中編 やっぱり親友が惚れた相手はいけ好かない


 週が明けると、教室の中はどこか浮足だっていた。みんなダンスパーティーを意識しているのだ。中等部最大のイベント、ダンスパーティーは、今年度は奇跡的にバレンタインデーに開催される。

 体育館を使って、中等部三年間お疲れ様でしたという意味合いのものだったらしいが、いつの時代からかすっかり恋愛イベントになってしまっていた。


 「誰が誰に誘われた」「今回のダンスキングとダンスクイーンは誰だ」「あいつ一人で行くらしい」などという噂が風船となって教室中に浮かんでいる。


 私は本当に興味がなかったのだが、興味があるのにないふりを演じていた。そうしなくてはこの時期の中等部三年の教室の中はとても居心地が悪くてたまらない。

 しかし、そんな中、相変わらずの薄ら笑いを浮かべている田中とその仲間たちだけは、ダンスパーティーになんて興味をもっていないどころか、完全なアンチだったようだ。


 なぜそんなことが分かったかというと、それは全くの偶然のことだった。

 今日の体育の時間、田中とその仲間たちがひそひそと何か話し合っているのを見かけ、こっそりと近づいてみた。なんと彼らは、この学校にある三大秘密組織の一つ「アンチバレンタイン連盟」のメンバーであったらしく、なにか良くないことを企んでいるようだった。


 田中の取り巻きから聞こえてきたキーワードは三つ、「UVL(アンチバレンタイン連盟)」「ダンスパーティーの妨害」「秘密裏に準備」。

 親友のためにもこれはなんとかしなくてはと決意を固めかけたところで、「渡辺、早くしろ」と体育教師のゴリ山田からの声が掛かった。いつのまにか跳び箱のテストの順番が回ってきていた。私がさっと七段の跳び箱で後方倒立回転跳びを決めると、みんなから拍手が沸き起こった。この技ができるのは、男子の中でも私と田中だけなのだ。

 田中たちが冷ややかな目で、私に拍手を送るのが見えた。


 それから数日が過ぎた。昔から「腐っても田中」というように、田中たちはなかなか尻尾を出さなかった。私はミキに田中の真実を伝えるのはまだやめておいた。その前に、田中たちの企みの全容が知りたい。

 明日はいよいよダンスパーティーだという金曜日。いつものようにミキと二人だけの部活の帰り道。


「ユウキってダンスパーティー、誰かと行くの?」

「ううん。特に誰かと約束とかはないよ」

「実はさ、昨日の放課後、田中を誘ってみたんだ」


 ミキが恥ずかしそうにうつむいた。私は、聞きたくないも返事を待った。


「田中、一緒に行ってくれるって」


 私は何も返せない。ミキの車椅子の車輪が回る音だけがした。私はとりあえずお祝いを伝えた。ミキにはばれないように、心のこもっていないお祝いだった。


「ミキは、田中のどんなところに惹かれたの?」

ミキのほほが赤らんだ。

「そんなの分かんないよ。でも、気が付いたらいつも田中のこと考えてた。二年のとき同じクラスだったんだけど、田中ってクールに見えて、めちゃくちゃ正義感が強いんだよ。それと、やっぱり個性的な雰囲気がいいのかな」


 私から見れば、田中はよくいる「変わった人」の一人だった。好きな映画は単館上映しかされないB級作品で、音楽は髪の毛がもっさりしたやけに高音のボーカルがいるバンドに夢中で、普段は妙にダボダボした古着を着ている。量産型の個性的男子。それが田中アルベルトだと思う。


 ダンスパーティー当日、開始は十八時。土曜日は午前授業だったから、午後はみんな好き勝手過ごした。雄一郎君はパーティーで演奏をするらしく、「最高の祭りにしようぜ」とクラスのみんなを煽っていった。

 私は田中に声をかけた。パーティーが始まる前に話がしたかった。田中は相変わらずの薄ら笑いを浮かべながら、うなずいた。周りにいる、おそらくUVL(アンチバレンタイン同盟)であろうメンツもついて来ようとしたが、田中が片手を出して動きを制した。私は田中を連れて体育館裏に行った。


「田中。ミキの誘いを受けたって聞いたよ」

 田中はにんまりと笑った。

「単刀直入に聞くけど、あんたUVL(アンチバレンタイン同盟)なんでしょ? なんで誘いを受けたの? ミキに何か企んでるなら許さない」


 田中がマッシュルームヘアーをかきあげた。茶褐色の肌に金髪のさらさらヘアーはよく似合う。


「俺が、UVL(アンチバレンタイン同盟)である証拠でもあるのか」

「前に体育のときに話しているのを聞いた」

「それは証拠とは言えないぜ」

 田中は私を挑発するように笑った。私も負けじと言い返す。

「田中、あんたのことはずっと嫌いだったけど、それでも、最低限のルールは守ると思ってた。親友の悲しい顔は見たくない」


 私と田中は正面からにらみあった。冬の寒い夕方。立っているだけでもかなり冷える。私は小刻みに体が震えだした。田中の鼻の頭は赤くなっている。

「おい、ここで何をやってるんだ」

 体育館裏に顔を出したのはゴリ山田だった。冬でも半袖のスポーツウェアで過ごす怪物だ。生徒指導という権力は奴の手の中にある。田中の言うように、まだ証拠は何もない今は、ゴリ山田には何も明かせない。

「いえ。何も。じゃあ、渡辺。あとでな」

 田中はポケットに両手をつっこみ、私の横を悠然と去っていった。私も急いであとを追おうとしたが、ゴリ山田が「少し待て」と、意図的に私と田中を離れさせた。 

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