後編 いけ好かない奴ほど、裏の顔がある

 私は親友を守るため、体育館の入り口に行くことにした。パーティー開演の十分前、ミキは入り口横のスロープ前で待っていた。


「ミキ。田中は?」

「それが、ちょうどいま連絡が来て、先に会場に入っていてくれって。必ず最後の曲までには迎えに行くからって」


 ミキの目に不安が広がっている。スマホをぎゅっと両手で握りしめたミキは、生物としての強さを失っていくように見える。

 体育館にどんどん人が入っていく。私はミキを元気づけると、車椅子を押してスロープを上がった。こんなとき、ミキが嫌う「普通の言葉」でしか元気づけることしかできない自分が、初めて嫌になった。


 体育館はすごい熱気だった。照明が落ちており、舞台には暗幕が掛かっている。スポットが舞台の中心に当てられていた。田中が来たらすぐに分かるようにという理由で、私たちは入り口近くにいることにした。


 私は心の中で、田中がこのまますっぽかしてミキに嫌われればいいのにと願っていた。そうすれば、私が田中の悪口をごまんと並べて、あいつを完全な悪者にできるのに。


 ざわついていた周囲がいつの間にか静かになった。時計の針がまっすぐになる。始まる。私たちの最後のイベント、ダンスパーティー。

 舞台の上手から、蝶ネクタイをつけた実行委員の男子がでてきて、スポットの位置で立ち止まった。


「皆様、お待たせしました。これより、第四十五回中等部ダンスパーティーを開催します。みんな、最後まであげてってくれ!」


 司会の呼びかけに会場中が雄叫びを上げて応えた。スポットが消えると同時に、舞台の幕が上がる。影がうっすらと見える。雄一郎君たちだ。

「みんな、始めるぞ!」

 ぱっと照明がつくと同時に、太鼓の音がビートを刻む。雄一郎君の三味線が鋭いリズムを刻み、笛の音が会場を沸かせる。


 一曲目は東京音頭。体育館にいる全員で輪になり、歌って、踊って、現実を忘れる。続いて、おはら節、佐渡おけさ、炭坑節と観客を一切休ませる気のない攻めのセットリストになっていた。


 会場のボルテージが上がっていくのとは裏腹に、私とミキのテンションは下がっていく。二人の理由は全く違ったけれど、私たちは田中をただひたすら待つだけだった。

 いよいよ最後の曲、花笠音頭が始まったその時、体育館の扉が開いた。私とミキは目を見開いて扉を注視した。


 立っているのはあの薄ら笑顔のマッシュルームヘアー、田中アルベルトだった。その横に、いつもの取り巻きもいる。田中は猫背をあらん限りまっすぐ伸ばし、ミキの方へと近づいてきた。どこか堂々と一仕事終えたような雰囲気が漂っていた。


「お待たせしてしまってごめん。ほんのわずかでも僕と踊ってくれませんか?」


 田中がひざまずき、ミキの手を取った。こうなってしまってはミキはもう田中の虜だった。今どき、こんなきざなことする奴がいたんだと、私は絶滅危惧種を発見した喜びすら感じてしまった。


 田中とミキが花笠の輪の中に溶け込んでいくのをただ目で追うことしかできなかった。一体、田中の狙いはなんなんだと、やっと我に返ったとき、田中の取り巻きが私の横にやってきた。


「よかった。田中さん、間に合って」

「何が?」

「このダンスパーティー、UVL(アンチバレンタイン同盟)によって妨害されそうになっていたんだ。それを田中さんがリーダーとなって防いだってわけ」


 何を言ってるんだ、こいつは。私の理解が追いつかない。ミキと田中は二人だけの世界に入り、「やっしょまかしょ」と掛け声を上げている。


「あんたたちがUVL(アンチバレンタイン同盟)じゃないの?」

「いや。俺たちは、学園平和維持活動だ」


 なんていうことだ。学園平和維持活動。この学園生活の平穏を守るために、私利私欲を捨て、陰になりながら生徒のために活動する三大秘密組織の一つ。噂は聞いていたが、まさか田中がその組織を束ねるリーダーだったとは。


「じゃ、じゃあUVL(アンチバレンタイン同盟)は誰なの?」

「今回の主犯はお前のクラスの薩摩だ。今、われわれの司令長官であるゴリ山田先生に説教を食らっている」


 薩摩だって。あの優秀な中学入学組に当てられて闇落ちした隼人君。まさか、彼がUVL(アンチバレンタイン同盟)だったなんて。

私は何も言えなくなった。私たちの平凡であっても、かけがえのない学園生活が、あの薄ら笑いによって守られていたなんて。私は、全てを知り、みじめな気持ちになった。いつの間にか花笠音頭も終わっていた。

 何もできなかった私が親友と田中を見つめていると、会場中から「アンコール」の大合唱が鳴り響いた。体育館が揺れる。

 舞台には雄一郎君が立って、大きく手を振って観客を沈めている。


「みんな、ありがとう。では、最後にこの曲を送るぜ。阿波踊り!」

 そこにいた全ての人が雄一郎君の掛け声に合わせ「踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら踊らにゃそんそん」と大合唱した。

 私もその中に加わった。全員での大合唱。狂ったように踊ると、私の表面部分はどんどんと集団の中に溶け出ていった。


「踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら踊らにゃそんそん

踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら踊らにゃそんそん」


 自分も他人も、良いも悪いも全てがぐちゃぐちゃに混ざったころ、私はやっと自分が分からなくなった。パーティーの最後に今年度のダンスキング&クイーンにミキと田中が選ばれた瞬間、私は涙を流し、拍手を送っていた。きっとそれが私の中に残った私を濃縮した私の出し殻なんだろう。


【了】

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おどあほ そんそん 雲八 @supersuomi

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