Case8 夢見る少女
33 幼馴染の憂鬱
昴大はオレンジジュースを飲みながら、話している凪と雄太郎を見ていた。
「ユウくん、昔はあんなにかわいかったのになあ。一体どうしてこんなに冷たくなったのか」
「半分以上は凪ちゃんのせいだからな?おい昴大、何笑ってんだ」
このくだりは何度見ても面白い。昴大には幼馴染なんていないので、二人の関係性がより不思議に見えた。
「雄太郎、昔は凪ちゃんと結婚するなんて言ってたんだよ」
「けっ、けっこん!?」
「えーかわいい!」
加奈の言葉に衝撃を受ける昴大をよそに、千鶴は声を上げ笑顔で雄太郎を見る。
幼馴染とはそんなものだろうか。子どもの何気ない言葉だと分かっていても、結婚という言葉は昴大の思考を占拠するには充分だった。
「やめろ母さん!あの時は血迷っていたんだ!俺が凪ちゃんと結婚するなんて、天地がひっくり返ってもあり得ない!」
「雄太郎言い過ぎだよ。ウチの愛する凪にそんなこと言うなんて許せない。というか許さない」
千鶴の口調は尖っていて、若干キレ気味だ。確かに昴大も雄太郎の言い方は良くないと思う。
「どうせ凪ちゃんは気にしないから別に良いだろ。というか凪ちゃんだって俺と結婚なんて嫌だろうからな」
当の凪はというといつの間にか席を立ったようで、昴大の視界から姿を消した。
「凪ちゃんはどこに行ったんだ……?」
三人で凪を探していると、凪は加奈の元へ行って何やら話しているようだった。
「おばさん、その時の動画とか残ってる?」
そう言った凪の表情は悪意に満ちた笑みを浮かべていて、昴大は呆れるしかなかった。
「凪ちゃん!」
「あるある。スマホに残ってる」
加奈がスマホを取り出し、操作する。動画を探しているのだろうか。
「母さん、再生しなくていいからな」
雄太郎はそう言うが昴大も少し気になってはいた。千鶴も同じようで、椅子から立ち上がり加奈の画面を覗き込んでいる。
「あったあった」
動画に写っているのは幼い雄太郎と凪。二人とも面影が濃く残っていた。
場所は恐らく幼稚園だ。それらしき建物とチューリップの花壇が写り込んでいる。
「うわあ……」
「懐かしい。そうそう、こんなに可愛らしくてあどけない顔だったんだよ、ユウくん」
明らかに嫌そうな声を漏らす雄太郎とそれとは反対に嬉しそうによく喋る凪。
「別に可愛くない」
雄太郎は言うが、可愛いのは昴大も同意だ。
『ねえ、雄太郎。それもう一回言って?』
動画の始めは加奈が雄太郎に話しかける様子だった。
『だから、ぼく、おとなになったらなぎちゃんとけっこんするの!』
「やめろ!」
笑顔で言う画面の中の小さい雄太郎と、それにツッコミを入れる昴大の隣にいる雄太郎。
その対比に笑わずにはいられなかった。
「騙されてるんだ……」
「何が?」
画面を見るのをやめて項垂れだす雄太郎に凪はポンポンと肩を叩いている。
その顔はどう見ても雄太郎を面白がっている。
『だって、凪ちゃん』
隣に立っている小さい凪は、心から嬉しそうに答えた。
『わたしもゆうくんとけっこんしたい!』
ブフォ、と雄太郎が吹き出す声がした。それは昴大にとっても衝撃的な言葉だった。
凪を見る。彼女は雄太郎の肩を叩く途中で固まっていた。
表情筋も含め、全身が硬直している。明らかに動揺していた。
『ゆうくんはしっかりものだし、なんでもできるし、かしこいから、しょうらいきっとおかねもちになるよ』
「理由が……」
千鶴の言いたいことは分かる。思った以上に彼女は昔から性格が変わっていない。
間違いなく昴大の知っている凪だった。
「がめついところは変わらないな……」
雄太郎は若干軽蔑したように凪を見る。凪はようやく我に返ったようで、黙って目を逸らした。
「まあ、一番恥をかいたのは凪ちゃんだから良いけど」
雄太郎は先程のことを思い出したのか、腹を抱えて再び笑い出した。
正直、雄太郎がそこまで笑うのは珍しいのでかなり貴重な光景だった。
「いや、よく考えたらさ」
凪は平常通りに言うと、反撃の時間だと言わんばかりにニヤリと笑った。
「この時の私ってもう既に天才だよね。実際ユウくんはそういう風に育ったし、お金に困ったら本当にユウくんと結婚するのもいいかも。玉の輿だよ」
「絶対に俺は嫌だからな!」
雄太郎は後ずさり、どこかへ逃げていった。
「あーあ、逃げちゃった」
「母さん」
バーベキューが終わると、雄太郎は一つ引っ掛かることがある。
「さっきの動画、もう一回見たい」
「いいけど、どうしたの?」
「……ちょっとな」
加奈からスマホを受け取った雄太郎は、片付けを終えて元通りになったテラスで動画を開いた。
手早く先程再生された場所まで早送りする。雄太郎の記憶では、この話には続きがあった。
幼い雄太郎は映像内にはおらず、凪一人が画面に映っている。
『凪ちゃん、なんで雄太郎と結婚したいって言ってくれたの?』
『ゆうくんのかぞくは、あったかいから。みんなやさしいし、わたしのことすきだから。わたしもゆうくんのかぞくになりたい』
「……凪ちゃん」
こんな幼い凪の言葉にも、裏があることを雄太郎は知っている。
凪の家庭は少し複雑だ。
父親は早くに亡くなっており、おまけに母親は放任で滅多に家には帰ってこない。凪の母親は、凪たち子供を放置して自分は男と遊んでいるのだ。
凪には三人の兄がいるが、凪と彼らは父親が違う。
現在はそれなりに妹としてかわいがってもらってはいるそうだが、彼らも自分のことで手一杯で、このときの凪の歳くらいのときはロクに面倒を見てもらえなかった。
小学生のとき、いつも凪は雄太郎に言っていた。
「私の家族もユウくんみたいだったら良かったのに」
雄太郎は元々凪の母親が嫌いだ。暁家と海月家の長年の付き合いの中でも、雄太郎が彼女と顔を合わせた回数は少ない。運動会などの学校行事や授業参観には参加しない。
千鶴から聞いた話では、卒業式にも現れなかったようだ。それには雄太郎は怒りを覚えたが、
「ユウくんちょっと落ち着きな。別に良いじゃんあんな女。顔、見ないで済んだんだからそっちの方が良くない?」
と凪になだめられたため、雄太郎が凪の母親に何かを言うことはなかった。
雄太郎にとって、凪はたった一人の幼馴染だ。
しかし、いくら雄太郎でも凪の家庭に介入することはできない。だから凪の三人の兄が暁家に土産を贈ったことは、少し安心した。彼らなりに妹を気にかけているのだ。
「凪ちゃん」
もう少し凪に優しくしてやろうと決意した雄太郎であった。
次の更新予定
霊感を持つ少年少女の話。 茨 如恵留 @noel_0625
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