デートを妨害しただけなのに

虎渓理紗

デートを妨害しただけなのに

 好きな人ができた。

 目があった瞬間から、その人だけがいればいいと思えるほどの。

 恋をした、桜散る入学式の春。

 すぐに分かった。

 彼も恋をした。私の隣にいる私と瓜二つの少女と。

 大好きな彼は、私と同じ顔をした彼女のことが好き。彼女は私と同じ顔をしているくせに、勉強も運動もなんでもできる人気者。

 明るく可愛いクラスのムードメイカー。

 そんな彼女に彼は惹かれていった。当然だ、私が男だったらきっと彼女を恋人にする。完璧で可愛い私の鏡写。何一つ、彼女に勝てない私は、彼の心を奪うことは出来ない。

 二年に上がった春、彼女は言った。

 ――彼と付き合い始めたの。

 その一ヶ月後。デートに出かけた。

 そのデートの中で、交通事故に遭って死んだ。



「で、どうすんの? あんたのせいで死んだんだけど」

 我ながら酷い言葉だと思う。吐き捨てるように。当てつけのように彼をなじった。

 対面する彼。気まずそうに身を捩る。そこに、わんこのようなへにゃりとした笑顔はない。

 そんな顔をすることもあるんだ、光莉ひかりは見たことがあったのかもしれないけど。

 案外、目が鋭い。意外だ。真顔の彼の顔は、男性にしては綺麗で透明感のある肌は輝いていた。

 ――憂いに満ちた表情さえもイケメンとかズルい。

「分かってる」

「……は? 分かってるって何が」

「俺が、押し倒さなければ」

「そうだよ。あんたのせい」

 私たちしかいない喫茶店は静かだった。ここは学校の最寄りでも駅前でもない。親に連れられてよく来た昔馴染みの喫茶店で、彼も光莉と共に来ていたはずだ。

 おしゃべりな店長がいるせいで私はこのお店が得意ではない。見知った顔を見つけるといつも長話をしてくる。私たちの家庭環境もあるせいか、執拗に気にかけてくるのが嫌なのだ。そんな店長も今日はおとなしい。

 まぁそれは助かるんだけど。

 光莉はいつもカフェモカを頼んでいた、真逆なんだね。とかなんとか話しかけられるこっちの身にもなってみればいい。光莉は甘いものが好きだ。双子だとしても好みは別。違うものが好きになる。私は苦いカフェラテが好きだ。

明莉あかりちゃん」

 彼が私の名前を呼ぶ。

 私が好きになったその声で。

「名前呼ばないでって言ってるじゃん!」

「ごめん」

「あんたがいなかったら、あんたがいなかったら……死ななかったのに!」

 彼はなにも言わない。あの綺麗な顔にカフェオレをぶっかけたくなった。ぐちゃぐちゃにぐちゃぐちゃになって仕舞えば良い。ぶっかけても時間は戻ってこないのだから。

「光莉、もう一人なんだよ」

 彼は少し俯いてあぁ、と頷いた。

「お父さんは小さい時に私たちを置いて出ていっちゃったの。彼女ができたんだろうね。そういう人だったから。で、お母さんは私たちのために仕事をして。元々体が弱い人だったからすぐに死んじゃった。私たちは二人で生きてきたの」

 光莉が、店の外を走っていくのが見えた。この店は私たちの家から駅までの通り道。慌てて走る彼女の口にパンが咥えられている。

 あいかわらずの遅刻魔だ。

「どうすんのよ、これ」

「どう……って」

「あんたが押し倒したせいで死んじゃったじゃない!」

 足元を見る。席に座っているだろう身体は透明なフィルムのように透けている。それなのに、座ろうと思えば席に座り、立とうと思えば足は地面に着く。まぁ、それは感覚であって実際はそうではないのだろう。立ったとしても、足は地面につかない。ふわふわ途中に浮く体を安定させるのに、慣れが必要だとは思わなかった。

「あんたが光莉とデートをするっていうからっ!」

「……明莉ちゃん、でいいんだよね」

「そんなことどうでもいいわぁ!」

 目の前に座っている彼の身体も透けている。顔だけは透けていても輪郭があり、人の顔は幽霊になっても残っているものなのかもしれない。確かに心霊写真でも幽霊の顔はハッキリ写っている。幽霊になってもイケメンオーラを隠せない彼は、私に向かって恭しく自己紹介をし始めた。

「二年四組、大河暁斗たいがあきと、野球部ピッチャー、四番です!」

「そんなこと知ってるっつーの! この前の試合でホームラン打ってたでしょ!」

 キョトンと目を点にする彼は、私の顔を覗き込む。あーあーあー、やってしまった。彼のプロフィールは頭に刻み込んで知っている。彼の試合は光莉についていって全部見たし、光莉がバイトで行けない日も全部行った。

