからね」
「それぐらい、心得てますけど」
「どうだかね。あどけない顔して、なんかやらかしそうに見えるんだよ、アンタ」
舞台用のきついアイラインも残したまま、睨むような先輩の死線に、
「やらかすって、もちろん、そのつもりですけど」
新入りはふてぶてしげな笑みを刷き、楽屋を出たのであった。
「まったく、なんなのよ」
先輩の踊り手は、鏡に向かいくさった。
「どうかしたの」
横にいた同輩が聞いた。
「さっきの新入りさ。ふてぶてし顔で出ていったけど」
「あとでヤキ入れとく」
「いや、でもあの子の眼・・」
「新入りの眼が、どうかしたの」
「筋もののヤクザみたいに、ヤバかったのよ」
メイクも落としかけの踊り手は、鏡の前で、なにやら気を吞まれたような表情であった。
廊下を歩いていた新入りは、人目のないのを確認して、ドアを開けて部屋に入っる。そこは物置として使われていて、普段人はいない。部屋に入ると同時に黒くて、スタイリッシュな忍者コスチュームとなる。天井の点検口も前もって調べてある。天井は三メートル近い高さだったが、サロメは軽くジャンプして点検口を開けて、指をかけてするりと体を引き上げる。天井裏を這い、ずっと、上層へと立ち上がっている隙間に出る。ケーブルや配管とともに、華奢な黒装束がヤモリのように、狭い隙間を登ってゆく。ビルの内部の細い隙間は漆黒の闇であるが、忍者コスチュームの目の部分はなにもないように見えて、実は透明なゴーグルとなっている。しかも暗視機能付きで、暗闇でも物の形が見分けられるぐらいには、、目が利くのだ。サロメは五階分登って天井裏への隙間に潜り、点検口を見つけて細めに開けて、明かりがついていないのを確かめて降りる。この時間帯はとっくに事務員も帰っていてる。周囲に誰もいないのを確認して、サロメはコスプレを解く。普段着に戻るとウエストバッグからスマホを出す。フィジカルサイバーの面倒くさいところは、コスプレをすると、それまで身につけていたものが一切利用出来なくなる点である。体から離してコスプレすればよいが、それだと使用後持ち運ぶのが不便だ。スマホぐらいならどうにか携帯するスペースがコスチュームにはあるが、そのままうっかりコスプレ解除すると、永遠に失われてしまう。ハネがやったように、多少の紙幣ぐらいならコスチュームに保存されるが、実はそれも確実ではなく、後でそのことを来島に話したら、運が良かっただけと言われた。
サロメはスマホで来島に連絡を入れる。
「紅河君か。今、ターゲットがやってきた。地下駐車場のゲートをなんとかしてくれ」
「やってみる」
サロメはスマホを近くのデスクに置いてコスプレする。デスクにはパソコンもあったが、コレは使わない。もちろんロックは掛かっているだろうが、サロメのスキルならコレの解除は容易い。ただそれよりも自分のスマホを介して、ネットワークに繋がる方がもっと手早いのだ。サロメのスキルはWi-Fiなどの通信を意識化できる。流れとして認知して、これに意識を乗せて構造体に進入、各種の工作を行うのである。その際、使い慣れた自分のスマホがあれば、これのOSを、漫画に出てくる陰陽師の式神みたいに使役できるのである。
サロメはビルの防犯システムに侵入して、地下駐車場のゲートを下げてロック。これで一階の警備のオフィスからの操作はゲートを上げられない。その他防犯ベルと、防犯カメラをオフにして、防犯機能の大半をダウンさせた。
いったんコスプレ解除して、スマホをウエストバッグにしまってから、再びコスプレするという手間があって、廊下に出た。
歩いていると警備員か、足音が聞こえライトがちらつく。反転して無人の廊下を曲がると小さな吹き抜けに出た。下までは二十メートルぐらいか。忍者コスチュームのサロメは手すりを越えた。古井戸を落ちていくように、狭くて深い空間を一直線に落下。着地はピタリと決める。
近くのドアを細めに開けると、賑わいのさんざめきとともに、明るさの射し込んできて、人々がテーブルで飲んだり、フロアで踊ったりしている。ナイトクラブの隅の目立たないドアだった。サロメはコスプレを解いて普段着の姿に戻ると、ドアを出た。何事もなかったような顔で、ナイトクラブを突っ切ろうとして、褐色の肌の男と目が合った。
「コイツは、思いもかけないところで会うものだなあ」
声は自分にかけられたものであると直感した。陽気な声だが、同時に受ける、獲物に目をつけた狼のような気配に、スルーは危険と感じたサロメは、足を止めて声の主を見る。褐色の肌の、ラテン系な感じの男だった。ポロシャツに綿パンのラフななりの精悍な体躯。三十歳ぐらいか。男の横には二人の男がいて、怪訝な視線をサロメに向けた。一人はサロメも面接の時に会ったことがある、ここのボスのロルカ・ラーソン。恰幅がよく、いかにも企業経営者の風采をしている。もう一人の、長身でいかつい体格の男は初めて見た。
