外人部隊に所属する傭兵:ジャスミン・デュボワさん

◆砂塵に舞うアルジェリアの風 ー 傭兵一年目の戦い


 目覚ましの音が鳴る前に、私は目を覚ました。ジャスミン・デュボワ。レジョン・エトランゼール(*1)所属一年目の女性傭兵だ。今日も厳しい訓練が待っている。


 鏡の前に立ち、(*2)タイトなチョークを結う。長い黒髪をきっちりと束ね、(*3)ベレー帽をかぶる。化粧はしない。荒野では意味がないからだ。


「ジャスミン、朝の点呼だぞ」


 (*4)カポラル・シェフの声が響く。私は素早くテントを出る。


「はい、カポラル・シェフ」


 涼しい朝の空気が肌を刺す。他の傭兵たちも続々と集まってくる。皆、昨日の疲れが残っているようだ。


「今日は3キロの行軍訓練だ。重い装備を背負っての砂漠越えだぞ」


 カポラル・シェフが告げる。頭の中で地図を思い浮かべる。3キロといっても、砂漠では過酷な距離だ。


「気を引き締めて行け。敵はいつでも襲ってくる」


 私は身の回りの装備を確認する。ライフル、弾薬、水筒、ファーストエイドキット……。万全の準備が必要だ。


「ジャスミン、ルイとペアを組んで先頭を歩け」


「はい、カポラル・シェフ」


 ルイは私より2つ年上の男性傭兵だ。筋骨隆々とした体格が頼もしい。


 行軍が始まる。灼熱の太陽が容赦なく照り付ける。重い装備を背負い、ザクザクと砂に足を取られながら歩く。汗が瞬く間に蒸発していく。


「ジャスミン、大丈夫か?」


 ルイが隣で声をかけてくる。眉間に深い皺が寄っている。


「大丈夫。まだまだ行けるわ」


 私は力強く頷く。弱音を吐くわけにはいかない。女だからと甘えることは許されないのだ。


 2キロ地点を過ぎたころ、行軍の列がざわつき始めた。何かが起ころうとしている。


「伏せろ!」


 カポラル・シェフの叫び声が砂漠に響く。私とルイは地面に身を投げ出す。次の瞬間、銃声が耳をつんざいた。


(敵襲だ……!)


 私は慌ててライフルを構える。周囲の傭兵たちも銃を構え、応戦態勢に入る。


「ジャスミン、2時の方向!」


 ルイの声に従い、素早く砂丘の向こうを見る。3人の武装勢力が姿を現した。


「くそっ、まさか訓練中に……」


 怒りと緊張が背筋を駆け抜ける。実戦は初めてだ。でも、恐れている暇はない。


 私は鋭い視線を武装勢力に向ける。狙いを定め、引き金を引く。砂煙が舞い上がり、敵の1人が倒れた。


「よし!」


 自分の声が震えている。初めての命を奪った感覚が、全身を支配する。これが戦場か……。


 交戦は数分で終わった。敵は撃退したが、私たちにも負傷者が出た。


「ジャスミン、援護してくれてありがとう」


 ルイが肩を叩いてくる。硬い表情の奥に、安堵の色が見える。


「お互い様よ。生きて帰るために戦うしかないもの」


 あの時の感覚を、私は忘れない。命を奪う重み、そして仲間を守る強さ。これが、私が選んだ人生なのだと。

 

 キャンプに戻り、疲労困憊の中でメンテナンスをする。銃身を磨き、(*5)弾倉を確認し、ブーツを手入れする。泥と汗にまみれた装備を整えることが、明日への備えになる。


「ルイ、今日は本当にありがとう。あなたのおかげで助かったわ」


「礼には及ばない。俺たちは一つのチームだ。お前も立派に役目を果たしていた」


 初めての実戦で多くのことを学んだ。技術、精神力、そして仲間との絆。この経験が、私を強くしてくれるはずだ。


「明日からまた訓練が始まる。しっかり休んでおけよ」


 ルイに背中を押され、私はテントに戻る。硬いベッドに横たわり、目を閉じる。


(刻ちゃん、美咲ちゃん、見ていてくれてるかな)


