第19話 しゃいんますかっと
「本心では言えばその話に乗りたい所だけど……やめておくわ」
「どうしてです? 悪い話ではないでしょう?」
「あなたには裏がある。そんな気がするわ」
「へぇ、あなたはそう思うんすね」
「ええ。あなたとクルトなら、まだクルトの方が信じられるわ。あなたのその提案に乗るのには、あまりにもあなたに対する理解が足りないもの」
オズさんは確かに私に優しくしてくれる人なのかもしれないが、絶対にそれだけの人じゃない。そんな予感もした。
「思慮深いお嬢様ですね。でも、あんたは今、大きなチャンスを逃しましたよ。俺には確かに裏がありますけど、今の提案には裏はなかったのに」
「そうだとしても、あなたが完全に信頼出来る人間じゃないとその話に乗る事は出来ないわ……ここはセミフィリアだから」
そう、セミフィリアは私達、フローティス家の人間にとっては敵地にも近い所なのだった。よくよく考えたら、正体がバレたら絶対にろくな事にはならない。
無事クルトから逃げられたとしても、セミフィリアやレゾナンス領側の人間に見つかるような事があれば、このままクルトに拐われた方がマシという線まであり得る……セミフィリアを治めているレゾナンス領の領主は私達フローティス家を虎視眈々と利用しようと狙っているから。
そして、ここはもう既にレゾナンス領の中で、普通に移動していたら、そうなってしまう可能性は恐らく高いのだ。クルトやオズさんはその辺を上手く切り抜けたようだけど、関所や鉄道などで身元の証明書を出したりなどする必要はあるので、恐らくどこかでバレる。
よくよく考えたら、そんなこの町で確実に逃げようと思ったら、それなりの作戦と準備は必要だ。もしかして、クルトがセミフィリアを滞在先に選んだのは、私が安易に動きづらい町だったからといった事情もある?
普通にあり得そうだ。何て狡猾な。
オズさんはフローティス家の事情は知らないのだろう、私の言葉に首を傾げていた。
ここで説明しづらい話ではあるので、私も話さないでおいた。
「ま、あんたがそういうなら、それでいいや。一応、俺は提案はしたからな。これからマフェアのアンダーボスの女として、酷い目にあっても知りませんからね」
「ありがとう、気持ちは受け取っておくわ。でも、私だって別にこのままクルトについていくつもりはないわよ。私だってセミフィリアとレゾナンス領をを抜ければもっと動きやすくなるし……」
「お待たせいたしたしました、紅茶とジャスミンティーとシャインマスカットのタルトです」
私達のお喋りに割り込む形で注文していたものを店員さんが運んできてくれた。
ちなみにこれらの費用は全部オズさん持ちだ。「組織」ってこういったものの経費とか落ちるんだろうか、普通に奢ってもらってるとしたらちょっと申し訳ない。
「いやぁ、シャインマスカットはやっぱ美味しそうっすね!」
「しゃいんますかっと? ってなに?」
私は黄金色に輝くジャスミンティーというらしいお茶を興味津々に眺めつつ、疑問をそのまま口にした。
「あー、リングライト修道共和国だとあんまり広まってないんすかね? 美味しい果物ですよ。葡萄みたいな感じっす。ほら、これ」
それは確かに葡萄に形が似ている、緑色の果実だった。
これもリングライト修道共和国全体では滅多に見かけない果物なあたり、やはりセミフィリアは新しいものが入ってきやすい町なのだなと実感した。
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