「その子は、この間入った踊り子だが知り合いか」
ロルカに聞かれて、
「俺が一方的なファンで、会うのは初めてさ。追っか回していたんだが、まさか、湾岸署からウチに鞍替えしてたとは、灯台下暗しってやつだぜ」
湾岸署と聞いて、ロルカたちの顔が変った
「なんと、牝犬を招き入れてたとはな」
サロメに向ける顔の、ドスを利かせるかのロルカ。その時彼のスマホが鳴った。ロルカはスマホを出して短く言葉を交わし、
「地下駐車場、例の、取引現場が襲われた」
「湾岸の奴らでょう。兄貴たちはそっちへ行ってくれ。俺は、こっちを片付けたら向かう」
「したたかそうな面構えだ。油断するなよ」
「かわいい見かけとは裏腹に使うようだが、それもお楽しみだ」
浮かれ気味の男に、
「早く来いよ」
ロルカはよほど男を信頼しているのであろう、連れの男とともに立ち去った。
「まだ名乗っていなかったな。俺はカルロスってんだ」
カルロスはサロメに顔を向けたまま、近くの仲間に手を差し出すと、仲間は黙って、その手に銃を渡した。銃口を向けても、平然とまばたきもしないサロメに、
「いい度胸してるじゃないか」
カルロスは拳銃を天井に向けて三発撃った。驚いた客や従業員が出口に殺到して、人波が引いて、いるのは向かい合う二人のみ。
「それじゃあ、レッツダンスだぜ、サロメちゃん」
カルロスは拳銃を捨てた。
「楽しみましょう、死ぬほどに」
瞬時にサロメは忍者コスチュームに身を包み、カルロスもコスプレする。それはあの、川上の最期の映像に映っていたバンディットのコスチューム。
サロメはコスプレしてすぐにソニックソードを抜いた。
カルロスが持っているのは、大きなナイフのハンドル。飛び出しナイフだとしたら、出てくるのは三十センチぐらいのナイフのはずだが、コレはトータルサイバーバース製。この世界の物理スケールなど軽くオーバーして、出てきたのは大剣と呼ぶべき業物であった。
「ハルクナイフってんだ。このハンドルに、どうやってこれだけのナイフが収まっているか不思議だろう。俺にも仕組みはわからないが、そんなもん分からなくたって、コイツはいつも俺の期待に応えてくれる。それで十分さ」
カルロスのハルクナイフはプラチナ色の刃をしていて、コイツに斬られたら、確かにヤバそうだった。
「忍者コスチュームなどは、紙切れ同然だぜ」
「あいにくだけど、私のダンスは切れっ切れ、そんなデカ物かすりもせんわよ」
「どうだかな」
カルロスが跳び、サロメも残影を霞とにじませ、宙に跳ぶ。ソニックソードとハルクナイフが刃を嚙ませて火花が散る。カルロスの動きは速い。サロメの忍者体術でも巻ききれない。僅かに躱して空を裂くハルクナイフは、どれだけの切れ味のものか知らないが、自分の体で試すのはご免だ。
忍者とバンディットのコスチュームの、疾風と化して縦横無尽と駆けて、閃光交えて相戦う。少し前まで、人々が酒を酌み交わしダンスをしていたナイトクラブは、テーブルがひっくり返り、椅子や食器が飛び散り、まるで嵐の飛び込んで来たかのような有様であった。
風を裂くバカでかいナイフにソニックソードをを戦わせながら、サロメはs押されていた。ソニックソードは打ち合うだけで斬波動が減ってゆく。柄のトリガーを押しっぱなしにしていれば斬波動は貯まるが、手数多く打ち合えば目減り分が多く、刀身レベルをオレンジ以上にもってゆけない。剣術レベルで上回れば貯めの間も作れるが、技量は伯仲、手数で応じて打ち合うしかない。バンディットのコスチュームは見た目固そうで、赤レベル以上での斬撃を浴びせたいところだが。
攻撃力と防御力で劣る状況を逆転するには、軽捷機敏な忍者体術か、忍術によるしかない。しかしカルロスはウスノロのアーマーソルジャーと違い、忍者の体術をもってしても、優位に立ち回るのが難しい相手だ
『風ジャガー』
コスプレしたサロメの視界には、カルロスのコスチュームネームが読める。名前付きのコスチュームはヤバいと言われているが、確かに、今まで戦ってきた連中とは格段の難敵だった。
不意にサロメの姿が二つになり、その一つをハルクナイフが斬ったが、これは霞と散る分身の術の幻影。隙をついてサロメは斬撃を見舞う。だが、カルロスはこれを読んでいて敢えて打たせた様子。バンディットのコスチュームが弾いてくれる自信がある。そしてやはり、サロメの斬撃は跳ね返された。
