第20話 変わった貴族令嬢

「ほうほう。確かに瑞々しくて美味しそうね」

「……はぁ、やっぱり、サーシャ嬢ってリングライトの貴族にしては変わってるっすね」

「え? 何で?」

「普通、リングライト修道共和国のお貴族様達は余所の国からの文化は本能的に嫌います。でも、サーシャ嬢はオムライスといい、むしろ積極的に受け入れている。この国で育っておいて、何でそんな風にいられるんですか?」

「う、ううん、そんな事言われても」

 

 別に私は特別な育ちをしてきた訳でもなく、自分自身を特殊だとも思わないのだが?

 私は内心困りつつも、手元のジャスミンティーを一口飲んだ。

 これも初めての味だが、華やかな香りと頭がすっきりする感じの後味が特徴的で、とても美味しい。

 ルイボスティーとはまた全然雰囲気が違う所に外国の文化の多様さを感じた。


 お茶をゆっくり飲みつつも、思った事を口にした。


「そうね。強いていうなら私は、よく素直とは言われるわね」

「はぁ」

「素直に人も物事も良いと思ったら褒めるられる所が私の美点であり、貴族令嬢として隙になる所……というのは私の姉からの私の評価よ。あまり自分ではそう思った事がないんだけど」

「なるほどねー。まぁ自己評価より身内の評価の方が信用できますし、サーシャ嬢は本当にそういう人なんでしょうね」


 オズさんは椅子にギイッと寄りかかり、頭の後ろで手を組みながら、何とも言えない表情で言った。


「あーあ、ほんと何でこういうタイプの子をうちのアンダーボスは好きになっちゃったかな」

「すっ……好きなのかしら、クルトは、私のこと」


 私が若干どもりながら聞くと、オズさんは呆れた目で私を見ていた。


「え? どっからどうみても好きっしょ。あんたひょっとして鈍感キャラなん?」

「そういう訳じゃないんだけど、何だか未だに微妙に実感が湧かなくて」


 クルトは使用人時代、一切そんな素振りを見せなかったし、本性を現して私に対する好意(?)を見せるようになってからは色々と怒涛の日々だった。

 色々と理解も感情も追いつかないのが本音だった。


「そんなもんすかね。まぁそういう話については、クルセイド様とお二人で仲良くされてくださいや。俺が介入するような話じゃないっす」


 オズさんはシャインマスカットのタルトを切り分け、私に向かってフォークを向けると、「一口食べます?」と聞いてくる。

 私は流石に遠慮しておいた。婚約者でもない男性にあーんしてもらう訳にはいかない。味は確かに気になるけど。

 オズさんは「ほんと真面目っすね」とくくっと笑うと、自分の口の中にタルトを放り込んだ。


「そういえばサーシャ嬢はリングライト修道院に出入りしてました?」

「えぇ、人並みにはね」


 急に大きく変わった話題に若干困惑はあったが、何となく真剣に答えないといけない話の気がしたので、意識的に頭を切り替える。

 オズさんはなんでもない事のように言った。まるで、そんな風に振る舞うように努めているかのように。


「じゃあ、「聖印」って聞いた事あります?」

「……せい、いん……? うーん、記憶にはないけど、何となく聞いた事があるような?」


 私がうーんと唸ると、オズさんは「知らないならいいっす。とっとと忘れてください」と手をヒラヒラと振った。


「俺ばっかりお菓子食べてるのも罪悪感湧いてきたんで、サーシャ嬢も何か頼みません? 俺が払うんで」

「い、いいわよ。悪いし」


 それ以降、オズさんが「せいいん」という言葉を出す事はなく、私は違和感を持ちつつも、それについて深く聞く事は出来なかった。

 ……私がこの言葉の正確な意味を深く知る事ができるのはかなり先となる事を、この時の私は知らなかった。


 ちなみに結局私は好奇心に負けて、これまた未知の果実であるマンゴーのタルトを食べた。美味しかった。

 

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