カナエさん
おねずみ ちゅう
カナエさん
まずは紙とペンを用意します。
紙に、今一番叶えて欲しいお願い事を書きます。
例えば、お腹が空いたからおやつが食べたい、だとか、可愛いぬいぐるみが欲しいだとか。なんでもいいんです。今、最も望むことを一つだけ書きます。ベランダに出て、願い事を書いた紙を洗濯バサミで吊るします。
あとはカーテンを閉めて普段通りに過ごします。
願い事が叶うまでは、絶対にカーテンを開けてはいけません。3日以内に願いは叶います。カナエさんが叶えてくれるんです。
カナエさんが初めて願いを叶えてくれたのは私が小学校4年生の時でした。私は両親から紙とペンを渡され、今一番望むことを書いてごらんと言われました。なので私は子猫が欲しいと紙に書きました。両親はそれをベランダに吊るして、『こうしておくとカナエさんが願いを叶えてくれるんだよ』と言いました。
翌日、我が家に子猫がやってきました。両親はカナエさんが願いを叶えてくれたんだね。と、言いました。
私はその日の晩も、両親に内緒でカナエさんに叶えてもらいたい願い事を、紙に書いてベランダに吊るしました。
『ガラスの靴が欲しい』
翌日、誰からもガラスの靴はもらえませんでした。私はがっかりしてベランダへ出て紙をとろうとしました。すると、吊るしてあった紙は無くなっていて、代わりにガラスの靴が吊るされていたのです。
私は嬉しくなって、ガラスの靴を両親に見せました。両親は不思議そうな顔をして、誰からもらったのか、と尋ねるので『カナエさん』と私は答えたのです。
それからというもの、私はカナエさんにたくさんのお願い事をしました。カナエさんは欲しいものはほとんどくれます。でも、両親は気味悪がって、私が見つけるよりも先にカナエさんからのプレゼントを見つけると隠して捨ててしまうのです。だから、私は物をもらう時には秘密の場所に隠しておいて欲しいと、紙に書きました。
それからは、カナエさんが物をくれる時には家の裏の木に吊るされるようになりました。
両親が嫌がるので、私はカナエさんの話をしませんでしたが、カナエさんへのお願い事はずっと続けていたのです。
私が初めて、カナエさんに人を殺すことを頼んだのは中学2年生の時です。
当時、私はいじめられていました。髪が明るくて、スカートの短い女の子たちに囲まれて、殴られる毎日でした。
私はカナエさんに、その女の子グループのリーダーを殺して欲しいとお願いしました。
リーダーの女の子は次の日に行方不明になり、3日後に川の下流でボロボロの死体となっていました。
私はとても嬉しかったです。珍しく鼻歌なんか歌いながら登校しました。
カナエさんはなんでも叶えてくれるのです。
高校を卒業して、上京してからもカナエさんへのお願い事は続いていました。
紙とペン。それさえあれば、なんでも叶えてくれるカナエさん。
私はカナエさんの正体を見たことはありませんでしたし、知るつもりもありませんでした。
一人暮らしを始めてから、カナエさんはとても役に立ってくれました。風邪を引いて外に出られない時、紙を吊るしておけば、風邪薬がすぐに郵便受けに入ります。急に生理が始まって、衛生用品がない時にも紙を吊るせば、すぐに届けてくれます。仕事で疲れて、夕飯を作るのが億劫な時も、紙を吊るせばコンビニ弁当が届きました。高いバッグやブランドの靴が欲しいと書けば、どんなに高価なものでもカナエさんはくれました。
今日のお願い事は6人目の人間を殺してもらうことです。今までも何度か同じようなお願い事をしました。全員が、私にとっての健康で文化的な最低限度の生活を妨害しようとした人間でした。
今日、殺して欲しい相手は会社の上司でした。いつもセクハラをしてきて、飲みたくない酒を無理矢理飲ませてきます。
私は紙にペンで書きました。
『○○部長を殺してください』
紙を綺麗に折りたたみ、洗濯バサミでベランダに吊るします。
ベランダから戻って、カーテンを閉めた時、インターホンが鳴りました。
私が玄関のドアを開けるとスーツ姿の強面の男の人が二人立っていました。
二人の男は私に向かって一礼をした後、黒い手帳を掲げました。
どうやら、二人は警察のようです。
警察の二人は、「最近、物がなくなったりなどしませんか?」や「誰かに見られているような感じはしませんか?」と尋ねるので、私は「いいえ」と答えました。本当のことだったからです。
次に警察の人は、写真を一枚見せてきました。
そこには無精髭を生やし、タレ目で色黒な、少々清潔感に欠ける男が写っていました。
「この男に見覚えはありませんか?」
「いいえ」
警察は私の返事を聞いて、顔を見合わせると慎重な面持ちで私に言いました。
「落ち着いて聞いてくださいね。……この男は、ある窃盗事件で現行犯逮捕された男です。そして、この男の持ち物から、あなたと思われる写真が発見されました。近所の方に調査したところ、この男があなたの部屋のベランダに侵入しているところを見たという目撃者が何人も現れたのです。ですが、安心してください。この男は今、我々が拘束しています。あなたが、この男から受けた被害を届け出てくれましたら、窃盗罪に加え、然るべき処罰が与えられることでしょう」
警察に見せられた男のことは気になりましたが、実際に被害を受けたわけではないし、訴えることはしませんでした。
正直に言えばその日は、はやくに眠る必要があったので、面倒な手続きをしたくなかったのです。
カナエさんに人を殺すことを願った日は、はやく眠ります。いい夢が見られるからです。
翌日の朝、カナエさんが願いを叶えてくれた確かな証がニュースから流れました。
私はそのニュースを聞きながら、夜中に回しておいた洗濯物をベランダに干します。鼻歌を歌いながら。
カナエさん おねずみ ちゅう @chu-onezumi
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