「半蔵ってぇのは、忍者では一流どころのブランドって聞いたが、たしかに、下手なマジシャンよりは見せてくれる。だが、そんな小手先の手品など、風ジャガーをまとったカルロス様には通用しないのだ」
勝ち誇るカルロス。確かに攻撃力でもコスチュームの硬さでも一枚上だが、しかしサロメにも、まだ逆転ホームランの目はある。
コスチュームは単に防御力だけでなく、超人的な運動能力や体力を与える。サロメは宙に跳り上げたテーブルを、ジャンプしざま空中でカルロスめがけて蹴り飛ばす。テーブルは空中を流れ、真っ二つに割れた。
「器用な足技見せてくれるじゃないか」
難なくテーブルを切り払って、余裕のカルロス。
サロメは次々にテーブルや椅子を蹴り飛ばし、それらはカルロスの前で、ことごとく剣風に切割られる。
「やい、たいがいにしやがれ。後で弁償させられるのはおれなんだぜ」
などと言いながら、しかし怒りよりも楽しんでいる様子のカルロス。
——コイツに一泡吹かせるには——
サロメは戦いの中思案を巡らせる。
果敢な斬り合いの火花が散って、ハルクナイフが忍者コスチュームを割った。脇腹に激痛を覚えなるサロメだが、まだ戦闘に支障はない。
「痛いだろう、コスプレ解きなよ。痛みもお肌の傷も、キレイさっぱりなくなるんだぜ」
「こんなの、バンドエイド貼るまでもないわよ」
「いいねえ。強情なのを手なずけるのが、またおもしろいのだ。それじゃあ死なない程度に、もう少し切り刻むとするかね」
カルロスが迫り、サロメが応戦する。脇腹の傷は内臓に達している分、食あたりなどとは別次元の痛み。しかしサロメの闘争心に微塵の乱れもない。以前、サムライチームとの試合で、わざと斬られた経験が役に立っている。
電光と走るハルクナイフを、風に舞う木の葉の軽やかさで躱す。カルロスに押されてはいたが、身軽い動きで躱したサロメが、間隙に跳んで出口へと走った。
「逃がすか」
背後からのカルロスの斬撃を躱したサロメが、反転、駿足を飛ばして飛び込んだのはカウンターの向こう側であった。バーテンはとうに避難していて、後ろには、ズラリとボトルの並んだ棚がある。
「悪いことは言わない、おとなしく出てきやがれ」
カルロスはカウンターの前で止まる。
「そこにはお気に入りのボトルがあるんだ。台無しにされたら、俺もなにをするか分からないぜ」
「わかったは、じゃあ、アンタを台無しにしてあげる」
唐突に、カルロスの脳裏に、サロメがビルを切った話がよぎった。瞬時にその場を跳び離れるカルロス。だが、一瞬遅く、カウンターを裂いて噴出する物凄い斬波動を食らった。
ぐふっ、フェイスガードの下で血を吐いているのか、咳き込みきよろめくカルロス。
「我慢比べね。アンタと私。どちらが先にコスプレ解くか」
「そんな間もいらない。今すぐその首、叩き落としてやる」
吠えるカルロスだったが、フィールドソードの斬波動はバンディットのコスチュームの胴を薙いで、傷はサロメのよりも深い。
「斬り合いなら、望むところよ」
サロメは、相手に大きなダメージを与えた感触はあったが、慎重になっていた。自分にフィールドソードがあるように、この男にもなにか奥の手があるかもしれない。フィールドソードはすでソニックソードに切り替わっている。フィールドソードはエネルギーの消費が大きく、使いすぎるとエネルギー不足でコスプレが強制解除されるのだ。
「どうしたの、この首、欲しいんじゃないの」
「・・・・」
サロメの挑発にカルロスは無言。コスチュームのフェイスガードの下で唇を噛み、すぐにでも斬りかかりたいのだが、実のところ、意識をしっかりもっていないと、足がふらつくほどの重傷なのだ。
「じゃあ、ワンツースリーで同時にコスプレ解かない。私も超痛くて、一刻も早くコスプレ解いて楽になりたいの」
むろんそんな気は無く、相手にコスプレ解かせて、一気にけりをつける肚だが、カルロスもそんあ言葉を真に受けるほど、おめでたくはない。
「俺はなんともないが、そんなに楽になりたいのなら、どこかへ失せろよ。今夜のところは見逃してやるぜ」
「ここまでやり合って、けりをつけないのも、味気ないでしょう」
サロメは、なんとしてもこの男は、この場で仕留めるつもりだった。この男の全回復を許して、今夜のうちの再登場は見たくない。コスチュームは時間の経過とともに自動修復するが、肉体の傷はコスプレを解かない限り回復しない。
