30 不穏なご相談

何周か昴大とクエストを回っていると、ピピピとキッチンタイマーのような音が聞こえた。

こんなに律儀なことをする人間は限られている。


「さてはユウくんだな」

「これが鳴ったら3時だからリビングに降りてきてってさ。これが終わったらすぐに行こう、凪」


手早くスキルを撃ち込み敵をあっという間に倒してしまう昴大。


「はっや。本当にどうなってるの」


あまりの昴大の手さばきに凪が感心している間に昴大は立ち上がり、ゲーム機を片付けている。


「凪ちゃん。何味がいい?」


階段を降りたところで、雄太郎が立っていた。


「私はぶどうがいい。昴大は?」

「僕はみかんで」

「分かった。千鶴もぶどうで、俺は桃だから、葡萄はあと2つな」


雄太郎がギフトボックスからゼリーを2つ取り出し、スプーンと共に凪と昴大に手渡した。

ソファに座り、昴大と雄太郎と向かい合う。スプーンで一口掬って食べる。


「おいしいね」

「うん。凪のお兄ちゃんに感謝!」


千鶴も満足げにゼリーを頬張る。


「遼さん……だっけ。こんなに美味しいゼリーを僕たちのために買ってきてくれるなんて。きっと高級だよ」

「ああ高級だぞ。わざわざネットで予約して買うレベルだ」


それはさすがに凪も初耳だった。雄太郎はスマートフォンの画面を凪の前に差し出して言った。


「凪ちゃん、はい」


そこには凪が持ってきたゼリーの値段が書かれていた。それはかなり高級品で、高校生に贈る物の額ではない。

そんなものを持たされていたのかと思うと驚きを通り越して最早笑えてくる。


「凪のお兄ちゃん凄い……一番上だよね?」

「そうそう。さっすが政治家、賄賂がうまいよねー」

「冗談でもそういうことを言うのはやめたほうが良いと思うぞ」


雄太郎にそう諭され、凪は一旦口を閉じた。


「凪のお兄さんって政治家なんだ。知らなかった」

「今度区議会議員選に出馬するらしいな。凪ちゃんも発言には気をつけるんだぞ」

「分かってますよ」

「本当かよ……?」

「ほんと、ほんと」


これでも凪は兄の夢を応援している。特に自分に対してとても良くしてくれている上の兄、遼には成功を掴んでほしい。


「美味しかった!」

「うん、ちょっと大人っぽい味だったね」


千鶴と昴大が笑顔なのでまあ良いかと思いつつ、容器を重ねて全員分のスプーンを回収している雄太郎に尋ねた。


「ユウくん、おばさん達何時に帰って来るの?」

「あと20分で帰るらしい。帰って来たらバーベキューの準備、手伝ってくれないか?」

「分かった!」


千鶴が元気良く返事する。


「じゃあその間何しようかな……」


凪が面白いことはないかと考えていると、昴大が小さく手を挙げて言った。


「少し、相談したいことがあるんだ」




昴大は一通り、京都に帰省し墓参りに行った時の出来事を話した。

しかし三人の反応は思ったよりも淡々としている。


「僕が霊を視ることができるなんて信じられなくて……」

「可能性はあるんじゃない?だってあんなに引き寄せちゃうんだから。何かのトラウマで視えなくなるって、珍しい話じゃないらしいし。ねえ、千鶴?」


千鶴は何か思い悩んでいるようにウンウン唸っている。


「千鶴さん?」

「千鶴、返事して」


昴大と凪が話しかけると、千鶴はハッとしてようやく自分の世界から抜け出したようだった。


「ごめん、なに?」

「前に相談受けたんでしょ。視えなくなった人の話」

「うん。その人は、悪霊に襲われて一度死にそうになってしまって……。視えない方が幸せってことになったよ」


悔しげに言う千鶴の表情は、少し歪んでいる。


「ここにいる三人には視えてるんだね。霊が」


三人がどんな世界を見ているのか、少し気になった。聞いただけで理解できると思えるほど傲慢ではないが、ここまで助けてもらって無関係を貫きたくはなかった。


「まあね。私はくっきりとじゃなくて、なんとなく、そこに霊魂があるなーくらいだけど」

「俺はめちゃくちゃはっきり視えてるよ……」

「ウチも。人間と同じくらい」


実際聞いてみないと分からないものだな、と昴大は思った。


「個人差があるんだ。知らなかった……」


自分の浅い素人知識で余計なことを口出ししない方が良さそうだ、と昴大は思った。


「うん。その人は、どのくらい視えてるとかは言ってた?」

「いや、何も……名前すら聞いてなくて」


正確には、聞く暇もなかったのだ。颯爽と現れて、去っていった。風のような人。そんな印象だった。


「でも多分地元の人だろうね。昔会ったとかじゃないの?」

「僕は何の覚えもないな……」


改めて京都にいた頃の記憶を探ってみるが、やはり心当たりはなかった。


「不思議な人。会ってみたい」


凪は彼に興味津々のようだった。できることなら紹介してやりたいが、流石に連絡先も名前も知らない相手を紹介する術は昴大にはない。


「凪ちゃんも不思議さなら良い勝負だと思うぞ」

「そうかなあ」


凪は首を傾げて笑う。自覚はあるのにわざととぼけているようだ。


「別に視えても良いことなんかないぞ、昴大。あれ怖いんだからな……」

「それはユウくんがビビりなだけじゃない?」

「凪ちゃんは黙れ」


お決まりのやり取りを見て少しホッとして思わず笑ってしまう。


「でも少なくとも昴大は視えてなくて正解だ。あれが視えたら気をやってしまうだろ」

「確かに。えげつなかったもんねー」


二人が言っているのは、きっと自分に憑いていた悪霊の数か何かだろう。


「あんなに憑かれるなんてそうそう無いよ。普通は視えてる人に憑く数だし」


千鶴が言った。今更ながら疑問が湧く。


「僕が悪霊に憑かれてた理由って…?」

「分からない。ウチの両親すらそう言ってた」

「悪霊に憑かれる理由って、普通は恨みを買う……とかじゃないの?」


昴大の素人知識で言ってみると、千鶴は頷いた。


「そうだよ。でも昴大は無いから、変だなって」

「恨みってどうやって買うんだ……?」

「多くの命を奪った、とか?殺人鬼や軍人。昴大がそうなら、何も異常なことはない」


凪の言葉に背筋が一気に寒くなる。いや、背筋だけじゃない。全身から熱が抜け落ちるような、自分が自分でなくなってしまうような感覚。


「ぼ、僕っ、は、誰も、殺してない……」


脳裏に駆け巡る記憶。


鼻孔を突き刺すような鉄の臭い。両手から滴り落ちる深紅の血。土色の学ラン。それら全てが昴大の視界の色を奪う。


「誰の命も奪ってない」

「昴大、顔色がよくない。大丈夫か」


呼吸が段々浅くなる。酸素が脳に回らなくなって、意識が沈んでしまいそうだ。


「僕、部屋、戻るね」


覚束ない足取りで、昴大は部屋に戻った。

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