異世界に行けるエレベーター

山内とほ

異世界エレベーターのうわさ

  異世界に行けるエレベーター。私はこんなものは信じていない。というか、心霊系全般信じていない。私自身心霊体験をしたことがないのだから、信じろと言われるほうが無理がある。

 だから、迷惑なのだ。私の住んでいるアパートのエレベーターがまさに異世界に行けるエレベーターなのだそうだ。ほんとにバカバカしい。もう5年以上住んでいるが、異世界に飛ばされたことなど一度もない。たしかに、このアパートは築40年は超えていて、幽霊がでてもおかしくない雰囲気は醸し出している。打ちっぱなしのコンクリートはひび割れているし、シミもひどい。外にむき出しとなっている廊下はさび付いた鉄骨でできている。人が歩くたびにギシギシと鳴り響き、寝ていてもその音に起こされるレベルだ。しかし、この雰囲気がよりオカルトマニアを集めているのだろう。夜中になると10代~20代の若者たちが毎日のようにくる。

 「ここじゃね」「雰囲気やばすぎー」「まじででそうじゃん」「やめようよ」

 おいおい、ここは観光スポットじゃねぇ。私の住んでいる3階まで声が届くのだから他の住民も迷惑しているのだろう。実際、1階のエレベーターの入り口には、「アパートに無関係の者の利用を禁ずる」という張り紙が最近貼られていた。

 当然のように、注意書きなんてなんの意味もなさない。若者たちが途絶える様子なんてなかった。

 私が直接注意したこともあったが、すぐにあきらめた。注意したところでおなじ若者達が騒いでいるわけではない。違う若者が来ているのだから、注意はなんの意味もなさなかった。それに人の噂も七十五日。すぐに飽きが来て、忘れられていくだろうと考えていた。

 だから毎夜、狸寝入りを決め込んでいた。しかし、あの時来た若者たちは違っていた。

 21時をちょっと過ぎた時だった。仕事も終わり、部屋でテレビを見ながら缶ビールを飲んでいた。

 「えーー、思ったよりも普通だね」

 「そうか」

 「このエレベータじゃね」

 今日もか……。なんて思ったが、正直夜中の2時、3時頃に現れる輩と比べたら幾分マシだなんて思っていた。

 「ここ人すんでるよね」

 「えーまじ。こわくて私絶対無理」

 「おれもー」

 どうやら、男2人、女1人のようだ。

 「手順は?」

 「えっとね」

 まずは、2階だよ。馬鹿ども。

 「最初は、2階にいくんだよ」

 毎夜、毎夜来てくれるおかげで異世界に行ける手順を完全に覚えてしまった。1人で1階から2階へ。その後、2階から1階に戻り、3階へ。3階から1階にいくと、若い女が入ってきてそのまま、3階に行けると異世界なのだそうだ。正直こんな単純な作業で行けてしまうなんてびっくりだが、短くシンプルなおかげですぐに帰ってくれるため助かっている。

 「おけおけ。じゃあいってくるわー」

 「ちゃんと動画まわしとくよー」

 「おーいいね」

 百回はきいたやり取り。この後は大体こう。「え、女の人は?」「え、俺が女ってこと」「つまんなー」「なんもねーじゃん」

 当然だ。なんもないに決まってる。だから、いつもとは違う若者たちの反応に少し興味がわいた。

 「え、いないんだけど」

 「は、どこだよ…。おーい、どうせ隠れてるんだろ。でてこーい」

 このパターンもよく見た。ただ、今回は違った。もう一人の男の声が完全に聞こえてこなくなった。そして、聞こえてくるのは男女のパニック声。

 「は、どういうこと。え、隠れてるんだよね」

 「おーい。もうマジでつまんないからでてこいって」

 はぁ、人が住んでるというのになんでこんな大きな声を出すのか。

 「でてこいって」

 「かえっちゃうよー」

 心霊何て全く信じていないが、こんなことは今までに1度もなかった。正直、全部演技なのかもしれないが、それでも好奇心がまさって外に出ることにした。私の部屋は角にあり、ちょうど対極側にエレベーターがある。

 じわり、じわりとゆっくり扉を開けながら顔を隙間からのぞかせる。特に変わった様子はなかった。人の気配もしない。そのまま、目の前の通りに目をやると、ストリート系?ニット帽にだぼだぼなパーカをきた青年とやたら露出の激しい女子がいた。

 「おーい、まじでいないのか」

 「なにしてるのー」

 相変わらず、周りを省みない声を出し続けていた。このまま、放置しても良かったが、声をかけてみることにした。

 「なにしてるの?」

 「あ、すみません」

 青年が答えてきた。

 「友達異世界にいちゃった」

 「え、しってるんですか?」

 「そりゃーこんな大きな声でしゃべってたらねぇ」

 「いや、ほんとにすみません。あの友達でてきたらほんとに帰るんで」

 その時だった。ちょうど、扉の向こう側から声が聞こえてきた。

 「じゃーん、ここにいまーすー」

 「おい、おまえ、ふざけんなよ」

 「やだー」

 「あのーうるさいから、静かにね」

 「すんません」

 扉に向こうにいる男が謝罪してきた。

 「じゃあ」

 そのまま、扉を閉じた。正直残念である。ほんとに異世界に飛ばされた者が出てきたとおもったのに。やはり、オカルト系に本物なんてないのだな。

 うん?ちょっとまてよ。扉の向こうにいた男はどうやって音もたてず、あのさび付いた廊下を渡ってきたのだろう。人が歩くたびにギシギシと鳴り響き、寝ていてもその音に起こされる。こんなところを無音で歩くなんて不可能だ。そもそも、男は 「じゃーん、ここにいまーすー」なんていってた。あの時も音何て一切しなかった。

 私は急いで扉を開けた。しかし、そこにはもう若者たちはいなかった。




 

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異世界に行けるエレベーター 山内とほ @yamautimtoho

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