第15話 帰宅後は、慣れ親しんだ実家のメイドたちにお風呂へと入れて貰います。
帰宅後は、慣れ親しんだ実家のメイドたちにお風呂へと入れて貰います。明日は婚約を発表するためのお披露目のお式で、参加者は互いの家の親族のみです。陛下はいらっしゃるとの事ですけれど、まあ、お父様の仲の良いおじさま、という扱いでいいのでしょう。
とはいえ、わたくしは主役の一人になりますから、丁寧に丹念に磨かれます。体も、髪も、爪も、顔も。
「ドレスは」
「ヨハンナさまが新作をお持ちになりました」
「ではそれでお願いしますね」
正直。自分に似合うドレスの形でありますとか、色ですとか。そういうものを考えなくて済むのはとても助かります。
わたくしが自分で考えたいときはお姉さまにそう言えばよろしいですし、わたくしが自分で考えたデザインをお姉さまに送って、それを手直ししてくださったこともあります。
フィルップラ侯爵家でもお世話にはなっておりましたけれど、皆さん当然遠慮があって。今は慣れ親しんだもの達なので、その、もうちょっと遠慮というものを。そんな気分になりながら、翌日を迎えました。勿論翌日も、もうちょっと遠慮を、という気持ちです。
わたくしのためを思ってわたくしの支度をして下さっているのは分かっておりますから、口には出さないのですけれどね。
お披露目のお式の会場は、フィルップラ侯爵家です。わたくしがあちらに嫁ぐのですし、あちらの家の方が各式も高いですし。
アハマニエミ伯爵家からは、わたくしと、わたくしの両親である伯爵夫妻と、上の姉、つまり次期伯爵夫妻と、下の姉、次期ヘリスト伯爵夫妻。
フィルップラ侯爵家からは、侯爵夫妻とダーヴィド様のみ、と伺っております。
三台の馬車を仕立てて、フィルップラ侯爵家へ。ご近所ではあるのですけれど、今日はわたくしのお披露目のお式ですから、こうしないとならないのです。
我が家だけではありません。他のお家でも、婚約のお披露目のお式の時はこうなります。貴族のお家同士の婚約ですから、どうしても近くなってしまうのですよね。
本日はありがたいことに、良く晴れていました。
わたくしと両親の乗った馬車を先頭に、三台の馬車が。その内の一台はヘリスト伯爵家の馬車です。ヨハンナお姉さまたってのご希望で、昨夜はこちらに泊まられたのです。いつもでしたら、ヘリスト伯爵家にお二人はいらして、お姉さまがこちらへ遊びに来たり、わたくしがあちらへ遊びに行ったりしていましたけれど。
馬車が、フィルップラ侯爵家に入ってゆきます。きっと、ご近所の家の方々は興味津々でこの馬車列を見ていることでしょう。
わたくしだって、子供の頃この、馬車列は楽しく窓から見ておりましたもの。どこかのお家のお嬢様が、ご結婚のためのお披露目のお式をするのだと。
数日すると、お父様かお母様からどこのお家のどのお姉様が、どこのお家に嫁ぐのか決まったと教えてもらうのが楽しみでした。
馬車はフィルップラ侯爵家の玄関前に止まります。まずはお父様が馬車から降りて、お母さまに手を差し出して。いつもだとその次に、父がわたくしを馬車から下ろしてくださるのですけれど。
今日は、ダーヴィド様がわたくしに手を差し伸べて下さいました。
「本日は、ようこそおいでくださいました」
姉夫婦も馬車から降りて。玄関前はちょっとだけ人だかりが出来てしまっております。
「天候もよいですし、本日はガーデンパーティーの準備が整っております。こちらへ」
ダーヴィド様にエスコートされた私も一緒に先導する形で、お庭へ。
アハマニエミ伯爵家のお庭も決して劣っていないとは思うのですけれど、フィルップラ侯爵家のお庭も素敵でした。
いくつもの丸テーブルが出され、あちらのテーブルの上に軽食が、あちらのテーブルの上にお飲み物が。あちらのテーブルは料理長ご自慢の甘味のようですし。
それぞれのテーブルの所には、テーブルクロスと同じ色のパラソルが差されておりました。テーブルは、建物のそばや、花壇のそばに設えており、お庭の真ん中にそれなりのスペースが取れるようになっております。
「ビルギッタ嬢は、こちらへ」
「ええ」
ダーヴィド様にエスコートされて、わたくしは家族から離れてお庭の中央に向かいます。まだ、陛下はいらしていないご様子。
「陛下を待たれますの?」
「遅くなるとご連絡をいただいておりますから、先に始めてしまいましょう」
「かしこまりました」
両親や姉夫婦、それからフィルップラ侯爵ご夫妻も、すでにそれぞれ手にグラスを持っております。そして皆様キラキラしたいい笑顔で、わたくしたちの方を見ております。
祝福、して下さるのですね。
それだけで、胸が一杯になってしまいます。
それから。
ちょっと遅くいらっしゃった陛下は、お父様と、フィルップラ侯爵閣下に散々に文句を言われておいででした。自業自得だと思いますので、わたくしもダーヴィド様もお母さまもフィルップラ侯爵夫人も姉たちも微笑んで遠巻きに見ているだけでした。陛下からは助けてくれとの視線をいただきましたので、小さく手を振っておきました。ダーヴィド様も隣で小さく腰を折っております。
わたくしとダーヴィド様は、それから王太子殿下のご結婚を待つ形で二年ほど婚約期間を置き、わたくしが二十歳、ダーヴィド様が二十七歳の年に結婚いたしました。
子宝も二男一女に恵まれ、わたくしの認識としては仲睦まじく生きて参りました。朝食と夕食を、可能な限り一緒に食べ、たまに夜会にエスコートしてもらい。
あの頃貴族子女の間で流行していた溺愛物のようにはなりませんでしたけれど、それでも、ダーヴィド様はわたくしを愛してくださったと思っておりますし、わたくしもダーヴィド様を愛しているのだと思います。
物語のような身を引き裂かれるような恋はしておりませんが、ただどこまでも。穏やかな愛を交わせたと思っております。
政略結婚であっても、互いに誠実な質であれば、愛を育むことは出来ますよ。だからそんなに、心配なさることはありませんわ。
政略結婚だからって愛を育めないとは限りません 稲葉 すず @XetNsh
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