第14話 決意
「先生、1日考えさせてもらっていいですか?」
「もちろんだよ!美咲ちゃんの気が済むまでゆっくり考えてくれて構わない」
思い切って、僕は美咲ちゃんにそろそろ学校へ行く事に挑戦してみてはどうかと勧めてみた。さすがに『じゃあ、そうします』と簡単にはいかないが、とりあえず断らなかっただけでもここはよしとしよう。美咲ちゃんにとってそれだけ重大な決断だという事だ。
そして、一日置いた次の日………
「先生、やっぱりわたし学校に行きます!」
その美咲ちゃんの瞳には、彼女なりに相当に悩み抜いて決意した覚悟が秘められていた。
「ホントに!? 偉いぞ美咲ちゃん!よく決心してくれた!」
「だって、修学旅行くらい行きたいじゃないですか?」
「いいさ、目的は何でも。大事なのは、美咲ちゃんがまた学校に行く気になってくれた事だよ!」
僕は、美咲ちゃんが学校へ行くと言ってくれた事をすぐさま美穂さんに報告した。
「まあ、本当にあの子がそんな事を?」
「本当です!美咲ちゃん、修学旅行に行きたいって言ってました!」
「そう、修学旅行に…………」
美穂さんはそう呟いて頷いていた。
「そうよね、高校入学まで待つなんて言った私が間違っていたわ。中学時代なんて、二度とは帰らない貴重な日々ですものね」
「とりあえず、担任の先生に連絡して準備をしておいた方がいいかもしれません。美咲ちゃんが少しでも戻りやすい環境を整えておく必要があるでしょう」
「そうね………私、早速先生に連絡しておくわ」
そして、美穂さんは中学の美咲ちゃんの担任の先生と連絡を取り合い、美咲ちゃんが登校する日の詳しい段取りを決めた。
その結果、美咲ちゃんの登校は、三日後の四時間目の終わりという事に決まった。
* * *
そして、当日………
その日は朝から、僕も美穂さんも何かソワソワしていて当事者の美咲ちゃんが一番落ち着いているみたいだった。
「もう、ママがそんなにソワソワしてどうするのよ。学校に行くの、私なんだからね!」
「ごめんなさい美咲、ママ……なんだか緊張しちゃって」
「美咲ちゃんの言う通りですよ美穂さん、大丈夫きっと上手くいきますよ」
「あら、そういう伊東君もさっきから膝が震えているみたいだけど、気のせいかしら?」
「あれ?…………」
「も〜〜っ!二人とも、しっかりしてよ」
美咲ちゃんを元気付けるつもりが、逆に美咲ちゃんにハッパをかけられるという何とも締まらない展開に、美咲ちゃんも美穂さんも僕も三人で大笑いした。これが結果的には良かったみたいだ。
中学校まではタクシーで行った。時間は午前十一時四十五分………ちょうど四時限目がもうすぐ終わるという頃だ。
「大丈夫かい? 美咲ちゃん」
「うん……………」
さすがに、教室が近づいて来ると美咲ちゃんの肩が震えているのがわかる。
僕も美穂さんも、教室までついて行く事は出来てもそこから先は何もしてあげる事は出来ない………全ては美咲ちゃん次第だ。
やがて、タクシーを降りた僕達三人は校舎に入り階段を登って美咲ちゃんのクラスの教室の前に立った。
そして、美咲ちゃんが教室の扉を開けた時………そこで思いがけない事が起きた。
* * *
「あれ、美咲じゃない?」
クラスの誰かがすぐに美咲ちゃんの姿に気付き、驚いたような声を上げた。そして、その声を聴いたクラスの殆ど全ての人間の視線が教室の扉の傍らに立つ美咲ちゃんに集中した。
「……………」
「美咲い〜〜〜〜」
「ホントだ〜〜」
「よかった!」
「やったぁ、美咲だぁ〜」
「スゴ〜〜イ」
「美咲!」 「美咲!」
「美咲よ!」 「ヤッタ〜〜」
「美咲が戻ってキタ―――――ッ」
「美咲」 「美咲」 「美咲」「美咲」
「美咲」 「美咲」 「美咲」
「美咲」「美咲」「美咲」「美咲」
まるで、アイドルに群がるファンのようだった。いじめなんてとんでもない、クラス中のほぼ全員が美咲の帰りを熱烈歓迎し、授業中だというのに教室では皆が美咲を取り囲み、まるでお祭りのような大騒ぎとなった。
「一体どうなってるんだ、こりゃ?」
よく見ると、クラスの何人かの娘は美咲ちゃんに対して本当に申し訳無さそうに、涙ながらに謝っていた。そんな娘達に対して美咲ちゃんは大丈夫だからと笑顔で対していた。一方でクラスの男子は、遠巻きにながめる者も多かったが、ある者はもう金輪際こんな事が無いように俺がクラスをまとめるからと宣言する男子もいた。
僕が美咲ちゃんのクラスメイトの一人に事情を訊くと、その娘は嬉しそうに事の顛末を教えてくれた。
「実は、美咲の事をいじめていた中心メンバーの『沙耶香』って娘が最近転校したんです。元々、他のメンバーは沙耶香に逆らう事が出来なくていじめに参加していただけで、美咲にはずっと謝りたいと思っていたんです。だから、美咲がこのクラスに戻って来てくれてホントに良かった!」
そんな事があったとは!こんな絶妙なタイミングで美咲ちゃんを連れて来る事が出来たのは本当にツイていた。僕は、美咲ちゃんに駆け寄りこの最高の結果を心から祝福した。
「やったな美咲ちゃん! これでクラスのみんなと修学旅行にいけるぞ!」
「ありがとう!これもみんな先生が登校を勧めてくれたおかげだよ!」
「僕だけじゃないさ。美咲ちゃんを歓迎してくれたクラスのみんなと、そしていつも美咲ちゃんを心配してくれたお母さんのおかげだよ!」
見ると、美穂さんは泣いていた。それ程までにこの瞬間を待ち望んでいたんだろう。
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