第3話

対異能捜査一課への配属が決定され、僕は鏑木に施設を案内される。


配属までの道はとても長かった。

身体能力検査から健康診断として体の隅々を検査されたり思想のチェックから普段のSNSの利用状況まで僕の生活に関することをすべて洗いざらい調べられた。


でも、警察のさらに深い組織にいるのだからこれくらい当然だろう。


「ここが君の配属先の対異能捜査一課です」


扉を開くと最初の印象は会社のオフィスのようだ。

グレー色のデスクが並んでおり会社のオフィスまんまだ。

部屋の人間も水をやってる人や、サンドバッグを殴っている人、巨大なクッションで寝てる人など意外と緩い印象だ。


「彼らはここの捜査官です。われら対能捜査一課は私の担当するチームは荒事専門の異能者で構成されてます。各々個性がありますが全員いい人ですよ」


一見緩い雰囲気を纏っていたが徐々にメッキがはがれていく。

突然サンドバッグを殴っていた少女が僕をにらみつける。その眼はまるで邪魔者にするの眼光だった。僕は思わず身震いし目線を外す


「こらこら葉月はづきさん…新入り君に乱暴はいけませんよ」


と鏑木がなだめるが少女がふん、と鼻を鳴らし後ろに結んだブラウンの髪をなびかせそっぽ向く


「この新人にウチが務まるとは到底思えないんですけど?見た目からして弱そうだし」


と葉月という少女は言葉のナイフで僕の心臓を抉り出す。まずい、まさかこんなところでメンタルを削がれるとは思わなかった。

さらに少女は僕に照準を向ける。


「あのさどういう理由があってウチ来てるか知らないけど、うちは異能力をくだらないことに利用してる異能者じゃなくて人の命を平気で奪う異能者と戦ってるの!あんたみたいな半端な覚悟して殺される人間が一番迷惑なのよ!わかったなら早くお家に帰りなさい!」


葉月はマシンガン並みに追撃する。

まさかここまで絵にかいたようなツンツンキャラがいるとは思わなかった。

確かに彼女の言うことは正解かもしれない


対異能捜査一課、ごくまれに人間に発現する超常的な力通称”異能”を扱う異能力者を取り締まる秘匿部署である。

彼らはその中でも殺人や放火などの異能力者を担当している。

つまり常に命の危機が付きまとう部署である。

彼女にとって半端な覚悟の人間はいるだけで迷惑というわけか


「友人を殺した異能力者がいるんです、僕はその友人の敵を討つためにこの対異能捜査一課に来ました」


今までの僕なら何も言えずにいただろう、何故なら前の僕には確固たる信念なんてなかったのだから…今の僕には敵を討つという明確な信念がある。

この程度で臆していては敵討ちなんて夢のまた夢だ。


「鏑木さん、こいつ練習場に連れ出していい?」


葉月が僕の目をじっと見つめる。


「おや?いいのですか?彼はまだ研修中ですが?」


「問題ないわよ、ちゃんと手加減できるしそれにこいつがどこまで本気か試すだけだから」


嫌な予感がしながらも僕はその練習部屋とやらに案内される。

その部屋は白いタイルで覆われた巨大な部屋だった。床や壁のタイルには強い力が加えられたのかひび割れがいくつもできていた。

それを見てこれから碌でもないことが起きるのだろうと感じる。


「ここは異能力者の能力測定から模擬戦まで行う空間になります。本当はアメリカの異能機関のようにもう少し広くしたいのですが予算の都合上これが限界でしてね」


「もういい?早く始めるわよ」


葉月がブラウンの髪をなびかせながら歩き出し僕との距離を離す。彼女はスポーツウェアからいかにもお嬢様風のスカートを着飾っている。

というかこれっていきなり実戦なのだろうか?


