『法照寺怪談会』麻川了然 地

【櫻岾】の駅に着いた時にはもう

辺りは薄暗くなっていました。勿論

私にとっては通い慣れた山道ですが

初めて訪れるAにとっては、葬列に

行き遭った事が思い出されるのか、

先程よりも怯えている様に見えました。

普段から余り灯りがない上、大きな

屋敷の海鼠壁が続く辺りは怪談には

打ってつけの風情があります。




漸く寺の門を潜ると、私は当時の

住職である父に事情を話して助けを

乞う事にしたのです。



父は話を聞くなり顔色を変えました。

そしてAに尋ねたのです。


「…そもそも、B君とC君というのは

本当に君の友人なのかな?それから

君の所に呼びに来るのは、誰だ?」

私は父が何を知ろうとしているのか

サッパリわかりませんでした。



「…BもCも確かに中学生の時に同じ

クラスだったんです。少なくとも僕の

記憶では。」「そうか。」「呼びに

来るのは、Cだと思いますが…とても

悍ましいモノです!まるで…。」


「それ以上は言わなくていい。」


突然、父がAの言葉を遮りました。

いつも温厚で冷静沈着な父でしたが、

この時は明らかに 何か を過剰に

警戒している様でした。

「今夜は一緒に本堂で過ごしなさい。

絶対に寝てはいかん。そして、何が

あろうと  に返事をしては

いけない。いいね?」父はそう言うと

私たちを寺の本堂に文字通り


 閉じ込めてしまったのです。





本堂の夜は静かに更けて行きました。

堂内での会話が禁じられなかったのは

不幸中の幸いでした。


「…麻川、済まない。俺のせいで

お前や御住職様にまで迷惑かけて。

実家で何とか出来れば良かったんだが

何せ曹洞宗は禅寺だから。哲学的な

修養ばかりで、いざという時に何かの

手立てがある訳じゃない。」

「いや、それは。」真言宗とて同じ事。

只、父の様子から尋常ならざるものを

私自身も感じていました。


事実、本堂の四隅には盛塩がされ、

障子には真言の書かれた和紙が貼られて

います。これで今、この空間は俗世とも

彼岸とも隔絶させられている。

勿論  にではありますが。


「俺が、◻️◻️◻️◻️なんかに…。」


彼が呟いた瞬間でした。 ドン

ドン ドン ドン  ドン ドドン


 本堂の木戸が叩かれたのです。


 ドン  ドン ドンドン ドン

「ッ!」「…?!」父が態々そんな

事をするとは思えません。腕時計は

夜中の三時を回っています。



「麻川ッ!」「…しっ。静かに。」

戸を叩く音は止みましたが、代わりに

何か、ボソボソとした声が本堂の

あちこちから聞こえて来ました。

「…呼ばれてるんだ。」Aが、今にも

泣きそうな声で言いました。

「そうは聞こえないよ。取り敢えず

何か聞こえても返事はするなよ?」

「あ…ああ。」Aは、座布団を頭に

乗せたかと思うと、自分の両耳を

押さえました。



そこで、気付いてしまったのです。


このボソボソとした声は、

其処彼処から聞こえるという事に。

「…ッ?!」思わず、声を上げる

ところでした。


      り ょう ね  ん



確かに、私の名が囁かれたのです。

何故、私が呼ばれるのか。それ以上に

これは一体  なのか。


私は声を出さずに心の中で般若心経を

誦えました。






「了然、了然…起きなさい。」「…?」

私は父に起こされて目を覚ましました。

もう既に夜は明けている様子でした。

 「…Aは?」彼は大丈夫だったのか。

「お前に、そんな友達はいないのでは

ないかな?」父はそう言うと、一つ

深い溜息をつきました。


「お前はに使われたのだろう。

どういう理由かは知らないが、Aだと

お前が認識しているは、この寺に

封じている◾️◾️に相見える為、お前を

利用したのだろう。尤も、相見えた

瞬間に消滅してしまった様だが。」

父である先代の住職は、そう言うと

何事もなかった様に本堂を出て行って

しまいました。



後には座布団が何故か、乱雑に

置かれてありました。







さて、私の話で今回の怪談会は終了と

相成ります。お話を提供して頂いた

皆様には感謝を。そして聞き手として

ご参加下さった皆様にも心より感謝を

申し上げます。安全祈願の読経にて

終了と致しましょう。



次回の『怪談会』も、是非とも多くの

ご参加お待ちしております。










語了



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法照寺の咒 小野塚  @tmum28

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