 遠く離れた祖国と続いているはずの空を見上げ、大切な仲間たちを思う。過酷な傭兵の1年目。でも、私は前を向いて歩いていく。


 真のプロになるその日まで。砂塵に舞うアルジェリアの風に吹かれながら。


(了)


## 注釈


(*1) レジオン・エトランゼール:フランス外人部隊。フランス軍の一部で、外国人で構成される軍団。

(*2) タイ:フランス軍や警察が使用する制服用ネクタイ。

(*3) ベレー帽:フランス軍の伝統的な帽子。

(*4) カポラル・シェフ:伍長に相当する軍隊の階級。部下の兵士を指導する。

(*5) 弾倉:銃に装填する弾薬を収める容器。


◆砂嵐を乗り越えて ー 傭兵五年目の激戦


 目覚めは、もはや習慣だ。私、ジャスミン・デュボワは、レジオン・エトランゼールに入隊して五年が経った。


 テントの外は、まだ暗い。遠くの砂丘が、わずかに濃紺に染まり始めている。


 五年で私も変わった。新米だった頃の面影はもうない。日に焼けた肌、たくましくなった腕。そして砂漠を歩き抜く強靭な足。戦場を生き延びるために、私の体は適応したのだ。


「ジャス、朝だぞ」


 親しみを込めたその声は、親友のルイだ。私たちは仲間として、いや家族として絆を深めてきた。


「ありがとう、ルイ。すぐ行く」


 整髪し、戦闘服に着替える。ライフルに手を添えながら、闘志を燃やす。今日も生きて戻ると誓うように。


「作戦を確認するぞ」


 隊長の声に、ぞくりと緊張が走る。この日を、私たちは待っていた。


 砂漠の中の (*6) 武装勢力の拠点を叩く作戦だ。(*7) 偵察の結果、相手は私たちを上回る戦力を持つことが判明している。容易な戦いではない。


「各小隊に分かれ、挟み撃ちにする。北からはジャスミン小隊、南からルイ小隊が攻める」


 隊長の指示を聞きながら、地図上で自分の位置を確認する。ルイと目が合う。互いに頷き合う。生きて帰ると。


「同時刻に突撃する。無線の合図を待て。いいな!」


「了解!」


 全員で頷く。作戦は周到に練られた。あとは実行するのみだ。


 小隊に分かれ、(*8) 特殊作戦車両に乗り込む。砂塵が舞う荒野を疾走する。胸の奥で、祈るように師匠たちを思い出す。


(きっと、守ってくれるはず……)


 傭兵の前に、私は一人の女性なのだから。私には愛する人がいる。いつか、平和な暮らしを共にすると約束した人が。


 30分後、拠点が見えてきた。私は全身の力を込め、(*9) 特殊部隊カスタムのライフルを構える。


「突撃!」


 渾身の叫びと共に、戦闘が始まった。銃声と砲声が入り乱れる。私は巧みに銃を操り、敵を狙い撃ちにしていく。左腕に弾丸が掠めたが、構わず前進する。


「ジャス! 左翼を頼む!」


 ルイの声が聞こえる。彼は右翼で奮闘している。


「任せて!」


 私は左翼へと回り込み、抵抗する敵を次々と撃破する。危機的な状況が続くが、必死に踏みとどまる。


「ダメだ! 増援が……」


 仲間の絶叫が聞こえる。このままでは包囲される!


「下がれ! 狙撃手がいる!」


 咄嗟に身を翻し、弾丸をかわす。砂に顔を伏せながら、次の一手を考える。


(一か八か、賭けるしかない!)


