第23話 お互いの心の奥底は
「お嬢様、あなたをこんなにも想っている俺と一緒に生きるのも、悪くはないのではありませんか? お嬢様も、本心では見てみたいのでしょう? リングライト修道共和国の外を」
「それは、」
「アルテミス帝国にはセミフィリア以上に面白いもので溢れています。リングライト修道共和国とは違って、たくさんの国や民族の文化で国全体が溢れているのが、アルテミス帝国です。きっとお嬢様は気に入ります」
「でも私は、フローティス家に帰らなくちゃいけなくて、」
「あなたはそればかりだ。あの家がお嬢様の足枷になっているのなら、滅ぼしてしまいたいぐらいです」
「クルト、なんて事を言うの!? フローティス家は私の人生で一番優先しないといけない事なのに……!」
クルトはそういう私を見て、冷笑する。
その鋭い瞳は私の全てを暴くようで、私の体は思わず凍りついてしまう。
「では、フローティス家以外に、あなたが俺と共にいられない理由はないんですか?」
「え?」
「俺の事が嫌いだとか、マフェアの女になりたくないだとか、いくらでもあるでしょう。何かあるなら、言ってみなさい。全部聞いてあげますよ」
「そ、れは……」
そこまで言われて、私は自分でも今の今まで気づかなかった事に気づいてしまった。
……私は、クルトに拐われてから、フローティス家に帰りたいという事以外の理由で、彼の元から離れたいと思った事がなかった事に。
こんな風にいきなり拐われて、いくらでもクルトを拒否する理由は見つかる筈なのに、私は自分がフローティス家の貴族令嬢で、帰って責務を果たさないといけないという事以外に、それを見つける事は出来なかった。
私は、フローティス家の貴族令嬢としてやらなくてはいけない事が果たせない事が嫌だっただけで、クルトそのものを一度も拒否できた事はなかったのだ。
「私、は……そんな……」
気づいてしまった、気づきたくはなかった事に、私は戸惑いを覚えていた。
クルトはそんな私を見て、うっすらと微笑んでいた。私は思わず目が奪われる。
クルトは固まり続ける私の頬にそっと手を当てる。
「教えてくれませんか、お嬢様の本当の気持ちを、あなたの口で。それが俺にとっては何より甘美な褒美となります」
「わ、たしは……」
私は唇を噛む。
私は決して自分の本心をクルトに言う訳にはいかなかった。どんなに彼に心を揺さぶられようとも。
「私、もう帰るわ。案内して」
私はすっと無表情を取り繕い、クルトに背を向けた。
これ以上、この話を続ける訳にはいかない。そうなってしまっては、私の方がきっと言いたくない気持ちを話さなくてはいけなくなる。
「お嬢様、待ってください。俺はまだあなたの話を聞けていない」
クルトは珍しく弱気な声で私に追いすがる。
「あなたは私の気持ちなんてお見通しなんでしょう、ならわざわざ私の口から言わせる必要なんてないじゃない」
「いえ、俺があなたの事を理解できたと思った事はありません。世の中をまっすぐな目で見つめるあなたは、俺の世界の中ではいつだって未知数の存在でした……裏社会で生きてきた俺は優しいあなたの事が理解できないし分からない、だから好きになったんです」
「……クルトは、私の事をそう思っていたの?」
「えぇ。しかし今ここで、俺はあなたへの想いの全てを語るつもりはありません。俺ばかりがあなたを知りたいと思うのは不公平だ。サーシャにも思っていてほしいんです、俺の心を暴いてみたいと」
え? 今、私の事、サーシャって呼んだ?
初めてクルトに、私の名前を呼んでもらえた。その事に動揺し、自分の心臓がドキリと跳ねる音がした気がした。
それが驚きによるものというだけではないのは、気のせいという事にしておきたい所である。
「私は別にクルトの事を深く知りたいと思った事なんて…………ないとはいえないわね」
「こんな時まで素直なんですね、お嬢様は。でもそう言ってもらえて嬉しいですよ。サーシャにだって、俺の事をどんな形であれ、想っていてほしい……いつか俺の全てを知った時、あなたに幻滅されてしまう日が来たとしても」
クルトは切なげな表情になるが、それは一瞬で切り替わり、やがてどことなく不敵な微笑みになる。
「ところで、お嬢様、よろしければ、俺とキスしませんか?」
「え、急になに」
「こんなにも綺麗な夜景が見える丘に来た記念に」
「いや、しないわよ」
「まぁまぁそう言わずに。あの日の夜、あなたはしてくれたのですから、もう一度するぐらいいいでしょう? 減るものでもないですし」
「減るわよ、私の精神が」
私はそういいつつ、内心助かったと思っていた。不味い方向に話が転がっていってしまいはしたが、最終的には追求されたくない事を言わずに済んだから。
……クルトに言える筈がない、私のこんな気持ちなんて。
もしかしたら、クルトも私には言いたくなかった気持ちを言ってしまいそうになったから、話を切り上げたのかもしれないなと思った。
結局、私とクルトのキスに関する攻防はあまりにも帰ってこない私達に痺れを切らして迎えにきたリンナさんが来るまで続いた。
今の私は、クルトへの自分自身の気持ちと、まだ向き合えそうにない。
しかし、現実は私の気持ちなんて置き去りにして、刻一刻と過ぎていくのである。
それは時として、私が予想もつかなかった方向へと。
私がその事を知ったのは、次の日の朝の事だった。
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