第18話 思いがけない提案

 ……そして。現実は時として、思いよらない方向へ進むものである。


 私達はレストランで朝食を終えた後、クルトとリンナさん、私とオズさんの二手に分かれ、セミフィリアに滞在する事になった。

 クルトは自分でこうすると決めた癖に、別れ際に若干渋る様子を見せてはいた。私に「何かオズに変な事をされたら報告してくださいね」と言い残していたけど、一番変な事をするのはクルト自身だという事に自覚はないのだろうか。


 そして私とオズさんは二人きりになった後、オズさんに案内されてカフェに行って時間を潰す事になった。断る理由もなかったので、私は黙ってついていった。

 あまり面識のない裏社会の男と二人きりになり、今さらながらに緊張感に襲われたが、オズさんはきさくに私にどうでもいい話を振ってくれたりなど気を遣ってくれ、多少気もほぐれた。

 オズさんは味方とはいえないが、私に対して優しい。不思議な程だ。


 カフェにつき、私は初めて名前を聞くお茶を、オズさんは紅茶と何かのタルトを頼んでいた。

 そして、オズさんは開口一番こう言った。


「サーシャ嬢はクルセイド様から、逃げたいんすか? もしあんたが望むなら、逃がしてあげてもいいっすけど」

「…………ぇえ!?」

「わはは、いい反応っすね。俺はあんたがどこに行こうと全然構わないんっすよ。別に俺はクルセイド様の味方って訳じゃねぇから。あんたの味方でもねぇけどな」


 まさかまさかの展開に、私は開いた口が塞がらなかった。

 オズさんを出し抜けばあわよくば逃げられるかなとは思っていたけど、まさかその本人からこんな提案をされるとは。

 でも、そんな事をして、クルトに酷い目に遇わされたりしないのだろうか?


「そんな事をしたら、クルトが黙ってないんじゃないの?」

「そりゃそうでしょうねぇ。でも大丈夫っすよ。俺は例えクルセイド様に殺されても死ねないっすから」


 ……いや普通、殺されたら死ぬわよ。でも、オズさんの言葉はどこか信じられる重みを感じさせた。

 自信と受けとるのにはあまりにも驕りはないが、謎の確信には満ちている言葉に、私は思わず首をかしげる。


「それは、どういう事なの?」

「言葉通りの意味なんですけど、あんたに説明する義理はないですね。とにかく、あんたみたいお嬢には「組織」には肌にあわないでしょ。俺だってあんたみたいな、たかだか初対面の人間を見捨てられない善人を利用なんてしたくないです」


 初対面の人間? ひょっとして、何日か前の馬車の中での事?

 あの時はクルトがオズさんの命を盾に私を急に脅してきて、対応も後手後手に回ってしまったが、オズさんを確かに庇いはした。

 でも、それをオズさんは「俺の事なんて庇うな」ぐらいに言っていたから、てっきり気にしていないものだと思ってた。


「ええっと……もしかして、私がクルトに脅された時、あなたを見捨てなかった事を忘れないでいてくれたの?」

「そんな意外そうな顔しなくたっていいじゃないっすか。俺は裏社会に頭まで浸かりきった人間ですけど、最低限の自分自身で決めた義理だけは守りたい人間なんです。自分の命を救おうとしてくれた人ぐらい、軽く扱いたくはないなと思いますよ」


 そういうオズさんはからっとした様子だった。

 私はオズさんの発言を意外には感じつつも、納得もしていた。

 オズさんは必ずしも私の味方という感じではなかったけど、ちょくちょく私に気を遣ってくれていた。それは正直、不思議にも感じられる程には。

 それが私があの時彼を庇った事を忘れないでくれたからというのは、やっぱり驚きではあるものの、理屈には合う。


 しかし、やはりどこか引っ掛かりはする。

 ……この人は本当にそんな義理だけで、こんな風に逃がしてくれようとまでしたりする人なのだろうか?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る