不死 9

 多少、咳き込んだりはしているものの、マデリーンは落ち着きを取り戻し始めていた。


「あー……えっと、マデリーンさん、だっけ? そのぅ……ごめんな」


 半笑いで軽く謝罪する馨にマデリーンはキッと睨みで返す。


「色男だからって、ごめんですみませんわっ! わたくし、生まれてこの方、あんなに地べたを這いずり回ったことなくてよ。もう少しで嘔吐するところでしたわ。責任を取って結婚……痛い、痛い、イタ、イタ、イテテテ……嘘ですわ、嘘」


 アヤの帯による拘束がギリ、ギリと音を立てて強まる。

 テーブルに座る3人の横で縛り上げられているマデリーン。

 馨は、最初からこうしておけば良かったと少し後悔した。


「で、佐久間、お前、ここに何しに来たんだっけ? てか、この人連れて、そろそろ帰れよ」


 入れなおした紅茶を美味そうに飲みながら、佐久間はマデリーンをちらりと見て馨に言った。


「おいおい、星宮、マデリーンは赤の他人だ。どこにも連れて行きようがない。それに俺はまだ用件を済ましちゃいない」


「用件ってなんだよ? あの雑談か?」


 佐久間は陰気な無表情を変えることなく、


「まあ、それもあるな。意見を参考にしたい……あとは狐狗狸こっくりに野暮用があってな」


「野暮用ね……」


「詮索は不要だ。俺と狐狗狸の付き合いはお前よりも長い。それよりも、話の続きだ。」


 確かに、狐狗狸と佐久間の付き合いは長い。

 そもそも、あの気のいい狸おやじと馨たちを引き合わせたのは、この陰気な男だ。

 今更、何かを企てたとて、狐狗狸を巻き込むようなことはしないだろう。

 悪魔は人を堕落させるが、無計画な狂人というわけではない。

 彼らには彼らのルールや価値観があって、それらが人間と合致していないだけなのだ。

 いや、もしかしたら天使などよりも悪魔の方がよほど人間と馬が合うのかも知れない……と馨はそう思う。


 そのような馨の考えなど知りようもない佐久間がマデリーンに冷めた視線を向け、口を開く。


「マデリーン・グレゴリー、お前にここのルールを説明しておこう」


 拘束されたままのマデリーンは立ち上がり、挑発的な笑みを浮かべ、


「このわたくしが、悪魔のルールを聞くと……痛ッ、イテ、イテテ、痛い、痛い、苦しいですわ、聞く、聞きますので、やめてちょうだい!」


 拘束を弱めたアヤの冷めた声が鈴のように鳴る。


「聞くそうだ、続けたまえ」


「う、うむ。まずマデリーン、お前は1つ勘違いをしている」


「勘違い?」


「ああ、これは悪魔のルールではない。この土地に縛られた土地神の定めたルールだ」


「土地神?」


 オウムのように言われた言葉を繰り返すだけとなったマデリーンは、神妙な面持ちで話を聞く。根は真面目なんだろうねと馨は感じた。


「ああ、土地神だ。この場でそのルールを破ることが出来るのは、その土地神を超える力を持った者のみだ、つまりマデリーン、お前にその資格はない」


「で、そのルールは何でして? ……まあ、察しはつきますけれども」


 佐久間も佐久間にしては神妙な面持ちを出来る限り配慮して作り、答えるが、その気配りは周りに理解されていない。顔にあまり変化がないためなのだが。


「ああ、ここでは戦闘行為を禁止されている。殊更、殺意を持った戦闘行為はご法度だ」


「な、そんなことは……」


 察しがついてなかったなぁと思ったが、馨は余計な口を挟まず黙って紅茶の香りを嗅いでいた。


「出来るのだよ。ここの土地神は……それだけの力を狂わずに振るうことが出来るんだ……つまり、ここは休戦地帯だ。それを破れるのはゼウスやアマテラス、ルシファーといった存在だろうな。わかったら大人しくしておくといい。俺としても、お前のような面白いキャラの喪失は望まん」


 一息に言い切ると、佐久間は紅茶で一息ついた。


「で、でも彼はわたくしに強烈な一撃を入れましたわ。わたくし、死ぬほど苦しかったのですもの」


 馨はバツが悪そうに、


「お姉さん、悪い。当身あてみのつもりだったんだけど、失敗した」


 つまり殺意はなかったと言いたかった。


「と、言うことだマデリーン……ついでだ、お前も俺の話を聞いてゆけ」


 口をパクパクさせているマデリーンを見下ろし、満足げに佐久間は足を組んだ。

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妖乙女と兎の王:水穂奇譚 粒安堂菜津 @TsubuAndonatsu

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