第4話 今宵の月のせい(おまけ)
別室で謹慎するミアの元へ、朝と夕方、血圧と脈を測りに行く。
ここひと月近く続く、イェルクの日課だ。
ロザーナとアードラのせいでいつも以上に寝不足を抱える今朝も、その日課は変わらない。きちんと身なりも整え、ミアが待つ部屋の扉を開ける。
「おはよう!ミア!」
「おはようございま……」
ミアがびくっと肩を跳ねさせ、つぶらな紅眼を大きく見開く。
「あの、ケンカ、でもしたんですか?」
「ああ、これか?」
大判の湿布を貼ってもごまかしきれないほど、腫れ上がった左の頬に自ら手を宛がう。苦笑いしようにも、唇も切れているし、少し表情筋を動かしただけでかなり痛い。
「まぁ、名誉の負傷ってやつだ!殴り合いのケンカをするほど俺は若くないしな」
ロザーナを車に運ぼうとしてやられたのだが、黙っておく。
真面目で心優しいミアのこと。相棒の失態ですら我がことのように受け止め、感じなくていい責任を感じてしまうだろう。
名誉の負傷という言葉にミアは首を傾げるも、更なる追及はしてこなかった。
「だが、心配してくれてありがとう」
「うん。ケンカじゃないならいいんだけど……」
追及はしてこなかったが、どうしても怪我が気になるらしい。
血圧と脈を測る間、ミアは何度もイェルクの左頬へちらちら、視線を送ってくる。
その、一点の曇りなき純粋な視線があまりに痛すぎて。
部屋を出るまでの間、イェルクはうっかり真相を漏らしそうになるのを必死に耐えていた。
※※※※
朝一から任務に出る時は、住処の厨房でコーヒーを飲む。
アードラの習慣の一つだ。
特に今朝はロザーナのせいで睡眠不足。いつもより少し濃い目で飲む。
頭がすっきりしてくる。
少しホッとした気分でいると、厨房の扉が開いた。
「げっ!」
「おはよう。帰還早々、『げっ!』はないんじゃない?」
睡眠不足と昨夜から続くイライラが手伝い、つい真顔で毒を吐く。
真顔で振り向いたアードラに、ラシャは一瞬言葉を詰まらせ……、たかと思うと、ぶっふぉおおう!!と盛大に噴き出した。
「あ、あんた……、な、なに、そ、その顔……、ど、どうした、の……、あっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃっ!!!!」
腹を抱えて大笑いするラシャが思いきり指を差した先、アードラの右頬には気の毒なほど目立つ、大きなひっかき傷がついていた。
「どうせ女子にやられたんでしょー?ざまあってやつ?ぶっ、ふふふ……、あーーーー、おなかいたーい!!!!」
終いにはテーブルに突っ伏し、天板をバンバン叩いてもだえ苦しんで大笑いするラシャに、「いい加減しつこいんだけど。かわいい顔に風穴開けられたい?」と、割と本気で問うアードラだった。
(了)
お姫様になれない私たち 番外編&SS集 青月クロエ @seigetsu_chloe
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