ソニックソードも金色になり、獲物を仕留めようとする山猫の気配で前がかるサロメだったが、突然強烈な銃弾を浴びた。カルロスの部下が、一センチの鉄板もぶち抜く、ハイパワーライフルを撃ってきたのだ。銃弾はコスチュームに弾かれ、サロメは十字手裏剣を投げつけた。男の顔が主に染まってライフルを黙らせたが、その隙にカルロスは走った。フィジカルサイバーの駿足を利かせて数十メートルを詰め、非常口に飛び込む。あとは扉を閉めてロックをかければ簡単には開けられない。その後にコスプレを解けば全回復。再コスプレして、たっぷり借りを返すつもいだ。カルロスの指が、ドアの閉鎖スイッチを押そうとした瞬間、意識が遠のき、バンディットのコスチュームが解けた。普通だったら致命傷の、腹部を大きく裂く深手で、激しい運動に耐え切れず生存本能が無意識にコスプレを解除したのだ。はらわたを切り裂かれた痛みがウソのように消えて、生き返った心地の一瞬後、左足を貫く衝撃。とっさにスイッチを押して扉が閉まる。
「クソアマが」
左足に銃撃されたような貫通創。棒手裏剣の一撃だった。コスプレを解除した後に受けた生身の傷に、毒づくカルロスだったが、もはや、ドアの向こうにうずくまるよりどうしようもないのだ。
忍者コスプレしたハネと新吉。深夜となり人通りもほとんどなく、町の明かりも
少なくなって、黒装束が夜陰に紛れるには都合のいい時間帯だ。
ナイトクラブのあるビルの、地下駐車場の入り口。頑丈そうな鋼鉄の柵が車両の進入を防いでいて、半グレ風の男が二人、見張りに立っていた。ハネと新吉は走り、暗がりに黒装束で男たちは発見が一瞬遅れた。そのつかの間にも駿足で跳んで、抜いた拳銃を撃つ間も与えず、ハネは手刀を打って気絶させ、新吉はどてっぱらに頭突きをかまして気を失わせるさせた。見張りを片づけて二人は中へと進む。
地下駐車場は停めてある車も少なくがらんとしている。どうやら今夜は一般客の車両を締め出しているようだ。薄暗い中で一ヶ所、煌々と明かりが灯っている。静かに近づくと向かい合う二つのグループ。ヘッドライトをつけた三台の大型車と、車から出てきたらしい十人前後と彼らを迎え出た五六人。ハネたちは暗がりに身を潜めて様子を窺う。
地上からすぐに癒えるものではない。バンディットのコスチュームは腹部を大きく裂かれている。
「ラーソンさんは」
「ボスは後で来る。まずは俺たちがブツを確かめさせてもらうぜ」
リーダー格の男は少し間をおき、
「いいだろう」
手下にブツを出すように指示する。
バンのスライドドアを開けて、金属製のスーツケースが二つ運び出された。テーブルが用意されていて、一つのスーツケースが上に置かれた。
「開けてくれ」
「いいけどよ、ここはアンタたちのアジトだ。この後はなにがあろうと、そちらの買い取りってことにしてもらうぜ」
「品質に問題がなけりゃな」
「当然だ」
リーダーの男は、スーツケースの電子ロックに触れて暗証番号を入力、ロックが解除された。スーツケースの中には、ウレタンの敷物の上にボトルが並んでいた。ドリンク剤のボトルぐらいの大きさで、ハネとサロメが飲んだのと同じ大きさ、形状のボトルだった。それが上下に十本ずつ並んで、計二十本収められている。
テーブルには小型の機械類が、いくつか置かれている。まずは計量機で一本ずつ重さを量ってゆく。計量機は超精密レベルのものではないが、一万分の一グラムまでなら正確に量れるレベルのものである。計量が終わると、片手で持つ光学機器から照射する緑色の光をボトルに当てて、光学機器のモニターに表示される数値を読んだ。
「それは」
「ボトルの材質を分析する機械だ」
ミョルニルの男は答えた。
「ガラス瓶だろ」
男は、自分が運んできたのに、あまり商品知識はないようだった。
「バカ言え。容器だってトータルサイバーバース製、一度開封したら即座に変質する代物だぜ」
ボトルを調べ終えたら、電子レンジのような機械に入れる。
「エーテルの分析だ。これについては詳しい内容の評価はできないが、トータルサイバーバース製であるかないかってことはわかる。これだけのやれば99,99パーセント真贋は判別できる。ただ、そのエーテルが並品か特上レアかなんてことは、神のみぞ知るだがな」
その様子を暗がりに身を潜めて窺うハネと新吉。
「ハネちゃん、アレをいただけばミッションクリアじゃね」「
「おう、ちょろいかもよ」
二人は手裏剣を取り出した。十字手裏剣を、それぞれが左右の手に5本ずつ握る。トータルサイバーバース製の手裏剣の良いところは、投げたら手裏剣自体が加速するので、投げる力によって威力が変わらないところだ。一度に5本の手裏剣を投げても、一本の手裏剣を投げた場合に比べて、力が分散されて威力が落ちるということがない。命中率は落ちるが、一人が左右の手に5本ずつ、二人で計二十本もの手裏剣を一度に投げれば、これはもうショットガンクラスの拡散攻撃だ。それに、敵にフィジカルサイバーがいた場合、一本ずつ投げていたらコスプレされてしまうが、その隙を与えず一斉の投擲で手傷を負わせれば、後の戦闘も有利になる。
