アンコール

性に合った仕事

 驚いたことに、西城俊一が白骨遺体を掘り起こした現場から、別の白骨遺体が発見されたのだ。

 種市結衣の遺体の発掘現場から、別の白骨遺体が発見された。西城俊一は二人の遺体を同じ場所に穴を掘って埋めていた。しかも、検死の結果、二人の殺害時期はほぼ同時期であることが分かった。西城俊一は二人の人間を殺して、山に埋めていた。

 もう一人の白骨遺体は十代から二十代初めの若い女性だった。身元は分かっていない。

「どういうことだ⁉ 種市結衣の遺体の他に、若い女性の白骨遺体が出てきたぞ!」柊から問い詰められた西城俊一は顔色を変えた。

 どう言い訳しようか、知恵を巡らしているようだった。こういう時は、考える暇を与えてはいけない。茂木が隣から一気に言い放った。「千葉県船橋市にあるあなたの実家に行ってみました。立派な一戸建てですね。妙だったのは、二階の部屋です。窓がすりガラスになっていて、外から見えないようになっていました。更に、窓の外には鉄格子があって、まるで中から脱出することができないようになっているのです。部屋の中にはバス・トイレに冷蔵庫までありました。それに、一番、不審に思ったのは、内側ではなく、部屋の外からドアに鍵がかかるようになっていたことです」

「そ、それは・・・」

「あなた、少女を監禁していたのでしょう‼」

 茂木の一言で俊一はがっくりと首を折った。

 西城俊一は自供した。証言によると、監禁していた少女は家出少女で、名前も知らないと言うことだった。町で声をかけられて、千葉にある実家に連れて行った。西城俊一の両親は都内のマンションに引っ越しており、千葉の実家は、無人になっている。そこで、俊一は少女を監禁していたのだ。

「家出少女を千葉の実家に連れ込んで、まあ、その、楽しんだ後、僕が西城春禰の夫だと知られ、『友だちに自慢できる!』とあの子が言い出したのです。『こんなこと、妻にバレると大変だ。頼むから、黙っていてくれ』と何度も頼んだのですが、聞き入れてもらえませんでした。それで、仕方なく少女を監禁したのです」と俊一は証言した。

「変ですね。窓ガラスをすりガラスにしたり、鉄格子をはめたり、鍵をドアの外につけたり、そんなに直ぐに出来るものですか?」

「そ、それは、ええっと・・・あの・・・空き家なので、空き巣に入られたら困るからです。だから、前々から鉄格子を取り付けたりなんかしていたのです。外側から部屋に鍵がかかるようにしたのは、少女が言うことを聞かないので、監禁することにした時に、鍵を買って来て取り付けただけです。はい」

「あの部屋は監禁目的で作られた部屋ではないのですか? 白骨遺体で見つかった少女の他に、監禁されていた少女がいたのではありませんか⁉」

「・・・」西城俊一は黙秘した。俊一にはまだまだ余罪がありそうで、現在、捜査中だ。

「あなたが少女を監禁しただけではなく、殺害した。何故、罪もない少女を殺したのです⁉」

「そ、それは・・・仕方なかったんだ!二人とも、生かしておいては、私は・・・身の破滅だった。殺すしかなかった・・・」

 種市結衣並びに少女の殺害について、西城俊一は罪を認めた。

 西城俊一は少女を監禁して、毎日、通いつめた。食事の面倒を見る為だったと証言している。その内、少女の存在が重荷になってきた。

 そんなある日、実家に少女を訪ねた後、品川のマンションに戻る途中、ふと嫌な予感がした。野生の感だ。ちゃんと鍵をかけたかどうか不安になった。車をUターンさせて実家に戻ると、そこに女がいた。種市結衣だ。西城春禰に頼まれ、西城俊一の身辺調査をしていた種市結衣は俊一が、毎日、千葉の実家に戻っていることを不審に思っていた。そして、留守中、家に忍び込んだのだ。

