不死 8

 佐久間の周りを囲むように、地面や空間に小さな穴がいくつも出現する。

 佐久間は立ち上がり口を開けて呆然としていたが、やがて諦め顔で椅子に座り足を組んだ。


「ほほほ、観念したようね。緊縛の鎖よ、そして断罪の鎖よ、ものを捕らえその罪を償わせなさい<縛>!!」


 全ての穴から、勢いよくギャリリと軋む音を鳴らし緊縛断罪の鎖が飛び出してくる。しかし佐久間を捕らえる寸前に、その全ての穴が鎖ごと消滅した。


「なっ! 消去魔術キャンセルマジック! 誰!?」


 マデリーンは振り返り、アヤと馨を見るが、2人は首を振って否定する。


「くっ! やりますわね。『T・B・O・E』124頁<悪魔殺しデーモンスレイヤー>!!」


 マデリーンの手に本が現れると、自然にページが捲れ、該当する箇所で開かれた。

 すると本が輝き、中から剣のつかが現れた。

 マデリーンは柄を握ると、一気に抜き放った。それは、禍々しい形状の片刃の剣だった。刀身は黒く、赤いラインが入っていて、怪しいオーラをまとわせる。

 正に悪魔を殺すというよりは、悪魔が使用するといった方が納得できるデザインだ。

 その禍々しい意匠を見たアヤがほうと息を漏らす。


悪魔殺しデーモンスレイヤーというよりかは、神殺しゴッドスレイヤーという名前が相応しそうな外見だね」


「この剣は聖剣でしてよ、お嬢さん。これまで、多くの魔物や悪魔を退治しているの。たまに『ウアァァ』とか『ヴォエヴォエ』鳴るのはご愛敬よ」


「魔剣じゃねえか / 魔剣だな……」


 馨と佐久間が同時にツッコム。あの佐久間がツッコムなんて……マデリーン・グレゴリー、恐るべしと思う馨だった。


「いい加減にしろ、マデリーン・グレゴリー。ここでの争いは御法度だ。第一、俺はお前に何もしていないし、人を堕落させたことも……余りない。比較的無害な悪魔だと自認している。となれば、俺はただ人ではないだけだ。お前は人ではないというだけの理由で俺を殺すのか?」


「何もしていない? ……ふっ、白々しいことこの上なくてよ。それにこの魔け……聖剣悪魔殺しデーモンスレイヤー、抜き放たれたら最後、誰かの血を吸わない限り、本に還ることはありませんわ!」


「魔剣って言いかけたよな?」


「血を吸うって言っていたね」


 後ろでコソコソとツッコム2人に目もくれず、マデリーンは刃を佐久間に向ける。


「さあ、悪魔、終わりの時間ですわ。立ちなさい」


 佐久間は椅子に座ったまま紅茶を飲むと、肩をすくめ、


「分からんか? ならば俺を斬るがいいマデリーン」


 陰気な男は、口のを吊り上げる。その不気味な嘲笑は、普通の人であれば何かあるのではと躊躇してしまうものであった。しかしマデリーンは挑発と受け取り、口元を引き締め、渾身の一撃を放つ。


「遠慮なく斬らせていただきますわっ!」


 肩口から腰にかけて、見事一刀両断するかに見えた斬撃は、佐久間の体に届く前に消え失せてしまった。


「なっ!!」


 絶句するマデリーンの剣は、血を吸うことなく本に還されてしまった。剣を持たない彼女は佐久間の前でピッチングフォームを確認してもらう女子野球選手のようだった。


「ご覧の通りだマデリーン。ここでは……」


 佐久間が流暢にこの場のシステムを語ろうとした際、マデリーンに影が迫った。

 その影こと馨は、彼女の虚を突き鳩尾みぞおちに強烈な当身あてみを叩きこむ。


「ぐふぅ」


 マデリーンは膝から崩れ落ち、腹部を押さえてのたうち回る。


「うううぅ……痛い苦しい、痛い苦しい……」


「あれ? 失敗した……ア、アヤ、早く縛り上げろ」


「死角からの見事な一撃。PFP1位も狙えるね」


「いいから、早く」


 アヤは身に纏う漆黒のケープから、「刃の帯」を出し、マデリーンをグルグル巻きにして拘束する。「こんな使い方は初めてだよ」とぼやきながら。


 時代劇みたいにはいかないんだなぁ(かおる)……心の中でそう呟いた馨であった。


「喜劇役者が揃えば、喜劇しか起きないのだよ、マデリーン」


 佐久間は呆れ気味に笑う。

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