第24話 一体、私のこれからは

 そして、次の日の朝になった。

 今日は遂にセミフィリアを出発する日だ。

 この日以降は後はアルテミス帝国にある「組織」の拠点へと移動するだけだと言う。


 私は昨晩はクルトの事で悶々と悩みすぎて全く寝れなかったのだが、今日からまた馬にのるなら、ちゃんと寝るべきだったと後悔しつつ、朝ごはんを食べていた。

 今日の朝ごはんはサラダライスだ。お米の上にレタスやトマトなどの野菜がのっている料理で、リングライト修道共和国でもあるものだが、ドレッシングが珍しい味つけだった。


 今日は皆で同じものを食べているのだが、オズさんは「草ばっかかよ、テンション下がるわ~」などと言っている。

 クルトは何も文句を言わずに美味しそうに食べていた。思えばクルトは好き嫌いせず、何でも食べる方だった。


 あれ、そういえばリンナさんがいない。どうしたんだろう。


「サーシャちゃーん、あなたにちょっとニュースかも?」


 私がキョロキョロとリンナさんを探していると、タイミングよく本人がこちらへ駆けてきた。

 手には地方紙らしき新聞紙がある。


「いや~、有名人だね、サーシャちゃん! 滅茶苦茶話題になってるよ、結婚前夜に使用人と駆け落ちした令嬢って!」

「…………え?」


 私は思わずスプーンを落としてしまう。床にがしゃん、と食器がぶつかる音が空しく響く。


「ホラ、この記事、みてみれば? 自分の事っしょ」


 リンナさんが放り投げた新聞紙を慌てて受け止めつつ、私は一面になっている記事を見て、目を瞪った。


『婚約者と結婚前夜にフローティス家の令嬢が駆け落ち! 姉が妹の尻拭いをし、侯爵家の次男を入婿にフローティス家の後を継ぐ事に!』


「え? え? はぁぁぁぁああああ~~~!?」


 私の絶叫が店内に響いた。

 店中の視線が刺さるが、そんな事を気にしている場合ではない。


「クルセイド様、ひょっとしてサーシャ嬢を装った書き置きでも、フローティス家の屋敷に用意してから彼女を拐いました? あたかもフローティス家の人間には、サーシャ嬢が「クルト」と自分の意志で駆け落ちしたかのように見せるように」

「ご想像にお任せしましょう」


 私は見たくないと思いつつも、記事を更に読み進める。

 どうでもいい憶測じみた話に混じって、そこには姉様の私に向けた言葉らしいものが載っていた。


『フローティス家の事は私がどうにかするから、もう戻ってくんなバカ! せいぜい駆け落ち相手のあなたの専属使用人と平凡な幸せでも掴んでこい!』


 ……いや、お姉様。

 その駆け落ち相手は平凡な幸せなんて、とてもじゃないけど掴める相手じゃないんですよ?

 何せ、私が恋した相手は、恐ろしくて、でも微妙に人間臭い所もある気がする、マフェアのアンダーボスだったのだから。


 ……あああ、それにしても、この先の私は一体どうなってしまうのだ。

 フローティス家の為に生きてきたのに、そのフローティス家に私自身が「戻ってこなくていい」などと言われてしまうだなんて、自分自身の存在意義が揺らぎそうになる。


 私の人生、こんな筈じゃなかったのに。


 それでも、認める訳にはいかないけど、心のどこかで重石になっていたものが取れる音が自分自身の奥底で聞こえる気がした。

 そんな私を見て、クルトは憎たらしい程に嬉しそうな顔で笑っていた。 


 余談だが、リングライト修道共和国の間で、私とクルトの話が、伯爵令嬢と使用人の大恋愛として語り継がれる事は、その時の私は知るよしもなかった。


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伯爵令嬢の私、マフェアに執着され結婚前夜に誘拐されて泣きそうです 鯖缶ひな @sababasababa

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