エーテルを持ち込んだ側と、受け入れ側。ソレの真贋を確かめる作業中、突如手裏剣の雨に見舞われる。悲鳴があがり混乱状態のただ中に現れた二人の忍者。
「余計なケガ人出したくなかったら、おとなしくエーテルを渡すことだぜ」
ソニックソードを突きつけるハネ。とても警察関係者のやることではない。ニュー東京の警察は決して犯罪組織ではなく、法にのっとり、市民生活に寄り添った活動をしている。大概の場合はである。そこに含まれない超法規的措置の発動となるのが、違法エーテルの取締などの、フィジカルサイバー関係の案件である。これは日本だけに限ったことではなく、フィジカルサイバーをめぐっては、世界中が、まだカオスのような状態にあるのだった。
車に逃げこもうとする男に、新吉がソニックソードを一振りする。赤のソニックソードがルーフえお裂き、怯えた男の手からスーツケースを奪い取る。
「こっちは頂いたぜ」
威勢のいい声をあげた新吉だが。アーマーソルジャーのコスプレした敵が襲ってきた。やはりフィジカルサイバーがいたのだが、コイツはコスプレ前に手裏剣を右手に受けていて、プラズマソードの振りも鈍い。新吉はスーツケースを守りながらソニックソードで打ち合う。
ハネにもフィジカルサイバーが襲いかかる。アーマー系だが槍装備、強烈な刺突をソニックソードで払い、分身の術を使う。相手が虚像に槍を向けた隙を斬りつけたが、素早く返した槍に防がれる。こうなるとフィジカルサイバーでない者たちは、巻き添えを食らわぬよう離れるしかない。
敵のフィジカルサイバーは二人で、一人は新吉がスーツケースを守りながらも押し気味に戦い、ハネの相手の槍使いも、ハネにとってはそれほど難しい相手ではなさそうだった。車の走行音が近づき、派手にブレーキを効かせ停まったのは、来島たちの乗ったバンだった。
「ブツを確保しました」
車を降りた来島たちに、新吉が押さえていたスーツケースを示す。
「よくやった」
拳銃片手の来島が讃え、刑事たちがバンに運ぶ。
「こっちもだ」
敵をあしらいながらのハネの指示に、回収に向かう来島たちだが、フィジカルサイバーの斬り合いから離れていたエーテル取引の男たちが、銃を撃って阻止にかかる。なんとも煩わしい。ハネは跳躍、電光の刺突を放つ槍を空中で払い、木の葉の身軽さで詰め寄り袈裟懸けの一刀を浴びせる。ソニックソードは赤で、アーマーを大きく切り裂いたわけでもなく、傷も浅かったが、敵は苦痛に耐えられずコスプレを解除。それへトドメの一刀を浴びせる。致命傷ではないが、戦闘不能の一撃である。
ハネが敵のフィジカルサイバーを倒したのをみて、満足そうな来島だった。だが、新たに駆けつけてくる敵のフィジカルサイバーを見て顔色が変った。
「例の物をだせ」
来島の指示で車から出されたのは、太い筒の付いた小型のタンク。
「「二人ともさがれ」
ハネと新吉が退くと、筒から野球ボールぐらいの球体が次々と発射される。発射された球体は、小さな雷のような青白い光を放つ。地下駐車場の床に転がる何十個ものボール。以前来島がキクモリ公園でハネを助けた時に、アーマーソルジャーに向かって投げて、放射する電磁パルスでその動きを封じたものだった。それを何十個も床に転がし、しかも地下駐車場という閉鎖された空間だから、かなり濃密な電磁パルス帯を形成している。
「長くはもたんが足止めになる、撤収するぞ」
来島の言葉を待つまでもなく、新吉などは、一刻も早く逃げ出したい心境だった。それほどに、新たに現れたフィジカルサイバーは、これまでの敵とは格段の雰囲気を放つ。ことにそのうちの一人、牛面のフェイスガード。兜には角まであり、牛をモチーフにしたコスチュームの敵の迫力は圧倒的であった。しかも、コスチュームの視界には、『魔人・ミノタウロス』の文字が表示されている。
——え!魔人ってジョブなの。ミノタウロスって見たまんまじゃん——
啞然とする新吉だったが、とにかくコイツは、RPGなんかで、序盤のマップにトラップみたいに配置されている、当たったら絶対にダメなヤツと確信した。
