31 不穏なご相談(2)
「待て昴大、俺が送る」
「大丈夫」
雄太郎の手を力なく振り払った昴大を見送ると、千鶴は昴大に心無い言葉を放った張本人を見た。
「凪ちゃん」
雄太郎が珍しく責める口調で凪に詰め寄る。
凪自身はそれに気が付いていて、雄太郎を普段と変わらない様子で見ている。
「言わなくても分かってるよ。あの言い方は適切じゃなかった」
少しだけ不貞腐れたような様子を見せる凪。反省の意は今のところ伺えない。
「言い方の問題じゃない。思っててもあんなことは言うべきではない」
雄太郎がしまったという顔をした。凪が得意な風になったのがすぐに分かったようだ。
「へー、ユウくんも思ってるんだ?」
「凪ちゃん!」
この空気はとても良くない。だがこの状況では何を言っても凪に言い負かされるような気しかしない。
「私が言ったことは事実だよ。誰も一般論を昴大自身に適用するとは言ってない。昴大の受け取り方の問題だ」
「昴大が悪いってのか!?」
「まあまあ落ち着いて。凪は言い方には気をつけるべきだったよ。でも、本当のことなんだ……」
今にも掴みかからんとする勢いで睨み合う二人を制止して、千鶴は間に入る。
「凪が言ったのは、そのくらい昴大に憑く悪霊の数が異常だってことだよね?」
「そうだよ。比喩だよ比喩。ちゃんとそう続けるつもりだったのに、昴大が早とちりしたの」
「なら謝りにいかないと。誤解を解こう」
凪は黙って頷いた。
「千鶴、凪ちゃん一人に謝らせるのは駄目だ。何を余計なことを言うか分からない。俺もついていく」
「これは二人の問題だから、あんまり邪魔するのは良くないよ……」
千鶴が言葉を続けようとすると、凪が遮った。
「いいよ。寧ろ一緒に来てくれないかな、ユウくん。千鶴も。お願い」
凪がそんなことを言うのは意外で仕方なくて、雄太郎も千鶴と同様凪の顔を不思議そうに見ていた。
昴大は部屋に戻ると直ぐに窓を開け、深呼吸をして息を整えた。
視界が徐々に晴れていく。現実に引き戻される。頭が冷えて、大きくため息をつく。
「何やってるんだろ、僕」
凪の言葉。そこに悪意なんてなかったはずなのに。それが昴大の心を想像以上に抉って、結果的にあんな姿を晒してしまった。
また、弱い部分を見せてしまった。
今頃凪は問い詰められているだろうか。それとも、傍から見れば大げさな反応をしてしまった自分に呆れ、三人の心は離れてしまっただろうか。
昴大にとっては前者は希望的観測に過ぎなかった。元々仲良くしていたのは彼ら。あとから入ったのは自分。居場所がそこにあるとは思えない。
風が昴大の肩を掠めて抜けていく。
何となくその感覚が不快で、昴大はペタンと三角ずわりで背中を丸めた。
「やっぱり」
最初から分かってはいた。中学時代は、ちゃんと理解できていた。
高校に入って免罪符ができて、見ないようにしていた。
自分が今まで友人を作れなかったのは悪霊のせいなんかではない。
「僕が、この性格が悪い」
振り返る、この数ヶ月の記憶。
「嫌だ……」
そのどれもが鮮やかに色付いて、昴大の脳裏に焼き付いている。
「きらわれたくない……」
凪は空気を思い切り吸い込むと、静かに吐いた。
「昴大」
扉を軽く2度叩く。返事はない。
凪はもう一度声をかけようとした。しかし、反応が無いということは昴大からの無言の拒絶なのかもしれない。
「……昴大」
口を開いたのは雄太郎だった。俯いていて、表情は伺えない。
10年以上の付き合いであるはずの凪でさえ、今の雄太郎の心情は分からない。
「開けてくれないか」
その瞬間に扉は開いた。
「い゛っ!?」
開けられた扉に思い切り額をぶつけた雄太郎が声を上げる。
「ごっ、ごめん!」
扉を開いた張本人である昴大は、痛む頭を押さえて悶える雄太郎を見て驚愕していた。
いつもの昴大の反応と同じだ。
「……凪?」
昴大と目が合った。そこに嫌悪感や怯えは感じられない。
「ごめんね」
「……昴大?」
先に謝ったのは昴大の方だった。昴大に謝られるようなことなどないはずだが。
「取り乱してしまってごめん。心配かけてごめん」
「いや、こっちこそごめん。言い方が悪かった」
凪がそう言うと、いやいや、とすぐに昴大が否定して続けた。
「凪は悪くないんだ」
「悪いでしょ。寧ろ昴大こそ何も悪いことしてないよね?なんで謝るの」
「だって、あのときの僕、絶対酷い顔してたよ!」
昴大の顔には泣き腫らした跡がある。目元が赤く、頬には涙が伝った跡も。
平常通り振る舞ってはいるが、やはり昴大は深く傷ついたのだ。
「その酷い顔をさせたのが私なの。謝るのは私の方」
「でも……」
埒が空かないような気がしたので昴大の発言にはこれ以上突っ込まないことにした。
「とにかくごめん。私の考えなしな発言で昴大を傷つけた。この謝罪は受け取って欲しい」
凪は思い切り頭を下げた。プライドの高い凪が人にこんなことをしたのは久しぶりだった。
「……分かった」
それだけ言うと昴大は、凪の後ろに立っていた雄太郎と千鶴に告げた。
「僕、もう大丈夫だから。心配かけてごめんね。……そろそろ、雄太郎のご両親が帰って来るんじゃないかな?」
「あ、そうだった!」
千鶴が声を上げると、雄太郎が左手首に着けた腕時計を確認し、頷いた。
「そうだな、そろそろだ。料理の準備は両親が大体やってくれるから、俺達は椅子や道具を出しておこう」
「分かった。じゃあ下に降りようか!」
凪たちが一階に降りて少ししてから、雄太郎の両親が帰ってきた。
「おかえり」
「ただいま。じゃあ準備、始めよう」
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