第22話 夜景

「ここです」


 クルトは動かしていた足を止め、私の方を振り返った。

 クルトは「ついてからのお楽しみですよ」と言って目的地を教えてくれないまま、そこそこの距離を歩いたが、ようやくついたらしい。


 今いる場所は町が見渡せる高い丘の上だった。

 ここまで歩くのは普段移動は馬車頼りの伯爵令嬢には堪え、丘を昇る時はクルトに手を貸してもらってしまった。

 しかし、昇ってきた甲斐はあると思えるぐらいにセミフィリアを一望できる景色はとても綺麗だった。


 セミフィリアの町はもうそろそろ夜だが、あちこちに松明がついており、まだまだ明るい。

 夜になってもどうやら、町の営みは続いているらしい。

 眠らない町、という言葉が頭を掠める。それはセミフィリアの異名ではあったが、こうして生で見てみると何だか納得してしまう。

 リングライト修道共和国では珍しいこういった風景に、私は目を奪われてしまう。


「こんな綺麗な景色をわざわざ見せてくれて、ありがとう。やり口がキザだけど」


 私は感謝をしつつもついつい憎まれ口を叩いてしまう。

 普段私はこういう皮肉は人に対して言わないんだけど、ここで素直なお礼だけを言うのには、今までの経緯に問題が多すぎた。

 

「思い入れのある女とのデートに夜景を見せるのは、うちの国ではお約束なんです。別にいいでしょう? 少しぐらいキザな事をさせてくれても」


 クルトは私の気持ちばかりの反撃なども全く意に返す様子はなかった。

 うう、この涼しげな顔が憎らしいわ。


「お嬢様は、セミフィリアに興味をもってらっしゃいましたが、実際に来てみて、お好きにはなれましたか?」

「……正直、想像していたよりいい町だったとまで言えるかもしれないわ」

「こういう時、嘘がつけないのがお嬢様ですね。そういう所が貴族令嬢としては本当に不器用ですね」

「いいでしょ、別に。いいものはいいのだから」


 私はちょっといじけ顔になる。

 確かにここでこんな感想を言うのはちょっと馬鹿正直すぎたかもしれないが、いいものはいいと言って何が悪い。

 クルトは気づけば私の事を眩しいものを見るような目でみていた。


「俺は、お嬢様のそういう所が本心から好きと言えます。フローティス家に仕えるクルトという男は「虚像」でしかありませんが、あなたへの想いだけは本物でした。まぁその気持ちすら、クルトとして振る舞っている時は隠していたのですがね」

「……クルト……」


 思えば、はっきりとクルトから「好きだ」と告げられたのはこれが初めてかもしれない。

 私はここまでストレートに好意を伝えられた事により、言葉を失ってしまっていた。


 私はここで、どう反応するのが正解なのだろう。

 あなたの気持ちなんて知らないと、拒絶する? そんな事より早く家に帰してと訴える?

 ……それとも、私もあなたの事が好きだと、伝えてしまう?

 あの結婚前夜の時のように。


 でも、私はそれのどれもが出来ないまま、ただただ閉口していた。

 私は結局、どっちつかずだった。フローティス家の貴族令嬢の自分を捨てる事もできないが、クルトを好きで居続ける事をやめる事もできない。

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