「あの、鏑木さんもしかして彼女って異能者ですか?」


「もちろん彼女も異能者の一人です。葉月永はづき はるか、念動力系の異能力者です。」


と鏑木からあるものを受け取る。

それはスライド部分が青く塗られた自動拳銃だった。


「ペイント弾を撃ち出すガスガンです。実弾ではないので安心してください」


と肩をポンとたたく。

年下の少女を殺さなくていい安心とは裏腹になんだか心許ない感じがある。


「制限時間は3分間にしましょうか…勝利条件は特に設けません、お互い厳しいと思ったらすぐに降参してください」


と鏑木がルールを説明すると葉月がこちらに視線を向けると


「だってさ早いうちに降参した方がいいんじゃない?」

と勝ちを確信したように頬を緩ませる。


僕と葉月は到底努力では埋められない差があるのは事実だ。

僕はここに来るまで日本という安全な国で堕落に過ごしていたのに対して葉月は異能力者でおそらく数々の場数を踏んでいる。


「では始めてください」


鏑木の合図とともに拳銃を強く握りしめる。

どっかの動画で見たのだが拳銃というのは意外に当たらずプロの軍人ですら命中させるのを難しいと聞く。

彼女との距離は大体50mくらい、弾を命中させるには10m以下まで接近する必要がある。年下の少女に引き金を引けるかは別にして


「精々死なないように頑張ることね!」


葉月が肩幅に脚を開き構える。


彼女の周囲のひび割れたタイルがガタガタと揺れ始めると徐々に持ち上がる。

これで異能を見るのはあの殺人鬼を入れて二人目だ。

これが念動力系の能力…アニメや漫画でしか見たことない非現実的な光景が広がっている。


葉月が大きく右手をこちらに向けて振るとタイルの床がこちらに放たれる。


飛び出すように地面を転がり何とか破片を避ける。

どうやら先ほど手加減するとか言ってたがもうすでに忘れているらしい。

今絶対に頭を狙っていた。


急いで起き上がり態勢を整えひたすら彼女の周りを円を描くように走る。

彼女に勝つには銃弾が確実に当たる距離まで詰め寄らないといけない、そこで円を徐々に縮め拳銃の射程圏内まで入ることにする。


その間にもタイルの破片が風切り音と共に僕の頬を霞める。


「ちょこまかと!うざったい!」


徐々に彼女に苛立ちの表情が見え始めると共に破片の弾丸の苛烈さが増すとともに精度が落ち始める。

おそらく、念動力系の能力は集中力と体力が必要になるのだろう。現に彼女の額には大量の汗がにじみ出ている。


疲れているのは僕も同じだ。

長い間運動なんてものをしてなかったため吐息が荒くなり、わき腹に激痛が走る…だが止まってはいけない、止まれば彼女の攻撃が命中してしまう。


長い持久走の末拳銃の射程圏内である約10mまで距離を詰めることができた。後は引き金を引くだけだ…右手を上げ人生で初めて人に銃口を向ける。

震える右手を左手で押さえて安定させる。


撃たなきゃやられるのは僕だ!…ここで躊躇えば僕は一生あいつ《祐樹》の無念を晴らせない!…

いざ引き金をいざ引かんとするときだった。

彼女は眉を吊り上げ僕を睨みつける。

僕はその顔で一瞬引き金を引く手を緩める


「わざわざ自分から近づいてくれてありがとう」


彼女がそうつぶやいた時だった。

突如僕の踏んでいたタイルが爆ぜ空中へと投げ出される。

その時僕は忘れていた、彼女の異能の有効範囲を…拳銃の有効射程が10mだとすると彼女の念動力の有効範囲は拳銃以上だろう。


まずいっ!このままだ地面にたたきつけられる。

部屋全体を見渡せるほどの高さから叩きつけられればひとたまりもないだろう。

ならばせめて一発くらい撃ち込まないと気が済まない。


右手に握った拳銃を強く握りしめ空中で身をよじり再び右手だけで拳銃を構える。

手元がくるって照準どころではない。


葉月はうそ、といったように口元に手を添え驚いている。


引き金をただひたすら引き続ける。地面と近くなるとともに心臓の鼓動が早くなり呼吸が荒くなる、がそれでも引き金にかける指は弱くなることはない


一拍の呼吸を引き切ると同時に”パス”という音と共に葉月の白いシャツの右肩をオレンジ色に染める。


「そこまでです!」


地面に激突する直前見えないクッションのような物が僕を受け止める。例えるなら空気を入れた巨大な袋に体を預けている状況だ。


「お二人ともお疲れ様です…素晴らしいものを見させてもらいました」


鏑木が軽やかな足取りでやってくる。


「さて、葉月さんいかがですか?彼の実力は?私的には申し分ないと思いますが」


葉月はペイント弾の着いた肩を押さえながら僕の元にまで歩み寄る。

その足取りは完全に怒ってる人間の足どりだ。噛まれるのではないかと思い少しだけ後ずさりする。


「ふんっあんなまぐれで勝ったくらいでいい気にならないでくれる!動きだってまるで素人!そんなんじゃ友人の敵も取れないわよ!」


と踵を返した。

僕は彼女に認めることは出来なかったようだ。

すると彼女がピタリと歩みを止めて僕の方を見る


「でも、そいつが出てきた時私もついて行ってやるわよこれ以上うちで死人が出たら胸糞悪いし」


と頬を赤らめながら今度こそ去っていった。

その足取りは先程と比べて早足になっていた。


「彼女はこう見えて優しい人間なんですよ、ただ少しその表現が難しいだけなのですよ…さて試験が終わったことですし歓迎会でもしましょうかね」


と鏑木が僕の肩に手を置き去っていく。

僕も彼についていくようにその場を後にした。

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