 白骨遺体が埋められていた場所から、種市結衣が使用していた手帳が発見されている。地中に埋まっていた為、解読不能な箇所が多かったが、西城俊一が実家に少女を監禁しているのではないか――と結衣が疑っていた形跡が残っていた。

 西城俊一は種市結衣と鉢合わせした。

 種市結衣にとっては不幸だったことは間違いない。果たして、俊一にとって幸運だったのだろうか。

 種市結衣は部屋の中に人が監禁されていることに気がつき、鍵を開けようと必死になっていた。背後から近づく俊一に気がつかなかった。

 監禁部屋を作り上げる時に使った工具箱が玄関の靴箱の下に置いてあった。俊一はそこからスパナを取り出すと、後ろから忍び寄って、種市結衣の後頭部を殴りつけた。

 気絶させようと思っただけだ――と俊一は証言している。

「ドラマじゃあるまいし、スパナで思いっきり、後頭部を殴りつけたら、気絶するだけじゃ済まないことくらい分かりそうなものだろう!」柊が怒鳴る。

 種市結衣は一撃で絶命した。

 血痕は拭きとってあったが、部屋のドアや廊下からルミノール反応が出た。科学捜査により、種市結衣のDNAと一致している。

「そして、少女も殺害したのか⁉」

 種市結衣を殺害した俊一は、一気にカタをつけようと思った。少女の存在が重荷になっていた。かと言って、このまま開放する訳には行かない。

 俊一は部屋に押し入ると、少女を絞め殺した。

 二人を殺害した俊一は遺体を車に乗せると、別荘の裏山へ向かった。妙仏山が売りに出されているという話を聞いて、春禰が買い取ってくれたのが幸いした。(要は地元の強欲な地主が二束三文のクズ山を高値で春禰に売りつけただけだ)と思っていたが、口には出来なかった。春禰のことだ。そんなことは百も承知だっただろう。

 妙仏山に二人の遺体を埋めた。

 実家の指紋や血痕は綺麗に拭き取られていたが、外から鍵がかかるようになったドアや窓の鉄格子はそのままになっていた。ほとぼりが冷めた頃、西城俊一は再び、少女を監禁するつもりだったのかもしれない。卑劣な男だ。

 種市結衣が行方不明になったことに、西城春禰は疑念を抱いた。(何かがおかしい。俊一が絡んでいるのではないか?)野崎から紹介された探偵を雇って調べてもらったが、結局のところ、肝心なことは何も分からなかった。だが、疑念は深まった。

 そんな時、思いもかけず、別の情報ソースから情報がもたらされた。

 殺害現場に、西城春禰の携帯電話が無かった。俊一は『知らぬ存ぜぬ』とシラを切り通したが、品川のマンションの家宅捜査で春禰の携帯電話が見つかった。奇しくも俊一が言った通り、「犯人が持ち去っていた」のだ。自宅に持ち帰って、隠し持っていた。

 ロックがかかっており、俊一は携帯電話の内容を見ることができなかった。それでも、いずれ何とかするつもりで隠し持っていたようだ。

 携帯電話を押収して調べてみたところ、昨年の夏頃に春禰は自信のSNSのアカウントを閉じていたことが分かった。遺言を書き換え、俊一の相続分を減らした頃だ。当時のアカウントを復活させて調べたところ、ファンからの書き込みの中に、『わたしの友だちが、あんたの旦那に誘われてついて行ったまま、行方不明になっているの。あんたの旦那の仕業に違いない。彼女をどうしたの? 彼女を返して』という書き込みがあった。

 春禰はSNSのアカウントを閉じた後、書き込みを行ったファンと連絡を取り合っていたようだ。早速、少女を探し出して話を聞いた。書き込みを行ったのは岡村という名の少女だった。

 田舎から坂本という名の同級生の友人と一緒に家出してきて、渋谷のセンター街で男から声を掛けられた。「すっごいイケメン」と岡村は言った。「一緒に遊ぼうよ」と声を掛けられ、友人がついて行った。彼女は「よしなよ。危ないやつかもしれないよ」と止めたが、友人は「大丈夫。きっと悪いやつじゃない」と言って聞かなかった。

