イマハユル ワケ(イマハのゆるい日常には様々な理由が交わっている)

緋那真意

理由、あります

 私はイマハ。階層都市エクセルの最下層であるポート・トゥエルブで暮らしているガイノイドだ。今日は月一度のオーブンバザールの日で、すぐ上のポート・イレブンや更に上の階層であるポート・テンから自分たちには型落ちした品物を卸しに商人たちが行き交っている。

 特にあてもなく商品を見て回っていると、おおイマハさん、と声をかけられた。振り向くとそこにいたのは久しぶりに見た顔。



「あら、クマさんじゃないですか。お久しぶりですね」

「ハハ、まあな。イマハさんを見るとトゥエルブに来た気がするよ」

「おだてても何も出せないですよ」

「いやいや、こんなに早く君に逢えただけで十分だ」


 Quality Maker:Archetype、クマさんと自称するアンドロイドはニコニコと頷く。普段はポート・テンで暮らしているクマさんだがバザールに合わせてトゥエルブに降りてくることはそう多くなく、何か用事でもあるのかと思ったけれど別に深い理由はないらしい。


「たまには息抜きも必要ということさ。先月のロックアウトで結構ご近所さんが入れ替わったもんでね」

「そうですか……」

「気遣いはありがたいが、イマハさんが気にすることでもない」


 一瞬だけ顔をしかめてしまい、フォローされたもののちょっとだけ思考プログラムが揺らいだ気がした。各階層からの「締め出しロックアウト」はエクセルに暮らす住民には珍しいことではないが、先月のロックアウトは私とおやを狙った拉致未遂事件の隠れ蓑として行われたものなので、多少後ろめたさを感じずにはいられない。


「上の連中は連中なりに考えてやっているさ。狙いが何であれするべき理由があったからしたまでのこと、と考えるべきだよ」

「建前は建前として受け入れておくべき、ですか?」

「博士もああ見えて真面目なところがあるからね。イマハさんも考えすぎない方が良いよ」


 上の奴らもわざわざ別の階層を新たに増やしたくないだろうしね、と言って私の頭を撫でまわすその手は温かかった。私の頭部は人間のそれとは違って常に冷却されているためそれよりは手の方が温かく感じるのは自然なのだけれど、悪い方向へ向きかけていた思考の揺らぎが収まったのも間違いない。

 私はせっかくの機会だからと家に誘ってみたものの「後で伺わせていただくよ」と返される。


「用事があるわけではないが、まだこちらに来たばかりだからね。もう少し雰囲気を味わってからにしておくよ」

「分かりました。では後ほど」


 クマさんが穏やかな顔でバザールの人混みに去っていくのを見送った私は家に戻ることにして来た道を引き返していく。途中、目をつけていた状態の良い温水器を買い求めている最中にパティさん母子と会った。白鳥型メカである息子のスワンくんはこの間七回目の誕生日を迎えたお祝いとしてボディが改修され、少し大きくなっている。


「お姉ちゃんこんにちは! 何か良いものあった?」

「まあまあ、ってところかしら。パティさんは?」

「そうね。ちょうど良い工具セットを見かけたので購入してきたところよ。そろそろ錆がきつくなってきていたの」


 ぴかぴかの新品なんてとても手が届かなくてね、と残念がるパティさん。昔は機械修理のサポーターとしてポート・エイトの工場で勤務していて、工作はお手のものである。開発元の更新が終了したのに伴い務めを終え、段階的に下層への移住を余儀なくされたというけれど備えられた技術そのものが無用とされたわけでもない。


「それは良い買い物でしたね」

「今更多くのことは望まないけれど、修理工としては常に最良の仕事をしたいものね」

「お母さん、ぼく次は弟が欲しい」

「はいはい、弟はそんなすぐには出来ないわよ。もう少し我慢しなさい」


 スワンくんは起動してからずっと同じことを言っている。そういう思考があるからには親のパティさんも新しい子供を作るつもりではいるのだろうけれど、スワンくん自体製図を終えてから実際に完成するまで五年ほど時間がかかったという話をしていたから、色々とやりくりが大変なのかも知れない。


「パティさん、差し出がましいかも知れませんけど何かありましたら遠慮なく相談に来てくださいね」

「ありがとうイマハさん。じゃあ、私たちはこれで……行くわよスワン」

「はーい。じゃあねお姉ちゃん」


 パタパタと可愛く翼を動かすスワンくんを連れて去っていくパティさんを見送ると、今度こそ私は家路についた。



 昼を過ぎた頃になって、クマさんが家を訪れる。


「ようきたのう」

「博士もお元気そうで何よりです」

「お前さんもな。ポート・テンに飽きたりしておらんか?」

「飽きないようにするため時折トゥエルブへ降りてきている、では駄目ですかね」


 聞きようによっては皮肉とも取れそうな質問にも動じない。Archetypeという語が示す通り、エクセル全体でも最も古い型のアンドロイドに当たるクマさんはとてもそう見えないほど会話が上手だった。


