ムササビ

栃木妖怪研究所

第1話 ムササビ

 私の住まいは、森と田畑の中にある集落です。子供の頃と変わった事があります。それは、動物をたくさん見かける様になった事です。

 子供の頃は、哺乳類に限って言えば、犬猫以外ですと、イタチか野うさぎか、アブラコウモリ位でした。

 ここ20年位の間に道路では、しょっちゅう狸の礫死体を見かけるようになりましたし、外来種のハクビシンやアライグマも見かけ、最近では新聞でも騒がれているように、熊や鹿やニホンカモシカまで、里に降りて来るようになりました。

 マスコミでは、ドングリが減ったとか色々言っておりますが、昔見なかったのは山に樹木が大量にあって、人里に出なくても餌があったからでしょうか。

 今は山には発電施設だらけで、動物達は発電施設等関係ありませんから、里に出て来てしまうのかな。と思っております。


 子供の頃、森で目撃して感動したのはムササビです。モモンガという似た奴もおりますが、大きさが全然違います。

 モモンガは30センチ位ですが、ムササビは1メートル近くの奴もいます。夜行性で、森の中で遭遇すると真っ暗な中を忍者の様に木から木へ飛んで行きます。


 妖怪に「野衾」と呼ばれる物がありますが、多分正体はムササビでしょう。夜に遭遇すると、とんでもなく大きく感じるので、襖が飛んでいると思ったのでしょう。

 そんなムササビも、森が発電所になってくると、ほとんど見かけなくなって来ました。


 あれは、9月の頃でした。秋になってくると、夕陽による影はどんどん長くなって、頭が小さく、やたらと両腕が長くなって行きます。それが楽しくて、夕暮れ時に影を写して季節感を感じておりました。

 その日は、夕方に職場を出て、久しぶりに見る宇宙人のような影に気づき、時々両腕を広げては、「我々は、宇宙人だ。」等と一人で歩きながら心で呟いておりました。


 その時です。頭を掠めて、襖の様な真っ黒い影が一つ、スーと通り抜けたのです。

「え?ムササビ?」と思い、びっくりしました。夕方とは言え、まだ残照が残っている時間。しかも田舎とは言え、まだ住宅地です。


 するとまた真っ黒い大きな影が一つ。スーと飛んで、数件先にある家の屋根を通り抜けた様に消えました。

「何だ?これ。」と訝しく思ってのですが、それ以上は詮索する事もなく、自宅に帰りました。


 翌朝、通勤途中にその家を通りかかったら、警察車両が止まっています。ご近所の方々も、集まって何か話しています。

「何かあったんですか?」と、顔見知りの主婦の方を見つけ、聞いてみました。

「この家に、受験生の○○子ちゃんっていたの、知ってます?」

「名前までは知らないけど、高校生の女の子いましたね。」

「昨日の夕方に、部屋で亡くなったんだって。自殺みたいよ。夜、お父さんが帰宅して見つけたんだって。毒物飲んだらしいわよ。」

「え?お母さんはいなかったのですか?」「数日前から、行方不明になっているんだって。」何故か、ゾッとしましたが、

仕事に行く時間なので、話はそれまでしか聞けませんでした。


 数日後、森の中で母親の縊死体が発見されました。死亡推定日時は娘さんとほぼ同じ。私が真っ黒なムササビを目撃した時間でした。  了

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ムササビ 栃木妖怪研究所 @youkailabo

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