「明莉ちゃんは、六組でしょ? なんで俺のプロフィールを……?」

「光莉が教えてくれたの!」

「あ、そっかぁ。光莉……俺のこと見てくれてたんだ……」

 しんどい。

 何がしんどいかって、この場でポッと顔が赤くなる好きな人を見るのが辛い。私と一緒に死んだくせに私のことなんか見えちゃいない。しんどい。しんどい。神様なんか死んでしまえ。

「光莉とあんたが付き合わなければッ!」

「思うんだけどさ、」

 彼はまっすぐこっちを見つめる。黒い瞳が私を見る。えっ、あっ。確かに『私のことなんか見えちゃいない』とか思っていたけど、それはさ、えっと。そんなに見つめられるとちょっと……。

 心の準備というものが。

「なんで明莉ちゃんはあそこにいたの」

「ひぇッ、?」

「俺は、光莉とデートだったんだ。駅で待ち合わせ。なのに来たのは明莉ちゃんだった、そうだね?」

「そ、そうだったん……だぁ?」

「嘘つくなよ。明莉ちゃんは知ってて光莉のフリをした、そうだよな?」

「そんなことないけど!」

「光莉はどうしたんだよ」

 目が、尋問に変わる。ああそうか、眼光が鋭く感じていたのは私を疑っていたせい。確かに私は光莉の代わりに彼の前に現れた。光莉のフリをして、少し復讐の気持ちを持ち。

「よ、よく分かったわね」

 親でさえも私たちの入れ替わりに気づかなかった。それほど私たちはそっくりの双子。なのにどうして彼は気づいたのか。

 光莉に惚れたくせに私に惚れなかった慧眼なのだろうか?

 我ながら、自分の正体に気づいた敵組織を試すような口振りになり、妙な緊張感が漂う。

「光莉はそんなに服がダサくない」

「は?」

 聞き間違いだろうか。え、なんて。

「ダ、ダ……?」

「正直言ってダサい」

「ダ、サ、イ?」

 私が彼のデートにやってきたのは、光莉がアラームが鳴っていたくせに起きなかったから。光莉は寝起きが良くない。私がいつも叩き起こして学校に行く。なのにいつ起きても完璧美少女の光莉。私とDNAが同じなんて信じられない。

 今日も当たり前のように寝坊した光莉の枕元にあったのは、ふわふわスカートと花柄のシャツ。

 寝ぼけた声の双子の片割れはこう言った。

『明莉ぃ、代わりに行ってきて……』

 光莉は所詮、彼のことなんて告ってきたから付き合っているに過ぎないのだ。彼氏を取っ替え引っ替えしていた彼女にとって、告白とは日常茶飯事。睡眠と彼なら睡眠を取る。

 その時に思いついたのだ。なら、めちゃくちゃダサい格好でデートに行けば、彼は幻滅して光莉と別れる。よし、これで行こう。

「どこで買うの、そんな服」

「服のことなんてどうでもいいでしょ!」

 ダサい服を着てデートに現れて辱めてやれ、それだけだった。ムカつくくらいモテる片割れへの復讐。けれど、自分の正体に気付かれればそんな思惑など泡となって消える。

 死にたくなってきた……もう死んでるけど。

「なんで私が明莉だと分かったの」

「え、分かるけど」

「気づかれないと思ったからこの服を着てきたのに! 待ち合わせから気付いてたじゃん! で、なんか揉み合いになって! 押し倒されてっ、庇われて! あんたと一緒に道路に飛び出しちゃったんじゃない!」

「ごめん。……俺、あまりにもダサい服を見ると頭にカッと血が昇って……ファッションチェックをしてしまうんだ……」

 なんだその体質は。

「光莉はいつもデートに可愛らしい女の子ファッションを着てきたから……明莉ちゃんだとすぐ分かった。光莉から明莉ちゃんのファッションについてはよく聞いていたけど、ここまでとは……」

 えっ、なに。

「明莉ちゃん。服を買いに行こう。今日からそのダサダサファッションから抜け出そう?」

「は?」

 なんで私が説得されてるの。

 というかこの服は光莉を辱めるために着ただけで、いつもの服はまともなはず。というか双子の片割れのファッションについて彼氏に話す光莉も光莉だ。なにを暴露してるんだ彼女は。

「黄色と茶色の縞々シャツに黒いズボンを合わせるハイセンスは買うよ、でも遠目から見ると君はハチそのものだ。おまけに大きめの光り物ネックレス。大抵の害虫は君に寄ってこないだろうね。その服は虫除けとしては最高だと思う。でも明莉ちゃんは人間なんだ。人間らしいファッションをしてこそ、ランウェイを歩く権利が与えられる」