「お前さんの生みの親は正しく天才じゃったな。あの方が居らなんだらわしも機械工学者など目指さんかった」

「彼が聞いたら喜びますよ。あなたほどの人に憧れられて」

「ノーヴィス・タイラー博士、ですね」


 その名前は私のデータベース上に歴史上の偉人として記録されている。私を含めた全てのアンドロイドはタイラー博士の開発した思考プロセスを基にして動いていると言っても良く、私を開発した彼ですら一見では理解できなかったその技術は現在でもオーパーツとされていて、それをそのままなぞる形でしか開発できていない。


「そりゃ買いかぶりすぎじゃよ。イマハの開発一つとってもプログラムの仕様がどうしてそうなっているのがなかなか理解できんかった……」


 例えば、と言って彼は自分の名前を口に出した。しかし、私にはその名前が認識できない。タイラー博士のプログラムでは自分の開発者を彼、あるいは彼女、特定の開発者がいないのであれば開発元としか言えないように設計されていて、そこを変えてしまうと全体的な思考プロセスに看過できない程の歪みが生じてしまうらしい。彼だけではなく数多の科学者たちがプログラムの解析を試みたものの結局は挫折したまま今に至っている。


「彼はあなたによく似ていました。あり余るほどの才を示しながらも驕ることを恐れ、終生を通じて人間とロボットの在り方を模索し続けた」

「わしはそんなに出来た人間とは言えん」

「そうでしょうか? 仮に彼が今のエクセルにいたならあなたのように飛び降りていた、と私の思考は結論を出していますよ」

「本当ですかね、それ?」


 私の言葉に大先輩は笑って頷く。曰く、名声を得たものばかりが集まる場所に長居をしたくないのが本音だった、という話らしい。


「それなら、クマさんは何故ポート・テンにいるんですか?」

「自主的な節制だよ。私が身体と思考を維持するのにトゥエルブでは不都合が多いからね」

「……悩ましい話を聞いちゃったかな……」


 上手く言葉を出せなかった。私がトゥエルブで今のところ無事に暮らせているのはおやがいるからで、開発者が健在であれば多少の不都合があってもやりくりは出来る。しかし、いつか彼が亡くなってしまった時に私は自分のことをどうやって世話すればよいのだろう。

 私が悩んでいるのを見て、彼は静かに口を開いた。


「そう悩むでない。考えるなとは言わんが、悪い未来ばかり考えていても何も良いことはないんじゃからな」

「……そうです、ね……」

「迷い、か……博士、やはりあなたは……」

「そろそろ帰る時間じゃろう。滞在時間超過は罰則付きじゃて」


 そうですな、と頷いたクマさんは私に「次に来たときは何か美味しいものを持ってくるよ」と告げて帰っていき、私は何も言えずにその姿を見えなくなるまで追いかけてから、小さくため息をつく。


「……帰っちゃいましたね。もう少しお話したかったのに」

「大丈夫じゃよ。どうせ来月になったらまた来るじゃろうしの」

「そうでしょうか?」

「あいつもお前が好きじゃからな。そうでなければ味も分からないような土産を持ってくるとは言わん」

「……あはは、確かにそうですね」


 クマさんは味覚のチューニングが今一つなのか、最初に訪ねてきたときに持ってきてくれた魚の燻製は燻しすぎで、彼はおろか私まで途中でギブアップしてしまったくらいの代物だった。事情を聞いた後は手作りの料理だけは持ってこないように、と強めに注意したものである。

 そのことを思いだした途端に熱源補給アラートが鳴り響いた。そういえば今日は帰ってすぐに家の掃除をしたから昼食を取っていない。


「さて、そろそろ飯にするか。今日は宅配でも頼むかのう」

「食事が欲しいんなら言ってくださいよ」

「奴が来るから土産物を期待しましょうと言ってたのは誰じゃ?」

「……私のメモリーには何もございません」


 私の下手な方便に彼は爆笑で応じる。恥ずかしくてたまらないが、今更何か言っても無駄だと諦め素直に彼が気に入っている食堂に注文を行った。



 クマさんのようになるにはまだまだ時間が必要らしい。彼との賑やかな夕食を終えた後、そう考えをまとめたところで私はスリープモードに移行し、翌朝腹が減ったと催促する声が聞こえてきたのにどこかで安心しながら、また新しい一日を始めるために私は起動するのであった。

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イマハユル ワケ(イマハのゆるい日常には様々な理由が交わっている) 緋那真意 @firry

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