しかしハネは、もう一人のフィジカルサイバーから目が離せないでいた。そいつはアーマーソルジャーのコスプレしてたが、今まで見てきたアーマーソルジャーとは細部に違いがあった。コスチュームは、同じジョブでも個々に違いが現れる場合がある。ハネたちにしても、同じ忍者ながら、サロメとハネと新吉、それぞれにコスチュームのデザインが違うのである。黒装束で大枠忍者と分かるのだが、デザインはそれぞれに違うのだ。サロメは上忍であるし、それに女性だから、ハネたちと違うのも当然か。だが、ハネと新吉にも違いが見られる。体形が違うのは当然として、コスチュームの各部のデザインにも、若干の違いが見られる。二人とも名前付きだからかもしれない。そういえば、サロメと雨宮のコスチュームも違っていた。上忍で名前付きのスペシャルコスチュームと、スタンダードな女忍者の差か。サムライのコスチュームにもデザインに差があるようだった。しかしアーマーソルジャーは、これまで見たのはほとんど同じだった。コイツだけ違う。ブルーシャークというネームが読める。そしてこのコスチュームには見覚えがあった。
「おい、キクモリ公園って場所に覚えがあるか」
「さあな。あちこちで暴れたから、いちいち覚えちゃいないが、もしかしてこの顔に、見覚えがあるかい」
アーマーソルジャーのフェイスガードが開いた。現れた白人の男の顔は、ハネにとって忘れることのできないものだった。
「テメェは、ヨシキをやりやがった外道野郎」
ハネの体が怒りにふるえる。
「撤収だ」
来島の声も、ハネの耳には入らない。
「ハネちゃん、トンズラだぜ」
新吉が急かすが、ハネは決戦の構えを崩さない。と、ミノタウロスが歩き出した。何十個もの転がるボールが放つ青い光に触れると、一瞬痺れたかのように見えたが、構わず進んでボールを踏み潰した。
「いかん、退くぞ」
来島は車に駆け込み、助手席から怒鳴る。
「うるせぇ!あのアーマー野郎はダチの仇だ」
「勝てる相手かよ」
「やってみなきゃわかんないだろう」
「いや、わかるって」
「ビビッてんじゃない」
話していると、唸るエンジンと、高速回転するタイヤの摩擦音。スリップラインも黒々と、来島たちの乗ったバンがバックのまま、猛スピードで遠ざかる。正気の沙汰の運転ではない。そのやみくもな逃げっぷりに、ハネもうそ寒いものを感じた。
「俺たちとやり合う勇気に免じて、テメェらの死に顔を覚えておいてやるぜ」
「ガキじゃあるまいし、そんなこけおどしの牛のお面を怖がるかよ」
ハネが気丈に言い返す。
「こけおどしかどうか、じきにわかるさ。わかった時は、地獄の始まりなんだがね」
ミノタウロスは、床に散らばるボールの青白い光を放つ中を、ずんずん歩いてくる。ハネと新吉は気圧されたように後ずさり、ミノタウロスは電磁パルスを放つボールのエリアを渡りきった。ブルーシャークのアーマーソルジャーは踏み出せずにいたが、来島があまりもたないと言っていたように、ボールの青白い光も小さくなってゆき、いずれ電磁パルスも消えたら、コイツも来る。
待っていてはダメだと思ったハネは、ミノタウロスに斬りかかった。金色のソニックソードがミノタウロスのコスチュームに弾かれる。瞬間、つかみかかるミノタウロスの腕を、俊敏に跳んで逃れる。
「金色でも効かないか」
ソニックソードの金色のブレードは、ハネの最強攻撃であり、これが効かないとなると攻め手がない。
「そちらの攻撃はそんなものか。では、こちらの番だ」
ミノタウロスの手に乳白色のガスが現れて、それは剣の形になり、ミノタウロスが一振りすると、長寸のプラズマソードとなった。
「なんだよ、ソレ」
驚くというより、反則をとがめるようなハネ。
「魔人のコスチュームは、忍者などとは比較にならないほどハイスペックなのだよ」
「忍者だって、見くびれたもんじゃないんだぜ」
ハネの姿が二つになった。分身の術。
「くだらない」
あざ笑うかのミノタウロス。
「舐めてかかると、痛い目みるのが忍術だぜ」
「よかろう。かかって来い」
「見せてやるぜ、渾身の忍術をよ」
二人のハネが跳ぶ。一つは分身の術による虚像。
ミノタウロスは悠然と長剣を構えて、実体を見極めた目は虚像などに視線もブレぬが、突然ハネの分身が消えて鉄の塊が現れた。新吉が投げつけた鎖鎌の分銅。金色のブレードが効かないとなると、もう新吉の鎖鎌の分銅しかダメージを与える手はない。しかし、鎖鎌の分銅は振り回してから投げにゆくので、避けられやすい。そこで、ハネは分身の術を分銅攻撃の目くらまし使ったのだ。予想外の攻撃だったが、ミノタウロスは慌てもせずに顔への直撃を剣を持つ手で防いだ。強固なグローブとなっているので、握りこぶし程度の鉄の塊ぐらい痛くもないはずだったが、腕のしびれるような衝撃に、ミノタウロスの手から落ちた剣は、跡形もなく消失した。
「やれやれ、また作らなければならない。手間なんだがね」
剣を落とさせるほどに腕をしびれさせたが、その程度だった。骨折などのダメージを与えたようには見えない。
「ロルカさんは見ていてください。こんな奴ら、俺一人でかたづけます」
