第2話
祐樹に助けられ僕たちは共に近くの廃ビルに逃げ込んだ。
おそらくは会社のあった場所だろう、デスクがそのまま放置されている。
人通りの多いところを目指そうかと思ったが、祐樹の腹の傷がとてもじゃないがそこまでたどり着けそうになかった。
僕は上着を脱ぎ祐樹の腹に押し当てる。祐樹からは痛みに悶える声が聞こえたがそれでも手を緩めなかった。今は出血を抑えることが最優先だ。
着ていたグレーの服はじわじわと墨汁を垂らした半紙のように徐々に赤黒く染まりつつある。
「あーこれやべぇわ…」
僕が必死に応急処置をしてる中、なんと祐樹は胸ポケットからタバコを取り出し火をつけたのだ。ガチの馬鹿だと思った。この状況下でタバコを咥えるその思考回路が僕には理解できないし臭いで例の殺人鬼に見つかるかもしれない。
「ばかっ!こんな時に吸う奴があるかっ!」
思わず声を張り上げてしまった。何ならタバコの臭いよりも目立つくらいに
それでも祐樹は煙草を吸う手を止めずタバコ吸い続ける
「わりぃせめて最期くらい一服したかったんだ…それにタバコって沈痛作用があるんだぜ?この状況にうってつけだろ?」
「いいから…静かにしてろ」
僕は祐樹の言うことを無視して応急処置に専念する。ふと、自分の頭の中になぜこいつを助ける必要がある?と疑問が浮かんできた。こいつは全く僕とは馬の合わない真逆の性格で授業中は大人しく席に座れないやつをなぜ助ける…
今見捨てれば助かるんじゃないか…
「なぁ優斗…これが天罰ってやつかな?俺最近さ色んなことを始めてよ、いろいろあって悪い先輩と遊ぶようになってさ、バイトに行ったらこの様だ」
悪い先輩というのおそらく鬼山のことだろうか?
もしかしたら彼もあいつに殺されたのだろうか?
「なぁ優斗…もう俺のことは良いから逃げてくれ…」
祐樹の顔が徐々に白くなり始める。タバコが短くなるとともに彼の目から生気が消える。
「そんなことできるわけないだろ!お前が死んだらまたつまらない日々が続くだけだ!」
なぜ、彼を助けたいのかがわかった気がする。僕は恐れているんだ。誰とも話さない退屈な日常を…だから僕は彼を助けているんだ。退屈な日常を繰り返さないために
「やっぱりつまらないじゃねぇかよ…仲間に入りたいなら入りたいって言えよな」
と友人が少ない人間には耳が痛いことを突かれた。僕は初対面の人間と接するのは苦手なんだよ!…僕みたいな人間は関係を持つことにメリットよりデメリットを先に見出すんだ
「お前が悪い先輩とつるんでるからだろ!そいつらと縁切ったら海でも山でもどこでも行ってやる!」
「あぁ…そうだ…な、」
そして、祐樹の瞼は徐々に閉じかけついにタバコをつまんでた右手がだらんと下がる。それは…祐樹の死を意味した。
僕は必死に祐樹の名を呼ぶが残念ながらその声は只空しく静寂に消えるのみだった。守れなかった…僕があの時あいつの腕を引っ張ってでも連れ戻すべきだった胸がぐじゃぐじゃになる。
「あっいたいた、こんなところにいたのか」
地面に突っ伏していると空気を読めない声が聞こえた。
振り向いた視線の先に例の男がいた。
その男の目は相変わらず玩具を見つけた子供のように輝いていた
「そこの彼死んだんだね」
男が人差し指を優斗に指し示す…僕は何も答えなかったが男は僕の顔を見て察したようだった。
「そうか、それはよかった。彼のような不良が消えて日本も少しはマシになったんじゃないかな」
再び殺人鬼が僕の元に歩み寄る。
彼が一歩踏み出すと同時に僕は地面を蹴り部屋を飛び出す。
飛び出したときに壁に激突したが軌道を変えて非常階段を駆け上がる。
もう、誰も助けてくれないし友人の死を無駄にしたくない
最上階にたどり着き扉をこじ開けると、そこは落下防止フェンスで囲まれた屋上だった。いきなり外に出たせいか今僕に吹き付ける生暖かい風ですら心地よく感じる
その時男がフェンスを一蹴りで乗り越えきれいに着地した。ここは10階以上あるはずだがもう驚くのは疲れた。
「今日はいい夜だ…こんな時は人殺しではなくワインを嗜みたいけどね」
殺人鬼は空を眺め夜風を楽しむ…直後、僕の腹に何か強い衝撃が走り地面を転がり胃の内容物を吐き出す。
痛みに耐えながら視線を上げると右足を上げた男がいた。
どうやら男に腹部を蹴られたようだ。尋常ではない苦痛が僕を襲う。
「もう逃げ場はないよ…君はそもそもあの時上ではなく下に逃げるべきだったんだよ」
男が身を屈め僕に触れようとしたその時
”パヒュン”
という乾いた音と共に男が地面を蹴り後ろに飛ぶ
「どうやら君が上に逃げたのは正解だったみたいだ」
と男が屋上へと続くドアに目を向けると同時にドア越しから再び乾いた炸裂音と共に火の弾が男へ放たれる。
