第21話 これってひょっとして、軟禁?

 それから私とオズさんは一日を二人でずっと過ごしていたのだが、最初の内は警戒していた私も、段々オズさんに慣れてきた。

 オズさん自身はずっと距離感も変わらず、同じような態度を貫いていたのだが。


 ずっと行ってみたかった町であるセミフィリアをたくさん案内してもらい、むしろ私は何だか楽しくなってきてしまっていた。自分で自分に呆れる程に。

 正直に言うとクルトと回れたらもっと楽しかったんじゃないかだとか、とち狂った事も考えてしまっていた。私の頭は未知の町の刺激を前にどうかしてしまったのかもしれない。


 しかし、本当に楽しみすぎてしまったのがいけないのかもしれない。

 クルトに「随分オズと良い事をしていたのですね?」とこれまた冷たい笑顔で言われ、何とその次の日(本日だ)は、オズさんと出歩く事を禁止された。

 そんな事ってある? と思っていたが、あれよあれよという間に私は寝泊まりしている部屋へと閉じ込められ、ここで一日を過ごせと言われてしまった。

 そして、今は宿屋でクルトがセミフィリアで急遽買ってきた雑誌を読んでいる。ちなみにオズさんは私を見張る為にこの部屋のドアの前で待機している。

 

 クルトが買ってきてくれた雑誌はファッション誌と飲食店の情報をまとめられた雑誌、文芸誌だったが、これはこれで面白くなくもない。

 しかし、実質軟禁状態なのは、かなり息苦しかった。それに、外にいる時よりも気が紛れない分、フローティス家の今の状況について色々と考えてしまい、気が重くはなった。


 ……それにしても、昨日クルトとリンナさんと合流し、クルトが最初に私を見た時の彼の表情がとてもではないが、忘れられない。

 私はよっぽどクルトの勘に触る程にセミフィリアを楽しんでしまった感じの表情をしていたのだろう。


 でも、私がずっと行きたかった町に連れてきておいて、それをしっかり楽しんだ事がそんなに気に食わないだなんて、心が狭すぎるのではないだろうか。

 オズさんが言うには「サーシャ嬢が俺と楽しく一緒に過ごした事によっぽど嫉妬したんでしょ」との事だが、そうだとしてもやっぱりクルトの器が小さい気がする。

 そんな事で嫉妬してるようだったら、使用人時代は私を見ていて内心どう思っていたのだという話だ。私は散々婚約者と出かけたりなどしていたというのに。 


 しかし、クルトの差し入れてくれた雑誌は見た事がないようなものばかりの新鮮な内容ではあり、何だかんだ私はページをめくってしまってはいたのであった。


 そして、散々文句を言ってはいたものの、オズさんが差し入れてくれた昼ごはんとおやつを食べたり、クルトのくれた雑誌を読んでる内に気づけば夕方になってしまっていた。

 ……本当に私は何をしているのだ、と思う。本来自分が背負うべきだった責務を放り出して、遊び呆けてしまっていた。貴族令嬢失格かもしれない。


 このままでは私は、フローティス家に帰れないのかもしれないのに。

 私はあれこれ悩みはしていても、何一つフローティス家に帰る為の行動を何も出来ていない。

 私はオズさんがくれたメレンゲというお菓子(こちらはリングライト修道共和国でもたまに食べられる。サクサクしていて白くて甘くて美味しい)を片手でいじりつつ、机に頬杖をつきながらうじうじと自虐めいた事を考えていた。

 このままではいけないといいつつ、結果的には状況に流されてばかりの自分自身に嫌気は差していた。

 

 と、私の部屋の扉が開く音がした。ここはクルトの部屋でもあるし、彼が帰ってきたのかもしれないと振り向くと、そこには予想通りの人物がいた。


「……クルト、おかえり」

「ただいま帰りました、お嬢様。お嬢様に「おかえり」と言われるのは新鮮ですね。いつもは俺がお嬢様を出迎える側ですから。これはこれで気分がいい」

「左様ですか」


 私が意識して素っ気なく答えていると、クルトの後ろからにょきっと人間の影が現れた。


「リンナもいるよーっ! サーシャちゃん、クルセイド様だけじゃなくてがっかりした?」

「がっかりというより驚いたけど、リンナさんはクルトとお仕事してたんだものね。一緒に帰ってきて当然だわ」

「お仕事、ね。サーシャちゃんが言うとあたし達がしてる事が何だか立派そうに聞こえるから不思議! 実際はろくでもない事しかしてないのにね!」


 リンナさんはそう言ってからからと笑った。

 発言の内容は物騒だが、喋り方は非常にサバサバとしていた。恐らくリンナさんは口ではこういいつつ、その「ろくでもない事」に対する抵抗感は薄いのだろう。


「リンナは自分の部屋に戻れ。俺はこれからお嬢様と出かけるから」

「え? そうなの? うそ、サーシャちゃん、また抜け駆け!?」

「普通に私も初耳よ、クルトと出かけるなんて」

「お嬢様を一日軟禁してしまいましたからね。まぁ、少し外の空気を吸わせてあげてもいいかなと思いまして」

「うわ、普通に軟禁って認めるのね」

「さっすが、クルセイド様! 潔くて素敵!」


 リンナさんから見たらどんなクルトでも素敵に見えるのではと思いつつ、外に出れるのは普通に嬉しかった。

 一日中自分の意志で部屋から出れないのは本当にきつかったのである。

 とはいえ、クルトによって軟禁されていたのに、そのクルトの外出の提案を喜んで受け入れてしまうのは、何となく抵抗感はあった。それはあまりにもクルトの手のひらの上で転がされすぎてはいないか。

 私は内心悶々としつつも、クルトに言われるがままに、なるべく無表情を装いつつ外出の準備を始めた。


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