 私は手榴弾を握りしめ、敵の中枢部へと突っ込んでいった。銃弾が雨のように降り注ぐ。


「ジャス、何を……」


 ルイの声が聞こえるが、答える暇はない。私は手榴弾のピンを引き抜き、敵の中心部へと投げ込む。


 大爆発が砂漠に轟く。衝撃波で私は吹き飛ばされるが、何とか着地する。


「やった、やったぞ! ジャスのおかげだ!」


 仲間たちの歓声が沸き起こる。辛うじて作戦は成功したのだ。


 砂まみれの体を起こし、ルイに駆け寄られる。彼の目には、安堵と喜びの涙が浮かんでいる。


「無茶しやがって。でも、ありがとう」


「お互い様よ。私たちは家族なんだから」


 傷だらけで笑い合う私たち。生きていることが、こんなにも愛おしく感じられる。


 キャンプに戻った後、みんなで乾杯した。勝利と生還を祝うためだ。


「五年前は想像もできなかったよ。俺たち、こんなに強くなるなんてな」


「ルイ、私は気付いたの。強さとは、自分を守ることじゃない。大切なものを守ることなんだって」


 遠く離れた祖国と、愛する人の笑顔を思い浮かべる。いつか平和に暮らせる日が来ること。それを信じて戦い続けよう。


 私たちはまだ強くなる。砂嵐に耐え、共に歩む仲間と共に。真の平和を勝ち取るその日まで。


## 注釈


(*6) 武装勢力:軍隊ではない、武器を持った集団。

(*7) 偵察:敵情を確認するために前もって行う調査活動。

(*8) 特殊作戦車両:過酷な環境下での作戦行動のために設計された車両。

(*9) 特殊部隊カスタムのライフル:特殊部隊の要求に応じてカスタマイズされた高性能ライフル。


◆名誉と共に ー 傭兵十年目の決意


 私は歩き続ける。果てしなく広がる砂漠の中を。レジオン・エトランゼールに入隊して、もう十年が経った。


 十年前の私は、まだ若く未熟だった。戦場の過酷さも、命の重さも知らなかった。でも今は違う。私はこの砂漠で、たくさんの仲間を失った。

 そして、苦難を乗り越えてきた。彼らの分まで、私は生きなければならない。


 砂丘の向こうに、(*10) 前線基地が見えてくる。そこが、今の私の居場所だ。


「ジャスミン大尉、作戦会議の時間です」


 若い兵士が敬礼する。私は小隊を率いる立場になっていた。


「分かった。すぐ行く」


 十年の歳月が、私に確かなスキルと経験を与えてくれた。でも同時に、責任の重さも痛感している。


 会議室では、上官たちが真剣な表情で地図を見つめている。


「次の作戦の目的は、この村の解放だ。敵は予想以上に頑強な抵抗を見せている」


 私は地図を睨みつける。民間人の村が、反政府勢力に占拠されているのだ。一刻も早く、彼らを救出しなければ。


「我々レジオンの誇りにかけて、必ず村を解放してみせる」


 私の言葉に、全員が力強く頷く。傭兵だからこそ背負える使命がある。


 作戦当日。村の外れで、仲間たちと最終確認をする。皆、真剣な眼差しだ。


「ルイ、みんなを頼む。私は先行して、(*11) 要人の説得に当たる」


「ジャス、危険すぎるぞ。お前一人じゃ……」


「大丈夫。私には外交官としての顔もあるんだから」


 私はウィンクし、一人で村に向かう。かつての勤務先、国連で培った交渉力を頼りに。


 村に着くと、武装した反政府勢力に取り囲まれた。


「どうして女が一人で来た。レジオンの将校は皆、愚か者ばかりか?」


 相手は私を挑発する。が、動じてはいけない。


「私はジャスミン・デュボワ。レジオンの代表として、和平交渉に来た」


 堂々と告げる。しかし、彼らは一歩も引かない。


「くだらん。武器を置け。さもないと、この村の人質全員を殺す」


 私は目を見開く。人質……?

 見ると、村人たちが縛られ、銃を突きつけられている。子供たちの泣き声が聞こえる。


「お願いです。私を人質にして、村人を解放してください。貴方には私だけで十分でしょう」


 必死の交渉を試みる。しかし……


「駄目だと言っているだろう! 武器を置け!」


 次の瞬間、銃声が鳴り響いた。咄嗟に身をかわすが、左腕に激痛が走る。撃たれてしまった。


(ダメだ、交渉は決裂だ……!)