 その後、「やだ~こいつ。品川にマンション持っているとか言っていたのに、千葉の田舎のダッサイ家じゃん。ガッついてるし、もう嫌」と坂本からメッセージがあった。そして、それきり音信不通になってしまった。

 携帯電話を取り上げられたのだ。坂本の携帯電話は遺体と一緒に埋められ、遺体の傍から見つかっている。

 岡村は「西城春禰の大ファン」だと言うことだ。男の正体に気がついていた。「西城春禰の旦那だよ。間違いない。売れない映画監督なんで、みんな顔を知らないのね」と言い、友人が戻って来ないので、心配になって春禰のSNSのアカウントに書き込みを行ったのだ。

 その後、何度か連絡を取り合い、年末に直接、春禰と会って話をする機会を得た。

「もう、感激~西城春禰と会って話をしたんだから。すっごい美人だった。優しかったしね。焼肉食べたいって言ったら、高給そうなお店に連れて行って、店で一番、高い肉を食べさせてくれたの。しかも、個室よ。サカモっちゃん、きっと探し出すって、約束してくれたの。話が終わってからね~お礼だと言って、万札もらったのよ、刑事さん」岡村は悪びれもせずにそう言った。

 春禰は種市結衣の失踪と少女の事件を結び付けたようだ。

 夫婦のことだ。西城春禰は俊一の犯行に気づいたに違いない。ある日、俊一は春禰が俊一の携帯電話を盗み見ている姿を目撃する。やはり夫婦だ。春禰に気付かれたことに、俊一も気がついた。

 そして、先手を打った。早く殺してしまわないと、このまま離婚され、無一文で放り出されてしまう。警察に突き出されてしまうかもしれない。俊一はそれを恐れた。

 西城春禰の殺害動機について、俊一は更にこんな話をしている。

「結婚の際、婿入りして西城姓への改姓を求められたことは屈辱でした。私の旧姓をご存じですか? 旧姓は山名と言って、源氏の一族である由緒正しき姓なのです。山名氏と言えば、室町時代には山陰地方を中心に、十一カ国を有する守護大名でした。当時、全国で六十六カ国しかなかったそうで、天下の六分の一を領有した為、六分の一殿と呼ばれていたそうです。まあ、その傍流のそのまた傍流ですが、春禰なんかと比べたら、うちの方が由緒正しい家系です。正直、婿入りで改姓させられたことは嫌で嫌で仕方ありませんでした。両親も大反対でしたしね。

 それに、もうひとつ、結婚の際、春禰から言われたことがあります。『あなたとの間で、子供はつくらない』ということです。『自分には母性がないから』というのが、その理由でした。私には、『あなたの子供は欲しくない』と言われたような気がしました」

 西城俊一は祖先の名声に酔う、プライドの高い人物だったようだ。

 俊一からの事情聴取を終えて、茂木は言った。「西城春禰さんは誰かに殺されたかったのかもしれませんね」

「どういうことだ?」柊が尋ねる。

「俊一でなくても、誰でも良かった。誰かに自分を殺してもらいたかった。俊一の事件が公になれば、その妻である西城春禰さんの役者生命は終わりだったでしょう。例え、そうならなくても、一緒にいて何も気づかなかった――という罪悪感が彼女を苦しめ続けたでしょう。だから、彼女は別荘の近くの旅館に、彼女に恨みを持っている人間を集めた。彼らの誰かに殺してもらいたかった――ふと、そんな風に思いました」

「それは違うな。旅館の招待客のリストは、西城俊一により書き換えられていた。そのことからも、俊一の犯罪が計画的であったことが分かる。計画を練った上で春禰を別荘に呼び寄せ、殺害したのだ。自らの犯罪を隠匿する為に、俊一は西城春禰が作った招待客のリストに春禰に恨み持つ人間を書き加えた」

