戦艦

 ロサンゼルスでの宿はここより北、ハリウッド近くで、観光先の大部分もこの空港よりも北に固まっていた。唯一、戦艦アイオワ博物館だけがこの空港よりも南に位置しており、重たい指示器音のバス、異常に獣臭いモノレールを乗り継いで烏丸君は博物館を目指した。最初、この国でバスの大きさに目を引かれた彼だったが、外を眺めると道幅、消防車、道路の瑕疵さへも大きいことに気がついた。バス停に立つ人々は、バスを呼び止める為に腕を挙げていたが、こんな容易に想像出来る文化的差異にも、彼は小さく衝撃を受けていた。

 烏丸君がこの博物館に関心を払ったのは、彼が軍艦を愛でる性格を有していたからであった。十代中頃に海上自衛隊士官になることも考える程度には、彼は軍艦に対して人一倍の興味を抱いていた。

 埠頭が開けた場所に出ると、遠くの無骨な陰が彼の目に入った。歩みを進めることで無骨さの中身は照らされ、かつて抱いていたこの景色に対する憧れを、彼は足を踏み出す度に思い出し、目を輝かせた。

 烏丸君は上甲板へ上がり、動けるところを隅々歩き周りながら、艦全体の無表情な乱暴さに子供じみた興奮を憶えた。興奮冷めやらぬ内、彼は戦艦の内部へとタラップを下っていったが、そこは一言で淡泊、グロテスクなまでに淡泊な空間だった。甲板上部の様な無骨さを排除した、人間性を詰め込んだ空間は彼の無邪気な興奮を殺した。真っ白な帆布を見る様な目をさせて足を運び、短い間で再び彼は甲板へと上がった。

 烏丸君は戦艦を後にし、市庁舎を見に中心地へと向かうためバスに乗り込んだ。乗り込んだバスで彼は、ある黒人の男が何の為か持ち込んでいる、ラジオカセットから流れている雑然とした音を耳に入れながら、遠くの摩天楼を眺めていた。

 市庁舎に最寄りのバス停に降りるた烏丸君は、そこから市庁舎を見ることが出来た。綺麗な白地で、軒に星条旗を敷き詰めて鎮座しているそれは、ゴミに溢れ、家を持たない人々のテントに占有された道に囲まれていた。

 地下鉄で宿を目指す彼は、主張を点滅させている掲示板を横目に、動かないエスカレーターを下った。落書きに彩られた車両の中では犬と自転車が戯れ、煙草をくわえた人間が烏丸君の後ろから響いている、地下鉄の走行音をかき消す音楽に、怪訝な顔を向けていた。

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外遊 二橋 吉葉 @Kitsuha_Hutabashi

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