 村に攻め込もうとする反政府勢力。泣き叫ぶ子供たち。私は傷ついた左腕を押さえながら、決断を下す。


「今だ! 総攻撃!」


 私の合図で、レジオンの部隊が一斉に村に突入する。激しい市街戦が始まる。


 銃撃戦の中、必死に村人たちに駆け寄る。


「大丈夫ですか? 今、救出します!」


 一人一人の縄を解いていく。腕の痛みに耐えながら。そして全員を、安全な場所へと誘導する。


「ジャス! 無事か!?」


 ルイが駆け寄ってくる。心配そうな表情だ。


「大丈夫。村人は、全員無事に救出できたわ」


 ほっとした表情を見せる。しかし、安堵したのもつかの間だった。


「隊長! (*12) 敵の増援が来ます! 北側から!」


 知らせを聞いて、背筋が凍る。増援……まずい。疲弊した私たちでは、到底戦えない。


「撤退だ! 村人を連れて、(*13) 緊急脱出ポイントへ!」


 私は大声で叫ぶ。部下たちを逃がさなければ。


「ルイ、みんなを頼む。私が殿を務める」


「バカを言うな! お前だって……」


「私は小隊長だ。最後まで戦うのが務めよ」


 ルイを制し、私は戦闘態勢に入る。増援の敵が、次々と迫ってくる。


「来い……! 私が相手になってやる!」


 負傷しながらも、ライフルを構え、引き金を引く。何人もの敵兵を倒すが、圧倒的な数の前に、徐々に追い詰められていく。


(ああ、死ぬのかな。私は……)


 ふと脳裏に、刻ちゃんや美咲ちゃんの顔が浮かぶ。遠い故郷の記憶。愛する人との約束。


(いや、死ねない。私には、帰る場所があるんだ)


 最後の力を振り絞り、私は叫ぶ。


「レジオンの名にかけて! 私は、ここで死なない!」


 その時だった。激しい爆音とともに、敵陣が吹き飛んだ。


「援軍が来たぞ! ジャスミン大尉!」


 ルイの声が、ラジオ越しに聞こえる。援軍……。私の祈りは、届いたのだ。


 戦いは終わった。村は解放され、私たちレジオンは勝利を収めた。しかし、代償も大きかった。何人もの仲間が、命を落とした。


 事後報告会で、上官が言った。


「ジャスミン大尉。あなたの活躍は、(*14) レジオンの勲章に値する。この戦いは、あなたの力なくしては成し得なかった」


「ありがとうございます。ですが、私はただ、仲間と誓いを守っただけです」


 村を去る日。村人たちが、涙を流して私に別れを告げる。


「ありがとう、ジャスミン。あなたは、私たちの命の恩人よ」


 老婆の言葉に、私も涙が止まらなかった。

 こうして人々の幸せを守れること。それが、私の生きる意味なのだと悟る。


 ルイと固い握手を交わし、私は新たな任地へ旅立った。平和を勝ち取るため、そして愛する人のもとに帰るため。私の戦いは、まだ終わらない。


 この魂に刻まれた、戦士の誇りと共に。私は歩み続ける。


(了)


## 注釈


(*10) 前線基地:最前線に位置する軍事基地。

(*11) 要人:組織や地域で重要な地位にある人物。

(*12) 敵の増援:敵の部隊が後から加勢すること。

(*13) 緊急脱出ポイント:緊急時の避難場所。

(*14) レジオンの勲章:レジオン・エトランゼールで与えられる名誉の象徴。


◆砂漠の檻 - 傭兵十二年目の試練


 灼熱の太陽が容赦なく照りつける砂漠の中、ジャスミン・デュボワは目を覚ました。頭がズキズキと痛む。目の焦点を合わせようとするが、周りは薄暗い。


「ここは……どこだ……?」


 喉が乾いていて、声が掠れる。記憶を辿ろうとするが、断片的にしか思い出せない。作戦、銃撃戦、そして……捕まった。


 現実を受け入れるのに時間はかからなかった。ジャスミンは捕虜になったのだ。


 周りを見回すと、粗末な小屋の中にいることがわかった。手足は縛られ、動くこともままならない。外から話し声が聞こえる。アラビア語だ。


(冷静に……状況を把握しなければ)