「容疑者は多い方が良いですからね」

「しかもご丁寧に、春禰宛の脅迫状を作って、新宿北郵便局まで行って投函している。やつは周到に準備をしていた」

「そうですね。でも、僕にはやっぱり、西城春禰さんは殺されることを覚悟していたように思えてならないのです」

「それはお前の感想に過ぎん」柊は冷たく突き放した。


 今田良子は柊の顔を見て、喜びを爆発させた。

「あら~刑事さん。本当に来てくれたのね~嬉しいわあ~」

「捜査でお邪魔した時に、良い旅館だと思ったもので、寄らせてもらいました。お姉さんの事件が片付いて、時間が出来ましたのでね」

「あら、嬉しいこと言ってくれるわね、刑事さん」

 良子は柊の手からボストンバッグをひったくった。

 西城春禰殺害事件の捜査が一段落したので、柊は良子の勤める旅館に宿泊に来ていた。

「しかし、あんた。西城春禰さんの遺産を相続して大金持ちになったはずだ。何で、旅館の仲居なんて、まだ、やってるんだ?」

「嫌だ、刑事さん。大金持ちだなんて。お姉さんからもらったお金は、ありがたく使わせてもらいますけどね。私はやっぱり、ここでこうして働いているのが性に合っているのよ。金持ちぶって、ふんぞり返ることなんて出来ない。そうそう刑事さん。事件があった、あのお屋敷、覚えてる?」良子が尋ねる。

「ええ、あのお屋敷も、あなたが相続されたはずです。あそこを改装して二世帯住宅にして、ご両親と一緒に住む予定だと、聞いた気がします」

「ええ、そのつもりだったんですけどね。止めました」

 良子は柊を「柿崎の間」へと案内して来た。ボストンバッグを置くと、てきぱきとお茶の準備を始めた。良い部屋だ。日本庭園となっている庭が一望できる。柊は庭を眺めながら言った。「ほ、ほう~それで?」

「やっぱり、お姉ちゃんが殺された家に住むなんて、ぞっとしますからね。私はそこまで悪趣味じゃない。それに、この村、温泉以外に何もないでしょう。だから、あのお屋敷を西城春禰記念館として、改築することにしたのよ。お姉ちゃんは郷土の誇りですもの。もらったお金で立派な記念館を作って、観光客にじゃんじゃん来てもらうの。そうすれば村のみんなが喜ぶし、番頭さんも喜ぶし、お姉ちゃんもきっと喜んでくれると思う」

 柊は番頭の丸く綺麗に禿げ上がった頭を思い浮かべた。

「ほ、ほう~それは面白い。まあ、あんたらしくて、良いんじゃないか。あんた、頭が良くないから、誰かちゃんとした人間と相談した方が良いぞ」相変わらず遠慮がない。

 だが、良子は気にした様子はない。「そうなのよ~金田先生、覚えてる? お姉ちゃんの高校時代の教師だった人。あのセクハラ教師。あの人が協力してくれるって言うの。先生だったから、頭は良いはずよね、ふふふ。

 ねえ、夕食はこちらにお持ちしましょうか? 海の幸、山も幸を盛り合わせた豪華特盛りセットがお勧めなの。是非、私にご馳走させて下さい」

「ああ、みなさんと一緒で良いです。宴会場で、みなさんと同じものをお願いします。お代はちゃんと払います。警察官ですからね。そう言う接待はご無用に願えますかな」

「あら、意外に固いわね。私、大金持ちだから、おごらせてもらいたかったんですけどね」

「温泉に入って、のんびりさせて貰えれば、それで結構です」

「ふふ」と言って良子は笑うと、きちんと正座をして、「刑事さん。この度は姉の事件を解決して頂いて、ありがとうございました。刑事さんのことは、一生、忘れません」と頭を下げた。

「結構です。仕事ですから。それに、私にとって、事件を解決することは、あなたにとっての中居と同じように、性に合った仕事なのです」

 柊は子供のように胸を張った。


                                    了

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