 ガッと手を握られる。幽霊だから感覚なのだけど。あまりにも熱を持った瞳に見つめられ、思わず心臓がドキドキしてしまう。

 これもかれも、顔が良いのが悪い……。

「明莉ちゃんを俺がプロデュースする」

 プロポーズの間違いじゃ、……無いんだろうな……。



「明莉!」

 目が覚めた時、目の前に映ったのは白い天井と首を絞めるように抱きしめてくる双子の妹。

「光莉! ぎぶ、ぎぶぎぶ……」

 生き返ってすぐ殺されそうになりながらも、どうやら私は生き返ったらしい。異世界にも行ってないし、現世に戻ってきた。

 私たちにぶつかってきた小型トラックが速度を緩めていたのも幸いだったらしい。彼に押し倒され飛び出した道路、そのあとすぐに彼は咄嗟に身を捻って私をトラックから庇った。その運動神経には感嘆する。

 それは感謝すべきことなんだろうけど。

 だが、元はと言えば彼が押し倒したせいなのだ。それも服がダサかったという理由だけで。

 私たちは二人してその場で気を失い、病院に担ぎ込まれた。このまま死んだらどうするつもりだったのだ。私はあの格好で棺に入りたくはない。

 その後、彼と光莉は別れた。

「顔は良かったけど……デートの時にいちいちうるさくて。たまにはジーパンTシャツでも良いじゃない? 彼うるさいんだー」

 と、周りには言っていた。「えー、それくらい良いじゃん」とか「そんな理由で?」など光莉は言われていたが、幽霊だった時に聞いたあの力説を聞く限りまともな理由に思える。学校は制服なのだから私服で会うような人にしかその面は見えてこないのだろう。

 私も恋は壊れてしまった。

 壊れたはず、……なのだが。

「明莉ちゃん、この雑誌のこのページのこの服とこのスカートを合わせたらどう? 明莉ちゃんは足が長いから似合うと……あ、このサンダルとか最高だと思う。きっと似合う。一緒にパリコレのランウェイを目指そう。君はモデルになるべきだ」

「あの、他クラスの教室に勝手に入るのは禁止なんだけど」

「これはどう? 明莉ちゃんは体型を魅せるファッションの方が似合うと……あっ、このシャツ良い。最高。きっと君に似合う」

 ファッションオタクは、私の前に椅子を持ってきて座り、永遠ファッション雑誌を広げておすすめの服をレクチャーしてくる。

 あの日からずっと。

「そもそも、なんで光莉と付き合ってたの」

 相変わらず顔が良い。野球部のくせに日焼けの跡はなく、きめ細やかな肌は透き通るようで。ベンチで日焼け止めをこれでもかと使っているのを知った時、彼のブレなさに驚愕した。

「入学式で見た時に一目惚れをしたんだ。あんなに美少女な子はいない、だろ」

「思ったより最低な理由だった」

 顔で人を好きになる最低なやつ。だけど、それは私もそうだ。私も彼がイケメンだったから好きになった。笑う顔も真顔も尋問する顔も全て。

 良い。

「確かに光莉ちゃんは可愛かった。でも、何かが足りない。その何かを探っていた時に、明莉ちゃんがデートに来た。クソダサファッションで」

「クソダサは余計だっつーの」

「光莉ちゃんはそのまま光みたいな子だったけど、違うんだよ。俺がしたいのはそう、磨けば光る原石を光らせる職人……」

 彼は雑誌から目線を上げる。真面目な顔に一瞬だけ心が揺れる。揺れてしまうのが憎い。

「君は原石だ! 俺は必ず君を光らせてみせる!」

「えっ、あの、ここ教室」

「俺、考えたんだ。光莉ちゃんと明莉ちゃんのDNAは同じ。双子なんだからね。明莉ちゃんにも光る可能性はある、権利があるんだ! ……光ってみないか

 周りはなんだなんだと騒ぎ始める。彼は周りになんか目もくれず、一身に私を口説き落とす……ように見えなくもない。というか周りから見ればそうだ。私は口説かれているのだ。

 このイカれたファッションオタクに。

「さぁ! 俺と一緒にランウェイを歩こう!」

 そして、残念ながら私は彼の顔に惚れていた。本来ならば私なんか視界の中にもいなかったくせに。こんなことがなければ一生私のことなんか見なかったくせに。爛々と目を輝かせ、息を切らすこの男は自身の野望にしか眼中にないのだ。

 最低だ、最低な男だ。本当に最悪。

 私が光莉と双子だからと、光莉のようになれと言っているのだ。

「まず、そのそばかすから消そう。俺、化粧品持ってるからすぐにでも」

「…………っ! このルッキズム最低男――ッ!」

 絶対もう好きになんかならない。ならないはずなのに、この胸の高鳴りはもう止められない。

 もう! デートを妨害しただけなのに!〈了〉

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