男は地面を蹴り平行移動すように弾をかわす。弾は屋上のフェンスに命中すると火花を散らしあられもない方向へ飛んでいったと思ったが突如不可解なカーブを描き男の腕へと命中する。
さらに先ほどのドアが少しだけ開けられると同時に腕が飛び出し何やら黒い筒のような物を地面に転がし扉を閉める。
その刹那”バンッ”というでかい炸裂音と光が飛び出す。
耳鳴りが響き一瞬で僕の視界を奪うが僕の中では状況が好転したと思った
耳鳴りが止み目を開けると思わず目を疑う光景が飛び込んできた。
目の前にはヘルメットに黒を基調とした装備に消音器付きのサブマシンガンを構えた連中が男を取り囲んでいる。その姿は映画で見た特殊部隊に似ていた。
やった助けに来たぞ!と僕は歓喜で舞い上がりそうだった。
対して男は先ほど弾が命中した腕を抑えながら周囲を警戒している。
いくらあの殺人鬼でも銃を持った複数人では太刀打ちできない
「銃弾を曲げる念動力に、空間転移…か、国に買われた犬がずいぶn」
男が言い終わる前に数人の隊員たちが一斉に発砲する。
硝煙と共に乾いた発砲音が響き渡る。
男も隊員たちが発砲するのを察したのか足に力を込めると飛び降り防止のフェンスを飛び越え10階の高さから飛び越える。
男の姿は見えないが隊員の一人が耳に手を添え通信機らしきものでどこかに連絡している。
そして通信を終えた隊員が僕の元に歩み寄ると何やら黒い布を被せられる。
<現在>
僕は今まで起きたことを話した。殺人鬼の人間離れした能力、祐樹の死、特殊部隊の件、脳裏に焼き付いた記憶を僕は赤裸々に話す。
「なるほどなるほどそれは災難でしたねー、お友達の死は誠に残念です」
糸目の男は数回頷きながら貼り付けられた作り笑顔で僕の方を見る。
おそらく僕を警戒させないようにしてるのだろうが、逆効果になっている。
すると、取調室のドアが数回ノックされ扉が開かれる。
やってきたのは室内なのにサングラスをかけた警察官だった。
警察官はメモを糸目の男に手渡すとそそくさと部屋から退出していった
糸目の男はメモに目を通すと一瞬眉を顰めメモを強く握りしめる。
おそらく、あのメモにはなにやら不都合なことが書かれていると思った。
男は少し
「上からの指示で優斗君の処分が下されました」
「は?それってつまり…」
「はい…残念ながら事故死として消されます」
嫌な予感が的中した。
まさか、映画でよくある「お前は知りすぎた」の場面に出くわすとは思わなかった。
「どうして…ですか?」
一応尋ねてみる。男は手を組み始め眉をひそめる
「優斗君のお察しの通り君は少々知りすぎてしまった、と上は判断したようです」
そんなそれはあんまりだ。なんて理不尽だ。夜道を歩いていたら殺人鬼に襲われ、友達を殺された挙句、特殊部隊に誘拐されお前は知りすぎたから死刑なんて理不尽だ。
ぼくはそのやり場のない怒りを胸の奥にしまい込んだ。
いつしかその怒りは大粒の涙へと変わった。
「そう…君は立派な被害者だ。巻き込まれたくない騒動に巻き込まれ、見たくないものを見せられた挙句友人の敵を討てずに殺される…そんな理不尽は許せない」
男は一泊の呼吸し話を続ける。
「だから君に二つの選択肢を与えます。いまここで死を受けいれるか…我々対異能捜査一課に入るかです」
思わず僕は顔を上げ男を見つめる。
いままでの創り笑顔から一転男の眼差しは真剣そのものになっている。
僕がその問いに答えようとした時だった。
取調室の扉が乱暴に開かれ三人組のスーツの男が糸目の男に詰め寄る。
「
男の一人が糸目の男鏑木に詰め寄るが鏑木は臆することなく男を見上げる
「いえいえ私も彼のように目撃者から事故死として処理されそうになった身です。私がよくて彼がダメなんてことはないでしょ?」
毅然とした態度で男たちに接する、もし僕が彼ならこんなこと言えないだろう
「警察でもねぇこんなガキに務まるわけねぇだろうが!それに目撃者は始末するのが上の指示だろうが!てめぇは上の決定に楯突くのか?」
「上には私から言っておきます。横井優斗に関することは私がすべて責任を取ります」
その返答に男は食い下がりながらも軽く顎を引く
「言ったな?てめぇのケツはてめぇで拭けよな?」
「えぇ言われなくてもそうしますよ…」
鏑木はそう頷くと男たちは納得はしてないながらも部屋を出て行った。
「さて、失礼少々邪魔が入りました…さて、返答はどうしますか?」
鏑木は再び気を取り直して僕の方に向き直る
「入ります…僕を対異能捜査一課入らせてください」
もちろん…入る以外に選択肢はない…祐樹を殺したあの殺人鬼に一矢報いればなんだって使ってやる
「いい返事です、ようこそ対異能捜査一課へ」
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