私の家族は替えが利く

もも

私の家族は替えが利く

 ドタドタとたくさんの足音がする。


「なんでブラウスにアイロン掛かってないの?」

「ねぇ、僕のハンカチどこ?」

「私、朝はラジオじゃなくてテレビがいいんだけど」


 子どもたちは朝からとても元気。生きていることに無自覚で、陽のエネルギーを撒き散らしている。


「もう高校生なんだからアイロンぐらいは自分でやって。ハンカチはそこの棚の上から二段目にいつも入れてるでしょ。ラジオが嫌なら父さんに文句言いなさい」


 まとめて返事をする。子育てをするようになってから、私の耳は一度に色々な声を聞き分ける能力に目覚めたらしい。


 テーブルを見渡す。


 長女と長男の朝食は和食と決まっている。今朝は豆腐と薄揚げ、わかめの味噌汁にネギ入りの出汁巻き玉子、キャベツのカレー風味炒めにはウィンナーを添える。炊き立てのご飯を茶碗によそえば完成だ。


 洋食好きの夫と次女には、薄切りのトーストを2枚にバターをたっぷり。ベーコンエッグにルッコラのサラダを合わせ、汁物には飴色になるまで炒めた玉ねぎのコクが美味しいオニオンスープを用意した。


「出来たわよ。朝ごはんにしましょ」


 帰る時間がバラバラな我が家では、朝ごはんを全員揃って食べるのが決まりだ。わらわらとテーブルに集まり、席についたところで夫が「手を合わせて」と声に出す。


「いただきます」

「いただきます」


 普段と変わらない、いつもの光景。

 それぞれ、食べたいものから手を付ける。


 味噌汁。

 出汁巻き玉子。

 オニオンスープ。


 口に入れ、咀嚼し、飲み込む。

 苦しみ出す子どもたち。

 ひとりは血を吐き、ひとりは首をかきむしり、ひとりは眼球が飛び出るほど目を見開いている。


 ぱたり、ぱたりと命の絶える音がする。

 家に満ちていた生命の気配が次々とかき消えていく。

 株の乱高下で市場が大混乱していると解説する、どこの誰かもわからない人の声がラジオのスピーカーを伝い、リビングを満たす。


「ご満足いただけましたでしょうか」


 私は夫に笑いかける。


「……ありがとう。報酬は台所の米櫃こめびつの中に」

「確認しますね」


 フタを開け、米の中をまさぐる。ビニール袋に入った小切手の紙。数字の1を筆頭に、0が7つ。


「確かに受け取りました」


 自分ではない男の遺伝子を継いだ3人の子どもたち。妻が亡くなってからその事実を知った男は、様々な負の感情に飲み込まれた末、依頼を寄せた。


「それでは、私はこれで失礼致します」


 後のことは他の人間がやってくれる。私は本番のことだけ考えていればいいので、気が楽だ。リビングから出ようとしたところで、私は振り返る。


「もし心中にしたいということでしたらトーストを召し上がってくださいね。あまり苦しまないで済む、いいのを塗っておきましたから」


 依頼人には優しく。


 靴を履き、玄関の扉を開ける。朝の空気はとても爽やかで気持ちがいい。私は深呼吸をひとつしてから電話を一本掛ける。


「次はどの家族の妻になればいい?」


 私の家族は替えが利く。

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