足かせとなっていたボールの電磁パルスも消えて、ヨシキの仇、ブルーシャークのアーマーソルジャーが剣を抜いて進み出た。
「よかろう」
ミノタウロスのロルカは、腕組みをして観戦の姿勢。
ブルーシャークの構えに、ただならぬ圧を感じ、
「コイツ、使うぞ」
ハネは新吉に告げる。
緊張がみなぎり、ブルーシャークが駿足を蹴ろうとした直前、彼らの後方から疾風の襲いかかる。振り向きざまに突き出すミノタウロスの拳を躱して、金色のブレードのアーマーソルジャーを切り裂いて駆け抜け、ハネたちのもとに来たのは、もちろんサロメである。
「切れ味鋭く、リーダーの登場だぜ」
ハネは、いつもながらの動きの冴えに感じ入る。
「地獄に仏のサロメ様だぜ」
拝みたいような新吉。
「夜食には、少し重そうなビフテキ野郎じゃない」
「カルロスの奴、しくじったか」
「お仲間は瀕死の重傷よ。私たちにかまってないで、駆けつけてあげたら」
「おまえさんの生首を手土産にでもしなけりゃ、死んでたって納得ヤツじゃないぜ」
「頭に血が上ったら突進しかできないのは、闘牛場の牛その物ね」
挑発のセリフを吐きながら、
——逃げるわよ——
指揮スキルのテレパシーで二人に伝える。
サロメが床に投げつけたのは、時代劇でお馴染みの煙幕弾。床で砕けて、立ち込める煙幕の中をドロンするのだが、トータルサイバーバース製の煙幕は、ピンポン玉ぐらいの容器から、濃密な煙幕ぼ瞬時に膨れ上がって、地下駐車場を白く満たす。だが、その効果は十秒ぐらい。濃霧のような視界は急速に晴れ渡る。
忍者たちの姿は既になかったが、ミノタウロスも煙幕の晴れるまでじっとしていない。サロメの一刀を受けたアーマーソルジャーだけが、煙幕の晴れた後に残されていた。ブルーシャークはコスプレを解く。斬られた傷は全回復だが、再コスプレには多少の間が必要となる。
ミノタウロスは、その重量のありそうな図体からは、とても想像できないスピードで追ってくる。
「新吉、行け」
「ハネちゃん、すまん」
ハネは遅れそうになる新吉を先に行かせて、ミノタウロスの前に跳ぶ。風を巻いてつかみかかる豪腕を、宙に身を翻して躱す。猛りたった牛頭の魔人から、ハネは忍者スキルの体術を駆使してギリギリに逃れる。
ハネが停めてあった車の陰に隠れると、ミノタウロスは車体を持ち上げ、素早く跳び去るハネめがけて、一トンを超える車体を投げつけてきたのだ。もちろんそれは難なく避けたが、コイツに捕まったら、八つ裂きは覚悟しなければならないと、その怪力に息を吞むハネであった。
襲いかかるミノタウロスを、胡蝶と舞って躱すハネ。だが壁際に追いつめられてつかまりそうになった一瞬、ミノタウロスの背後を黄金の斬撃が襲う。とっさに反転するミノタウロス。その隙にハネは逃れる。
胡蝶は二人、ハネとサロメ。
——出るわよ——
脳裏にサロメの指示が届く。忍者コスチュームの駿足を活かして地下駐車場の出口へと走る二人。
「逃がすか」
ミノタウロスの手には赤い鞭。一振りすると幾つにも分かれて、追尾式のミサイルのように、二人を追ってぐんぐん伸びて、ハネは右足に、サロメは右腕に巻き付かれる。
「なんだ」
足に巻き付かれて引き倒されたハネは、ソニックソードで切りつけるが、切断できない。
「無駄だ。その程度の切断力では、コレは切れない」
サロメもマズい状況だ。右腕を巻き締められてソニックソードを使えないし、フィールドソードを出すこともできない。まったく、一瞬でブラックノヴァという大城塞を爆誕させた驚異の超文明によって構築された、ハイパーテクノロジーネットワーク、トータルサイバーバースの製造となれば、どんなマジックアイテムが出るか予想もつかぬ。油断してしまったと、サロメは後悔の臍を嚙む。
「奥の手でね。ザコには使いたくなかったが、家の中を荒らしたネズミを、逃がすわけにもゆかない」
そして、ミノタウロスはハネたちを捕らえた鞭を左手に持ち、右手にはまた乳白色のガスが現れて、今度は湾曲した大ダンビラとなった、
「女は両手を切ってカルロスへのプレゼントだ。まずはテメェだクソ野郎。両手両足を切り、そこから先、どこまで生きていられるか、じっくり刻んで試してやるぜ」
ミノタウロスは猟奇的なセリフを吐き、足に巻き付いた鞭は縮んでゆき、ハネはじりじりと地獄の獄卒のごとき牛頭の魔人の元に引き寄せられる。
——これは、マズい——
もがくハネだが、巻き付いた赤い鞭はソニックソードをもってしても切れず、なす術がなかった。
サロメも何とかしたかったが、右腕を締め上げられて、ソニックソードも使えず、フィールドソードも出せないとなると、この状況を打開する手がなかった。
「覚悟しろ」
引き寄せたハネを前に、片手で持つ大ダンビラを高く構えたミノタウロス。
