32 微妙な関係性

「昴大、そっち支えて。さすがに一人じゃ無理」

「ここ?」

「そう、そのまま持ってて」


千鶴は雄太郎と、以前と変わらない様子で共同作業を行う昴大と凪を見ていた。


「仲直りできて良かったな。というか昴大もよく許すな。さっきの凪ちゃんの発言、デリカシー無さ過ぎるだろ」

「雄太郎なら許さないの?」


思い切って雄太郎に突っ込んでみた。あまりにも雄太郎は凪に対する扱いが酷い気がするからだ。


「……いや、俺は許すよ。凪ちゃんはそういう奴だし」

「昴大も分かってるから許したんだと思う。凪は確かに、はっきり物事を言うっていうか、歯に衣着せぬ発言をするっていうか」

「無神経の一言で充分だと思うぞ」


雄太郎に遮られ、やはり少し当たりがキツいと感じた。


「とにかく、そういう凪の言葉に救われた部分が昴大にもあるんじゃない?だって凪、事実しか言わないし。嘘はつかないもん」

「それが残酷な事実でもな。優しい嘘がつけないだけなんだ、凪ちゃんは」


ああ見えて不器用だからな、と雄太郎がボソリと聞こえるか聞こえないかくらいの声で呟いた。


千鶴は雄太郎のことを誤解していたようだ。雄太郎はただ凪を批判したいだけではない。凪の短所を知った上で直そうとしているのだ、きっと。

短所も全て長所として包括しようとする自分なんかよりも、余程心根は優しいかもしれない。千鶴はそう思った。


「……そうか。凪ちゃんと昴大は同じクラスだし、俺たちが考えるよりもあの二人の付き合いは深いか」

「昴大も凪のこと、理解してくれてるってことだよ」

「まあ昴大が優しいってのもあるけどな」


ふと思い出したことがある。かねてより雄太郎に尋ねたかったことだ。


「雄太郎、なんでウチは昴大に嫌われてるの?」

「……なんでそう思ったんだ?そんなことはないだろ」


雄太郎の一言で千鶴の心がズキリ、と痛む。

そんなことがあるのだ。心当たりなら幾らでもある。


「昴大、ずっとウチのこと何て呼んでるか知ってる?」

「千鶴さん、だろ。俺でも知ってるぞ」

「雄太郎のことは?」

「俺のことは雄太郎って呼んでるな」

「凪のことは凪って呼んでるよね」

「……よく考えたらなんか遠いな?」


雄太郎がハッとしたように千鶴の目を見る。


「しかも避けられてるし……」



千鶴と昴大は廊下で会うことが多い。

ある昼休みのことだった。

廊下の曲がり角で昴大を見かけた。思わず千鶴は近付いて声をかけた。


「昴大!」

「千鶴さん」


振り返った昴大は、笑顔でそれに答えた。


「次移動なの?」

「あ、いやそうじゃなくて」


えっと、と非常に言いづらそうにして目を逸らした昴大。


「どうしたの?もしかして医務室?」

「ぼ、僕もう行きますね」

「え、」


昴大は足早にその場を立ち去る。千鶴は呆然とそれを見送るしかなかった。

そんな事が何度も続いた。千鶴の中では既に確信に変わっていた。


「気のせいだろ。千鶴の考えすぎだ」


最初は千鶴もそう思った。思ったのだが。


「昴大ってさ、優しいから。嫌いでもはっきりとは拒めないんじゃない?」

「千鶴に心当たりはないのか?理由もなく人を嫌うような奴じゃないだろ、昴大は」

「ウチ、初対面の時からずっと昴大って呼んでたんだよね」

「……確かに、もう仲良さそうに見えた。でもそれは昴大からも好意が見えたぞ?」


雄太郎には説明しても分からないだろうが、昴大はかなりの人見知りだ。そんな昴大にとって、千鶴の第一印象はクラスも違うのに馴れ馴れしい人。

今も続く敬語がその証拠だった。


「そんなに思い悩むなら本人に聞きに行けよ……それが一番手っ取り早いだろ」


呆れ顔の雄太郎が言う。確かに合理的ではあるが。


「いやいや!駄目だよ、一番嫌われるやつ!面倒臭がられて終わり!」


雄太郎はそんな不安を抱いたことがないのだろうか、と千鶴は考えた。そんな人間が存在するのだろうか、と。


「雄太郎ならあり得るかも……?」

「なんだよ」

「なんでもない!」


口に出ていたようで、雄太郎に突っ込まれてしまった。


「じゃあ俺が代わりに、今晩くらい昴大に聞くから。それで良いだろう?」

「それはちょっと……昴大の性格的に絶対考えちゃう」

「それじゃあどうするんだ?解決したいんじゃないのか」


その雄太郎の言葉に千鶴は黙り込むしかなかった。本当にこればかりはなんとかしたいのだ。しかし解決するにも上手い方法が見つからない。はっきり言って八方塞がりだった。


「……雄太郎、少し、聞いてみてくれる?」

「了解」


雄太郎は頷くと作業を終わらせて、両親の元へ向かった。




バーベキューの準備が終わり、凪は紙袋を持って皆の前に現れた。


「おばさん、おじさん。これ、三男からのお土産です」


長男からの土産は高級ゼリー、次男からの土産は結婚20年目を迎えた夫婦への日本酒だった。

正直、凪の中では三男の土産は上の兄2人に比べてかなり見劣りするので渡すのを躊躇ったが、そういえばバーベキューと言っていたな、と思い出して急いで自室から持ってきたのだ。

「ありがとう」


加奈は凪から紙袋を受け取ると、そのまま戸惑ったように凪を見た。


「……母さん、何が入ってるんだ?」

「加奈、ちょっと見せて」


雄太郎と宗太も紙袋を覗き込むと、たちまち吹き出した。

予想通りの反応だ。凪だって同じような反応をするだろう。


「なんで、マシュマロ……」

「バーベキューするって言ったからだろうね。ご丁寧にそれなりのものをお徳用で買ってきたよ」

「ウチも見たい」

「ぼ、僕も」


千鶴と昴大まで見たいと言うので、凪以外の全員がマシュマロが入った紙袋を見るという状況になった。


「すごい……」

「これだけあれば、食べ放題だね!」


キャッキャと歓喜する昴大たちとは正反対に、肝心の暁家が微妙な表情を浮かべている。


「まさか、おばさん達もマシュマロ買ってきてた?」


加奈は頷く。やってしまった、と凪は思った。いや、本当にやらかしたのは三男の治なのだが。


「しかも同じのを……」

「この量で?」

「そう」


流石に先程まではしゃいでいた2人も静かになって紙袋を見た。


「……どうするんだよこれ」


雄太郎が呟く。


「何かレシピを探しておくよ。3日間で食べ切れるように」

「ありがとう、おじさん。ごめんなさい、私の兄が」

「いえいえ」


なんとか気まずい空気を乗り越え、バーベキューは始まった。

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