第17話 「アンダーボス」

 リンナさんは「組織」に所属する情報屋で、クルト……というより、「クルセイド」の直下の部下だという。

 見た目はやや幼く見えるが、「組織」の一員として、かなりの経験を積んできた手練れとの事だ。

 

 クルトは私を膝にのせたままにしつつ(普通に恥ずかしい)、私とクルトのこれまでの経緯をリンナさんに軽く説明した。

 オズさんにもその辺の事情に関してはさらりとしか説明できていなかったので、彼もリンナさんと同じくらいクルトの説明を真剣に聞いていた。


「で? この女はサーシャちゃんとかいう伯爵令嬢で? クルセイド様が任務のために潜入して仕えていた某家のお嬢様で? クルセイド様は任務に成功してそのまま無事リングライト修道共和国に帰ってこようとしたのに、この女がそんなクルセイド様を誘惑して、クルセイド様はうっかりここまでこの女狐を連れてきちゃったってわけ? ……意味わかんない……」


 こちらからすれば、「クルセイド様を誘惑して」や「女狐」の辺りの大変主観の入った解釈も大分意味がわからないのだが、それを伝えるとこのリンナさんという女の子とバチバチにやり合わなくてはいけない展開になりそうなので、それは馬鹿正直に伝えない方がいいだろう。こういうタイプの子と真っ向からやり合うのは面倒そうだ。

 というか、本心で言うとリンナさんみたいな、派手でキラキラしている子に怖気づいてしまう気持ちはある。

 私はこんな可愛い子のようには絶対なれないし、気圧されてはしまう。この子の言った通り、私は地味なその辺にいる平凡な貴族令嬢だからな……。


「リンナ、この子が本当に女狐に見えるのか? こんな真面目そうな子が? 確かに何でクルセイド様がこんな箱入り娘そうな貴族令嬢を……と言いたくなる気持ちは分かるが」


 オズさんがフォローしてくれたが、微妙にフォローしきれてない気がする。

 まぁ立場的に言えば、この人は完全な味方という訳ではないししょうがない。むしろ、よく私に気を遣い続けてくれているなと思う。それだけで十分にありがたい。


「まぁ、お嬢様の魅力は俺だけが分かっていればいいさ。お前達が知る必要はない」

「クルセイド様はそういいますけど、実際の所、ボスやその他周辺の人間にサーシャ嬢について納得してもらうとなったら、少なくともこの子がアンダーボスの女になるに相応しいと分かってもらう必要はあるのでは? 「組織」はただのマフェアじゃあない、国家秘密にも通じている秘密結社なのですから」

「そもそも、お嬢様ってずっと呼び続けてる事自体、ビミョーじゃん? 自分の女なら、「サーシャ」って普通に名前で呼んであげたら? 距離取ってるみたーい」


 オズさんはやれやれと言いたげな顔で、リンナさんはくふ、とせせら笑うように言った。

 二人ともそれぞれ込められた感情は全然違うだろうが、正直私から聞いても二人が言っている事は正論にしか聞こえないなと思った。

 そもそも、話を聞いていても、アンダーボスって何? などといった気持ちはあり、肝心に二人の言っている事を理解できている訳ではないのだが。

 ……私は未だにクルトの立場について詳しい事を知らないのだが、今聞いてしまうか。


 そろそろクルトの膝の上からどきたいなと思いつつ、おずおずとオズさんの方を見て口を開いた。この人が一番分かりやすく答えてくれそうだ。


「オズさん、昨日からクルトはアンダーボス? って言われていたりするけど、それって一体どういう立場なの?」

「は!? そこから!?」


 リンナさんは素で驚いていそうだった。


「まぁまぁ、リンナ、言いたい事も分かるが……サーシャ嬢、アンダーボスというのは」

「アンダーボスというのは一般的な意味ではマフェアにおける二番手、若頭にあたる人間を指します。俺たち、「組織」においても大体同じです。基本的に「組織」はボスが絶対の組織ではあるのですが、危険性は高くあれど重要な任務を任される際に全ての指揮権を任されたり、非常時にボスの代わりを任されたりなど、色々と小回りの良い立場としてのナンバー2の責任を負っています」