——これは、ダメだ——
大ダンビラに切り裂かれるのを覚悟したハネ。が、次の瞬間、ミノタウロスが吹っ飛んだ。何が起こったかわからぬハネだったが、いつの間にか足に巻き付いていた鞭が消えていて、自由を取り戻したハネは、素早く立ち上がると、その場を離れた。サロメも腕に巻き付いていた鞭が消えていた。自由を取り戻した二人の目は、風神の如く現れた、その人物に注がれた。
初めて見たコスチュームだった。その第一印象はクールな佇まいである。堅牢そうだが重厚感はなく、軽快かつ、威風堂々の感がある。そしてコスチュームの視界には、『武侠林冲』の文字が読める。
「テメェがサツとグルだったとはな」
ミノタウロスの獰猛なまでの敵意に、
「警察とつながってなんかないさ」
「それなら人のアジトに踏み込んで、サツの犬ども助けるとは、どういう料簡だ」
「そっちのチンピラが、ウチの家族に手を出したので、礼をしに来たまでだ。この二人を助けたのは、たまたまってやつだ」
「適当なことぬかしやがって」
「どう受け取ろうとそちらの勝手だが、俺はこれ以上やり合うつもりはない。しかし、そちらが収まらないっていうのなら、相手になるぜ」
「・・・・」
ミノタウロスはしばし押し黙り、
「失せやがれ」
憎悪を吐くように吠えた。
「じゃあ、行こうか」
二人に声をかけて、しかし、なおもミノタウロスを警戒するハネとサロメに、
「大丈夫だよ、彼も、今夜は僕と戦う気はなさそうだから」
林冲に促されて、ハネとサロメは跳び、
「じゃあ」
林冲もミノタウロスに一揖して駆けた。あっという間に遠ざかる三人に、
「テメェら、いずれ今夜のこと、後悔することになるぜ」
吠えるミノタウロスであった。
外に出て夜の街をしばらく疾走して、林冲が止まり、二人も足を止めた。
「ここで別れよう」
「ありがとう。助けてくれなかったら、今ごろサラミソーセージだ」
「あなたは命の恩人よ」
礼を言う二人を、林冲は改めて見やり、
「半蔵とサスケ。忍者では有名どころだね。だけど、二人であの牛を相手にするのは、厳しいんじゃないの」
悔しいが、実際手も足も出なかったわけだし、返す言葉もないハネだった。
「何で助けたの」
問いただす口調のサロメに、
「助けられて不満かい」
気分を害するでもない林冲。
「感触してるけど、無償の善意なんて信じてないから」
「賢明だね、理由は、情けは人の為ならずってところかな」
林冲は、ちらりととハネへ視線をやり、、
「それじゃあ、次に会う時は敵同士でないことを祈ってるよ」
「それは俺たちもさ。そして、いつかこの借りを返すつもりだ」
「フィジカルサイバーの世界は、そう都合よくゆかないものだけどね」
楽しそうな声を残して、林冲は走り去る。そして、ハネとサロメはコスプレを解いた。
「修羅場も踏んで、それなりの自信もあったけど、あんな別格を見せられたら、井の中の蛙だって、思い知らされたぜ」
「尻尾を巻くの」
「全然。逆に奮い立っているぜ。俺もいつか、アイツぐらいに強くなる」
ハネは、林冲の名を、ライバルとして胸に刻んだ。
「それでこそハネちゃん。安心して背中を預けられるは」
「預けるのは、背中だけかい」
「どうしたの、柄にもないわね」
「今夜のキミがいい女過ぎたから、財閥の坊っちゃんと張り合ってみたくなったのさ」
「朝比奈君との恋のさや当て、楽しみにしてていいかしら」
サロメは小悪魔のような笑みを見せる。
「俺にも勝ち目はありそうかい」
「どうかしら。それに私、あの、林冲さんの素顔も気になるわ」
「あんなのに限って、馬ヅラかひょっとこだったりするんだぜ」
「男は顔じゃない、腕っ節よ」
「新吉に聞かせてやりたいぜ」
話していると、ヘッドライト点した車が停まった。
「おい」
助手席の窓から来島が顔を出す。
「来島さん」
「コスプレを解除した瞬間から、スマホの位置情報が入ってくるのさ。死体を見つけることになるかもしれないと思っていたが、生きてて良かったぜ。さあ、乗れ」
二人は、車の後部座席に乗り込んだ。
深夜の都会の街並みを走る車の中で、まだ、猛りの収まりきらぬかの表情のハネ。サロメは車の窓から月を仰ぎ、その胸中に沈めるはいかなる感慨か。
予想以上の難敵と戦い、想像だにせぬ助けを得たこの夜も、一時間もすれば明け始める。しかし、どのような強敵の棲んでいるとも知れない、闇深きフィジカルサイバーの世界。若き忍者たちの前途に、曙光は遥か先であった。
フィジカルサイバー忍者アーツ 七突兵 @miho87
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