 ジャスミンは深呼吸をして、訓練で学んだことを思い出す。捕虜になった時の行動指針。名前、階級、生年月日以外は話さない。拷問には耐える。脱出の機会を窺う。


 突然、小屋のドアが開く。逆光で顔は見えないが、がっしりとした体格の男が二人、中に入ってきた。


「目が覚めたようだな、レジオンの犬め」


 一人が冷たい声で言う。ジャスミンは黙って睨み返す。


「おい、質問に答えろ」


 もう一人が近づいてきて、ジャスミンの顔を乱暴に掴む。


「お前たちの作戦を話せ。仲間は何人いる? どこに潜んでいる?」


ジャスミンは唇を固く結んだまま、答えない。


「黙っているつもりか?」


 男はジャスミンの頬を平手打ちした。頭が揺れる。


「もう一度聞く。作戦の詳細を話せ」


「私はジャスミン・デュボワ。大尉。生年月日は……」


「くだらん!」


 今度は鳩尾を殴られた。息が詰まる。


「お前が誰かなど知ったことか。仲間の居場所を吐け!」


 ジャスミンは苦しみに耐えながら、黙ったままだ。彼女は仲間を売るくらいなら、死んだ方がましだと思っていた。


「よし、もっと痛い目に遭わせてやる」


 男たちは道具を取り出し始めた。ジャスミンは目を閉じ、心の中で祈る。


(みんな……無事でいて。私は決して屈しない)


 時間の感覚が失われていく。痛みと疲労で意識が朦朧とする中、ジャスミンは仲間たちの顔を思い浮かべる。ルイ、刻、美咲...そして、愛する人。


(私は……必ず……ここを…….脱出する)


 意識が遠のいていく中、ジャスミンは決意を新たにする。これは試練だ。乗り越えなければならない壁。彼女は諦めない。レジオンの誇りと、愛する人々への思いが、彼女を支えていた。


 暗闇の中、ジャスミンは静かに脱出の機会を窺い続けた。彼女の戦いは、まだ終わっていない。


 時間の感覚が失われていった。ジャスミンにとって、それは永遠とも思える苦痛の日々だった。


 毎日、取り調べが続く。質問は同じだ。


「仲間の居場所は?」「次の作戦は?」「武器の配置は?」


 ジャスミンは黙し続けた。彼女の口から漏れるのは、名前と階級、生年月日だけ。それ以外の言葉を発することは、仲間への裏切りを意味する。


「ふん、強情な奴だ。だが貴様は女だ。女には女へのやり方がちゃんとある」


 そういうと男は下卑た笑みを浮かべ、ジャスミンの上着を乱暴に剥ぎ取った。豊かな乳房が露わになる。しかし両手を後ろで拘束されたままのジャスミンは抵抗できない。


 ただ無言で男を睨みつける。


「勇ましいことだ。だがそれがいつまで続くかな」


 男がジャスミンの乳房を鷲掴みにし、乱暴に揉みしだく。屈辱的な痛みにジャスミンの顔が歪んだ。


 男の凌辱は続く。

 ジャスミンの衣服はすべて剥ぎ取られ、ついに生まれたままの姿になった。


 ジャスミンは目を閉じた。

 彼女は自分の置かれた状況をはっきりと理解していた。

 戦争の残酷さ、捕虜の脆弱性、そして女性兵士が直面する特有の危険。

 これらすべてが、今この瞬間、彼女の周りで渦巻いていた。


 男の冷たい笑いが耳に響く。


「お前のプライドも、そう長くは持たないだろう」


 ジャスミンは目を開け、真っ直ぐに男を睨みつけた。声は低く、しかし力強い。


「私の名前はジャスミン・デュボワ。大尉だ。それ以外のことは何も話すつもりはない」


 男の表情が歪む。そこには怒りと欲望が入り混じっていた。彼は腕を伸ばしてジャスミンの股を無理やりひらかせた。


 ジャスミンは意識を自分の内側に向けた。

 彼女は訓練を思い出す。

 心を守る方法。

 魂を守る方法。


(私は兵士だ。レジオンの誇りだ。この困難な試練を乗り越えてみせる)