 オズさんが説明をしようとしてくれた所を、クルトが先んじて話してしまった。


「ちょ、今の俺が聞かれた事じゃないですか」

「これは俺についての事ですよ? 俺が自分で説明した方がいいでしょう」

「本当にそれだけですか? 他の男にサーシャ嬢が頼ったのが嫌だったとかでは?」

「別に」


 クルトはふいっと面倒そうに舌打ちする。オズさんはクルトは図星をつかれたと判断したのか、やれやれと肩を竦めた。


「……もうほんと嫌だ、こんな恋愛脳のアンダーボス……」


 私としては分かりやすく色々説明してくれるなら、相手は誰でも良かった気持ちはあるので、二人の言い合いに口は挟まないでおいた。まぁ本当はそういう問題ではないのだろうが、私が首を突っ込んだらより話がややこしくはなりそうだし。

 

 そんな事より。話を聞く限り、アンダーボスというのは大分危険な立場に聞こえる。

 思えば、私達の国に潜入する任務も、間違いなく危険なものだったのだろう。もし私達リングライト修道共和国の人間に正体がバレていたら、恐らく死に直結するような。

 そういう意味ではクルトが潜入したのが我が家のような呑気なところで良かったのかもしれない。他の家だったらあっという間に正体がバレて、クルトの命はもうなかったかもしれない。


 きっとリングライト修道共和国への潜入任務だけじゃない。クルトは今までもたくさん危険な事に手を染めていたんだろう。

 ……良かった。クルトが生きていてくれて。

 私はクルトがいかに「組織」の中で重要な立場か実感するよりも先に、そう思わざるを得なかった。


「リンナの質問には答えてなーい! ちゃんとあたしの事も構ってよ!」


 リンナさんがハイハイと手を挙げた。

 そうする仕草はどこかあどけないが、無邪気というのにはあまりにもクルトへの媚びを感じられた……やっぱりこの子のクルトへの態度は、気になる。

 

「お嬢様の呼び方については場に合わせて変えるかもしれません。が、言ったでしょう、俺が唯一傅く女だと。俺にとって彼女はそう呼ぶに値する女です」

「え~? でも、サーシャちゃんだって、クルセイド様にサーシャって呼んでもらいたいよね? あなた、「クルト」とやらの事が好きなんでしょう?」

「…………ぐふぉ、ぐふぉっ!?」


 私は思わずむせてしまう。何も口に入れてない状態で良かった。


「こら、リンナ! サーシャ嬢が女の子にあるまじき声を出しちゃっただろ! ちょっとは自重しろ!」

「気にしないで、むしろ追い打ちをかけないで」


 私は手のひらをひらひらと振って、大丈夫である事をアピールした。

 話を積極的にそらそうと、今までずっと気になっていた事を聞いてみる事にした。


「ところで、セミフィリアからはいつ出発するの? リンナさんとはこうして合流できた訳だけど」


 クルトは私の話をそらしたい意図に気づいているのだろうが、その事は突っ込まず、普通に答えてくれた。


「明後日の朝になります。俺とリンナは色々とこの町でやる事があるので、ここに滞在している間はお嬢様はオズと一緒にいてもらいます」


 ……え、クルトの事が明らかに好きそうなリンナさんとクルトが二人きり?

 いやいや、違う。それよりこれは逃げるチャンスかもしれないじゃない! そんな風に前向きに考えなきゃ。


「オズさんはそのやる事に参加しなくてもいいの?」

「俺はほんとにただの使いっぱしりの下っ端なんで、クルセイド様やリンナがするような難しい任務は任されないですよー。それより、サーシャ嬢が逃げないように見張ってる方がうちのアンダーボス的には重要っす」

「本当ならお嬢様とオズを同じ空間に置いておく事すら嫌なんですけどね。他にお嬢様を見ておく人間がいないのなら、仕方ない」


 さすがに一人きりでいさせてはくれなそうだったが、それは仕方ないだろう。

 でも、オズさん一人なら、恐らくどこかに隙は生まれる筈。それをつけば、絶対に機会は出てくるだろう。


 私はクルト達にはバレないように内心で気合を入れた。

 ……しかし、この時の私はリンナさんの事で頭が混乱していたのもあり、かなり浅慮になっていた事を、後々気づく事になる。

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