第16話 現世へ
美咲ちゃんの中学校の学年テストが終わった。
結果は上々、美咲ちゃんは学年でもかなり上位の方に名前を連ねた。
「美咲ちゃん、テストお疲れ様。よく頑張ったね」
「あ〜これでやっと思い切り水彩画に打ち込める。先生、またご指導お願いします!」
「もちろん、前回までは街の絵が多かったから今度は山とかどうかな?」
「いいですね〜山とか、空気がきれいで、いい気分転換になりそうです」
僕は、美咲ちゃんを山に連れていく約束をした。
久しぶりの水彩画の指導。美咲ちゃんが詩織の転生先であると知った事もあり、どうしてもその準備には力が入る。僕は移動の為のレンタカーを借りに駅前へと出掛けた。
バスや電車を使っても良かったけれど、今回は荷物もあるし、と思って車を使う事にしたが、
思えば、この判断が僕を現世に戻すきっかけとなった。
駅前のレンタカー会社で車を借りて、コーポへと帰る途中…………
片側二車線の交差点で、僕の運転する車は左側から走って来た乗用車に激突され横転し、僕は車内で気を失った。
* * *
「……ると!おーい、遥人!」
目覚めるとそこは病院で、僕の前には牧村の顔があった。
「牧………村………」
「良かった!お前、山の麓で倒れているのを救急車で運んで貰ったんだぞ!覚えてるか?」
山の麓?…………僕は確か、車で事故を起こした筈じゃ……………
「ところで遥人、お前今までどこに行ってたんだ?ここに運ばれる前、暫く行方不明だっただろ?」
暫く行方不明で、その後山の麓で発見された………それは、僕が異世界に飛ばされた時間軸とほぼ適合する。
「実はな牧村、俺今まで異世界にいたんだ」
牧村がさぞかし驚いているだろうと彼の顔を見ると、牧村は特別驚くでもなく呆れたような顔で呟いた。
「まったく、おおかた夢でも見たんだろうさ。お前、結構長い間意識が無かったから」
「夢なんかじゃない!俺は、ついさっきまで異世界にいたんだよ!」
「だから、それが夢だって言うんだよ。
お前、あのイッセー中村ってのに影響受け過ぎなんだってば」
牧村は、僕の言う事を全く信じていなかった。それに、僕の言う事が真実だと証明出来るものは何ひとつ無かった
もしかして、あれは全部夢だったのか?
僕が詩織に逢いたいと熱望したから、あんな夢を見たのか?
冷静に考えれば、そっちの方が辻褄の合う事が多い。だいたいにして、荒唐無稽な話だったんだ。
僕は半分……いや、半分以上諦めてしまっていた。牧村の言う通り、夢だったのだ………
そう思い、ベッドから身を起こし僕は何げ無しにポケットに手を突っ込んだ。
「あれ?なんだ、これ」
指先に触れた物を掴み、それをベッドの上に置いた。
【限定の藍色、安産祈願の御守り】
思い出した。この御守りを美咲ちゃんから受け取った時、僕は興奮のあまりそれを美咲ちゃんに返すのを忘れていたんだ。
これが何よりの証拠だ。たとえ世界中の誰も信じてくれなくても、この御守りがそれを証明してくれる。
あの出来事は、やっぱり夢なんかじゃ無かったんだ!
僕は確かに異世界に行き、詩織は、確かにあの美咲ちゃんに異世界転生したんだ。
よくあるファンタジー小説のようにお姫様にはならなかったけれど、生まれ変わった詩織は、間違い無く幸せに暮らしてくれるだろう…………あの時異世界で見た美咲ちゃんの無邪気な笑顔と詩織のいつかの笑顔を脳内で重ね合わせながら、僕は雲一つない真っ青な空をいつまでも眺めていた。
F I N.
この作品を最後まで読んでくださって、本当にありがとうございました。
夏目漱一郎
君が生まれ変わっても 夏目 漱一郎 @minoru_3930
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