 時間が止まったかのように感じられた。

 痛み、恐怖、屈辱。

 すべてが彼女を包み込む。

 しかし、ジャスミンの中核にある気高い魂は、決して折れることはなかった。


 男はなおもジャスミンの肉体の上を這いまわっていた。

 男は、ありとあらゆる醜悪を詰め込んだような唾棄すべき存在だった。


 ジャスミンは感覚を遮断し、仲間たちの顔を思い浮かべた。ルイ、刻、美咲……そして愛する人。彼らのために、彼女は耐え抜く。彼らのために、彼女は生き延びる。


 時間が過ぎていく。どれくらい経ったのかわからない。しかしジャスミンは、自分の中に新たな強さを見出していた。


「もういいだろう」


 男の声が遠くから聞こえる。


「明日また来るからな」


 ドアが閉まる音。ジャスミンはゆっくりと目を開けた。彼女は生きていた。彼女は耐え抜いた。


 そして彼女は誓った。この経験を無駄にはしない。生き延びて、証言するのだ。戦争の真の恐怖を。捕虜の苦しみを。そして、それでも人間の魂が持ちうる強さを。


 ジャスミンは静かに、しかし決然と、脱出の計画を練り始めた。彼女の戦いは、まだ終わっていない。



 痛み。飢え。乾き。睡眠不足。


 ジャスミンの肉体は限界を迎えようとしていた。しかし、ジャスミンの精神は折れない。


(私は、レジオンの誇りだ)


 苦痛に耐えながら、ジャスミンは周囲の状況を把握し続けた。看守の交代時間。鍵の音。外の物音。すべてが、脱出のためのヒントになる。


 そして、ある夜のこと。


 普段と違う物音が聞こえた。激しい銃声と怒号。看守たちが慌ただしく動き回る音。


(チャンスだ)


 ジャスミンは、これまで少しずつほどいていた縄を完全に外す。痛みで動きづらい体を、必死で動かす。


 ドアが開く。驚いた表情の看守と目が合う。


 一瞬の躊躇いもなく、ジャスミンは飛びかかった。看守の腰のナイフを奪い、一撃で仕留める。


「ごめんなさい。でも、私には帰る場所があるの」


 廊下に飛び出すジャスミン。混乱に乗じて、影のように動く。


 外に出ると、夜の砂漠が広がっていた。遠くで戦闘が続いている。


(援軍……?)


 考えている暇はない。ジャスミンは闇に紛れて走り出した。


 痛む体。乾いた喉。それでも、自由を求めて走り続ける。


 砂丘を越え、岩場を抜け、ジャスミンは必死で逃げた。後ろから追跡の声が聞こえる。


「あそこだ! 捕虜が逃げる!」


 銃声が鳴り響く。砂煙が上がる。


 ジャスミンは岩陰に身を隠す。息を潜める。


(ここまでかしら……)


 絶望的な状況。しかし、ジャスミンは諦めない。


 そのとき、


「ジャス! こっちだ!」


 聞き覚えのある声。ルイだ。


 岩陰から顔を出すと、そこにはルイを含む救出部隊がいた。


「ルイ……みんな……」


 涙が溢れる。


「無事で良かった。さあ、帰ろう」


 ルイがジャスミンを抱き起こす。


「ありがとう……でも、まだ終わっていないわ」


 ジャスミンは立ち上がる。痛む体に鞭打ち、武器を手に取る。


「私たちの任務を、完遂しましょう」


 仲間たちと共に、ジャスミンは敵陣地へと向かった。彼女の戦いは、まだ終わらない。


 自由を勝ち取り、そして任務を全うする。それが、ジャスミン・デュボワの生き方だった。


 砂漠の風が彼女の髪をなびかせる。新たな戦いの幕開けだ。


(了)

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