第15話 奇跡

「先生、明日からわたし、勉強に力入れるから水彩画は暫くお休みしてもいいですか?」


中学校への復帰が決まると、美咲ちゃんは俄然勉強を進んでする様になった。


「それはもちろん。元々僕は、君の家庭教師で雇われたんだから、美咲ちゃんの成績には、僕は大いに責任があるからね」


「実は、もうすぐ学年一斉のテストがあってね。わたしも一人で勉強してたから、所々解らないところがあるの………」


そっか………美咲ちゃんはずっと一人で勉強していたんだもんな………


「よし、任せなさい!僕が何でも教えてあげるよ!これでも東京………の大学出てるんだから」


「えええ〜っ!先生、凄い!」


ホントにこの母娘は疑うという事を知らない……


それから僕は、毎日美咲ちゃんの勉強を診てあげた。美咲ちゃんは元々頭の良い娘だったので、教えるのはそれ程苦では無かった。


それに、美咲ちゃんの勉強に対する姿勢は本当にやる気に溢れていて見ていて清々しい位だ。


なんとしても良い成績が上げられるようにこちらも助けたくなってしまう。



こういう物に果たしてどれほどの効力があるのか僕には分からないが、少しでも美咲ちゃんのテストの結果が良くなれば………と、僕は近所の神社に『学業成就』の御守りを買いに出掛けた。


御守りを買うなんて、ずいぶん久しぶりの事だ。



          *     *     *



僕は神社で、美咲ちゃんの為に【学業成就】の御守りを買って帰った。


学年テストは来月、今からテスト勉強をしておけば十分間に合うだろう。


翌日になって、勉強を始める前に僕は買って来た御守りを美咲ちゃんに渡した。


「美咲ちゃんこれ、まぁ〜気休めにしかならないかもしれないけど」


「わぁ、御守り!カワイイ〜。先生ありがとう!」


美咲ちゃんは、嬉しそうに僕があげた御守りをバッグに括り付けると思い出した様に言った。


「御守りって言えば、わたしもお気に入りの御守り持っているんですよ」


そう言って、美咲ちゃんは僕にその御守りを見せてくれた。


「すごくカワイイんだけど、これ学業成就の御守りじゃ無いんですよね………」


そう言って僕の前に差し出された美咲ちゃんのてのひらに乗った御守りを見て、僕は自分の目を疑った。



          *     *     *



「どうしてんだ!」




信じられなかった!




この御守りを美咲ちゃんが持っている訳が無い。



何故なら、それは僕が詩織に買ってあげたあの限定の藍色、安産祈願の御守りだったからだ。


「美咲ちゃん!この御守り、いったいどこで手に入れたんだ!」


「どこでって………それが、わたし覚えて無いんですよね………………みたいな」


「覚えて無いって…………」







《異世界転生した場合、現世の頃の記憶は一切失くなる………》







こんな事があるのだろうか?


美咲ちゃんが持っているこの限定藍色の安産祈願御守り…………『限定』とは言っても、それは現世での事。異世界ではこの御守りは簡単に手に入るものかもしれないが、そもそもなぜ中学生が安産祈願の御守りなんて持っているんだ?しかも美咲ちゃんはその時の記憶を失くしている…………なにか、もっと決定的な証拠になるものはないだろうか?


「ねえ、美咲ちゃん。その御守りちょっと見せてもらってもいいかな?」


「ええ、どうぞ。カワイイでしょ?これ」


僕は美咲ちゃんからその安産祈願の御守りを受け取り、手に取ると注意深く御守りの上部を結んでいる紐をほどいてみた。


この中に詩織に関する何かが入っているなんて事はまず無いと思うけど、確かめずにはいられなかった。頼む!何かあってくれ!


こういった御守りの中には、通常その神社が発行する祈願の内容が印刷された紙片等が入っている。この御守りの中にも、そんな感じの小さな紙片が入っているのが指先の感触からわかった。僕は何の気は無しにその紙片を御守りから出してみる。





「これはっ!!!!!」
















――――――

  ♡

 遥|詩

 人|織

――――――




もう、疑いの余地は無い……懐かしい詩織の手書きの文字。





美咲ちゃん……君はなのか!





          *     *     *





逢いたかった………十三年間ずっと君に逢える事を夢みていた………


次の瞬間、僕は無意識のうちに美咲ちゃんを抱きしめていた。


「ちょっと、先生?」


「ごめん、美咲ちゃん。一分だけ…………一分だけこのままでいてくれないか……」


詩織、お前ちゃんと無事に異世界転生出来たんだな………しかも、こんなに素直で可愛い女の子に。良かったな!………本当に良かったな!



「先生?わたしは別に構わないんだけど………ねぇ、










どうして泣いてるの? …………先生?」


何も知らない美咲ちゃんは、不思議そうな顔をして、ただそこに立っていてくれた。



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